サハラダスト

Sahara dust

地球上の乾燥域では植物被覆が少なく、強風の発生する気象条件下(地域に特有な局地風・季節風)で表土粒子の巻き上げ・飛散が生じて、大規模な砂塵嵐現象がしばしば発生する。砂塵嵐の先端は、ときに砂の壁や崩れ落ちる土埃の波頭として写真などにも捉えられる。このような砂塵嵐は、東アジア、アフリカ、アラビア、西アジア、北米、オーストラリアなど世界の各地の乾燥域で発生し、多くの地域で固有の名称をもつ(Shao et al., 2011; 図1)。北東アジア域では発生する現象が黄砂、アジアンダストであり、北アフリカのサハラ砂漠域で発生して輸送される砂塵はサハラダストと呼ばれる(Goudie & Middleton, 2001)。写真1にサハラダストが大西洋へ流出する様子を撮影した衛星画像を示す(Ginoux, 2017)。また、サハラは非常に広大であるため、その発生源の砂塵嵐は地域によって異なる名称で呼ばれる(ハブーブ、ハーマッタン、ハムシンなど)。また、砂塵嵐で大気中、特に数kmの高度まで浮遊した10 µm程度以下の大きさの粒子は自由大気の大規模な流れにのり、風下方向に数千kmも長距離輸送され、そうした地域で主に降水・降雪により地表に降下する。このような表土粒子が降り積もって堆積した地層は、しばしば数百m以上の厚さとなり、風成層と呼ばれる。東アジアでは黄土高原がこうした風成層にあたると考えられ、地中海周辺の赤土層ラテロッサがサハラダストに由来する風成層と考えられている。

図1 世界の主な風送ダスト発生域とダスト輸送経路ならびに発生量の見積もり(メガトン=Mtとして描かれている)。太い青矢印は海洋への輸送量。北半球の発生源の方が南半球発生源より大きい。Shao et al., 2011より。

写真1 西アフリカ沖へ流出するダストプルーム(衛星写真;Ginoux, 2017より)

図2 風送ダストによる大気の加熱と地表の冷却の模式図(Darvishi Boloorani et al., 2021を参考に作図)

このように大気への表土粒子の放出は膨大な量であり、年間1~4ペタ(×1015)g程度が放出され、表土粒子は放出されてから数日から一週間程度の時間大気中に滞留することになる。その結果、大気中には常に土埃が漂っていて、その合計は全球大気で数~数十テラ(×1012)gと評価されている(Shao et al., 2011)。こうした大気中に漂う表土粒子は太陽光の一部を散乱し、あるいは一部を吸収し大気を温めるが、日射を遮ることから地表面の気温は低下させる(図2)。また、高層では表土粒子は氷雲の核(氷晶核)ともなる。高層雲は太陽光を効率よく散乱反射するため、表土粒子の多寡によって大気の放射収支が変化すると考えられる(Choobari et al., 2014)。しかし、地球全体でのダストによる放射収支の影響は、負なのか正なのか(-0.3~+0.1 W/m2)、不確実性が依然として存在する(Boucher et al., 2013)。比較的最近の議論では、ダストの粒径によっては、大気を加熱する効果が大きいとのことである(Ginoux, 2017)。

さらには海洋へのダストの沈着は栄養塩、とりわけ溶存した鉄が不足する海域においては溶存鉄の供給源として働くため、ダストの輸送は海洋表層の植物プランクトンの繁茂と関係する(Martinの「鉄仮説」;Martin et al., 1991)。実際、サハラダストに関係する研究例もある(例えばGallisai et al., 2014)。植物プランクトンは成長とともに温室効果ガスであるCO2を消費することから、海洋へのCO2取り込みを助け、結果として、ダストの海洋への輸送は炭素サイクルにも影響する可能性がある。このような間接的な効果を含めると、ダストによる気候影響は極めて複雑に入り組んでおり、人為的な影響への応答も複雑であろう(Shao et al., 2011)。

サハラ砂漠は世界最大の乾燥域で9百40万km2の面積を持ち、タクラマカン砂漠の34万km2のおよそ30倍近い。そのため、発生する擾乱も規模が大きいようだ。ダスト発生量も黄砂よりサハラダストが多く、全球ダスト発生量に占める割合は、サハラダストが5~6割、黄砂が1割前後と評価されている(Shao et al., 2011)。サハラダストは、また、アマゾンの植生にも影響していると考えられているし、ときに東アジアへも到達すると考えられる(Lee et al., 2006; Tanaka et al., 2005)。したがって、サハラダストの発生量の増減は地質学的にも全球の気象・気候へ大きく影響していると考えられる。極地で採取された氷柱(アイスコア)などによる地質年代的な期間におけるダスト沈着量や存在量、ダスト粒子径が、酸素同位体比をはじめとする他の測定成分と比較され、氷期、間氷期のサイクルが顕著なことが判明しており(例えば、Lambert et al., 2008)、世界的に古気候研究が活発に行われている。

 欧州ではSAMUM(Saharan Mineral Dust Experiment; Ansmann et al., 2011)をはじめとして、大規模な科学研究プロジェクトが複数実施され、サハラダストの発生・輸送・気候への影響評価が、観測とモデル研究により進められている。

参考文献

Ansmann, A., Petzold, A., Kandler, K., Tegen, I. N. A., Wendisch, M., Müller, D., Weinzierl, B., Müller, T. & Heintzenberg, J., Saharan Mineral Dust Experiments SAMUM–1 and SAMUM–2: what have we learned?. Tellus B, 63(4), 403-429. doi: 10.1111/j.1600-0889.2011.00555.x., 2011.

Boucher, O., Randall, D., Artaxo, P., Bretherton, C., Feingold, G., Forster, P., Kerminen, V.-M., Kondo, Y., Liao, H., Lohmann, U., Rasch, P., Satheesh, S.K., Sherwood, S., Stevens, B. & Zhang, X.Y., Clouds and Aerosols. In: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 2013.

Choobari, O. A., Zawar-Reza, P., & Sturman, A., The global distribution of mineral dust and its impacts on the climate system: A review. Atmospheric Research, 138, 152-165, 2014.

Darvishi Boloorani, A., Najafi, M. S., & Mirzaie, S., Role of land surface parameter change in dust emission and impacts of dust on climate in Southwest Asia. Natural Hazards, 109(1), 111-132., 2021.

Gallisai, R., Peters, F., Volpe, G., Basart, S., & Baldasano, J. M., Saharan dust deposition may affect phytoplankton growth in the Mediterranean Sea at ecological time scales. PLoS ONE, 9(10), e110762, 2014.

Ginoux, P., Warming or cooling dust?. Nature Geoscience, 10(4), 246-248., 2017.

Goudie, A. S., & Middleton, N. J., Saharan dust storms: nature and consequences. Earth-Science Reviews, 56(1-4), 179-204, 2001.

Lambert, F., Delmonte, B., Petit, J. R., Bigler, M., Kaufmann, P. R., Hutterli, M. A., Stocker, T. F., Ruth, U., Steffensen, J. P. & Maggi, V., Dust-climate couplings over the past 800,000 years from the EPICA Dome C ice core. Nature, 452(7187), 616-619, 2008.

Lee, H. N., Igarashi, Y., Chiba, M., Aoyama, M., Hirose, K., & Tanaka, T., Global model simulations of the transport of Asian and Sahara dust: total deposition of dust mass in Japan. Water, air, and soil pollution, 169(1-4), 137-166. doi: 10.1007/s11270-006-1895-8, 2006.

Martin, J. H., Gordon, R. M., Fitzwater, S. E., Iron in Antarctic Waters. Nature 345 (6271), 156–158. doi: 10.1038/345156a0, 1990.

Shao, Y., Wyrwoll, K. H., Chappell, A., Huang, J., Lin, Z., McTainsh, G. H., Mikami, M., Tanaka, T.Y., Wangh, X. & Yoon, S., Dust cycle: An emerging core theme in Earth system science. Aeolian Research, 2(4), 181-204., 2011.

Tanaka, T. Y., Kurosaki, Y., Chiba, M., Matsumura, T., Nagai, T., Yamazaki, A., Uchiyama, A., Tsunematsu, N. & Kai, K., Possible transcontinental dust transport from North Africa and the Middle East to East Asia. Atmospheric Environment, 39(21), 3901-3909. doi: 10.1016/j.atmosenv.2005.03.034, 2005.


(京都大学 複合原子力科学研究所・五十嵐康人) 2016年5月7日、2022年7月12日更新 ★