核生成と凝縮成長

Nucleation and Condensation Particle Growth

  1. 均一核生成

 均一核生成(homogeneous nucleation, 以下HNと略)とは過飽和状態の気体分子群が結合し、気相中で液滴を生成する過程である。化学組成の異なる複数種の気体分子の結合による場合も含んでおり、結合する分子種が二つの場合はbinary HN(例:硫酸と水)、三種類の場合はternary HN(例:硫酸、水、アンモニア)などと呼ばれる。簡単のため、ここでは結合する分子種が一つの場合を用いて説明する。

 気体分子の過飽和度(saturation ratio)S は、液体の飽和蒸気圧Psat に対する気体の蒸気圧 Pv (Pa)の比である。

(1)

 S値が1より高い状態を過飽和(super-saturation)と呼ぶ。具体的には、ブラウン運動により二つの分子が衝突・結合し二量体を形成し、この二量体はもう一つの分子と結合し三量体を形成し、この結合プロセスが継続する。

図1.均一核生成のイメージ図

 均一核生成は化学組成を同じくする気体分子群が気中で結露し液滴を形成する最初のステップである。図1中のJは単位体積あたりに均一核生成が発生する頻度(particles m-3·s-1)であり、定常状態では生成粒子数の保存則により定数である。均一核生成が起こる前には、熱力学的に安定した構造を持つ前駆体が存在することが多い。

図1の細い左向きの矢印で示すように、蒸発による分子の離脱も同時に発生しているが、核生成時は右方向が支配的となる。導出は省略するが定常状態での均一核生成速度Jhomo の式として以下広く用いられている[1]

(2)

 ここにσは液体の気体と液体の界面での表面張力(N m-1)、m1 は気体分子1個の質量(kg)である。v1 は蒸気分子1個の体積(m3)でありm1 を蒸気の液体の状態での密度 (kg m-3)よりv1 m1/ρ で推算する。N1 は気体分子の数濃度(molecules m-3)でありN1  = Pv / κT = S Psat / κT で算出する。T は絶対温度(K)であり、κ はボルツマン定数(J K-1 molecule-1)である。

液滴生成の自由エネルギーの変化ΔG (J)の算出において、連続体の表面張力を適用することが古典核生成理論の特長であり、capillarity approximationとも呼ばれている。半径 r の液滴生成の自由エネルギーは以下で推算する[1]

(3)

過飽和の状態つまりS値が1より大きい場合、ΔG r の関数としてプロットするとΔGが最大となるr 値があり、このr 値を均一核生成の臨界半径r* と呼び、このr* 値でのΔG 値を、均一核生成を誘発するために必要な自由エネルギー変化ΔG*とする[1]

(4a)

(4b)

式2のJhomo は以下のようにArrhenius式に近い形で表現できる。

(5a)

(5b)

ここにbhomo は均一核生成における実効的な衝突頻度係数(m3 s-1 molecule-1)である。均一核生成速度の計算例を以下に示す。図2は計算に用いた異なる作動液の飽和蒸気圧である。これらの作動液は蒸気圧の高い方から、水、1-ブタノール、1-ヘクサノール、1-オクタノール、ジエチレングリコール、ジブチルフタレート、オレイン酸である。図3にこれらの物質の温度10 ℃での均一核生成速度を、蒸気の過飽和度の関数として示す。飽和蒸気圧の高い物質の方がより低い過飽和度で均一核生成が起こる。縦軸が対数で示されているように、均一核生成の速度は過飽和度に対し桁のスケールで大きく変動する。実験系や生産設備における均一核生成の応用として、金属や無機塩ナノ粒子の生成がある[2]

図2.核生成および凝縮成長の説明に用いた作動液の飽和蒸気圧と温度の関係

図3.均一核生成速度と過飽和度との関係

2.不均一核生成と凝縮成長

 不均一核生成とは、既存のエアロゾル粒子を核として過飽和状態にある気体分子が結合し、凝縮成長が活性化・誘発される現象である。図4にイメージ図を示す。不均一核生成が起こる前のエアロゾル粒子には、既に蒸気分子が熱力学的に安定した状態で複数付着している。また不均一核生成と凝縮成長には明確な境界は無い。

図4 不均一核生成と凝縮成長のイメージ図

 不均一核生成は核となるエアロゾル粒子の濃度を調整することで、その発生速度が制御できる。またこの反対に、凝縮成長後の液滴の数を、光散乱技術を用いて計数することで、核となったエアロゾル粒子の数を知ることができる。不均一核生成には様々な応用用途がある。

 粒径サブマイクロメートル以下のエアロゾル粒子の粒子数濃度測定において、凝縮粒子カウンタは不可欠な計測器であり、その動作原理は不均一核生成と凝縮成長である。また、不均一核生成を活用することで、粒子状の材料に蒸気を強制的に吸着させることができる。粉末を気中に分散しエアロゾル化し、これらのエアロゾル粒子を、吸着させる蒸気が過飽和状態になった空間に曝露する。作動液蒸気はエアロゾル粒子の表面に結露することで過飽和度を下げ、より熱力学的に安定した状態に向かおうとする。この特性を利用することで、蒸気と粉体表面の化学的親和性が悪い場合でも、蒸気を粉体表面に吸着・結露させることができる[3]。また不均一核生成と凝縮成長によりエアロゾル粒子を液面に捕集し、捕集した液を液体クロマトグラフなどの化学分析機器で定量することもできる[4]。不均一核生成と凝縮成長の組み合わせは、気中に浮遊する微生物やウイルスが付着した粒子(以下、バイオパーティクル)の捕集にも活用されている。これらバイオパーティクルに水蒸気を結露させ、粒径約2マイクロメートル以上の液滴に成長させる。液滴群を含んだエアロゾルがノズルを通過し加速することで、加速された液滴群の慣性運動を利用し、平面や液面上にバイオパーティクルを容易に捕集することができる[5]

 作動液蒸気を過飽和にする手法についての説明には、凝縮粒子カウンタのレビュー記事等を参照されたい[6, 7]。作動液蒸気を過飽和にする手法において、所望の過飽和度に調整できる唯一の手法は、断熱膨張チャンバーである。しかし断熱膨張チャンバーはバッチ式であり設備も大規模であるため、連続的な生産や計測には不向きである。実運用上は、定常状態のエアロゾル流に飽和蒸気を導入し、その後温度を下げるなどして過飽和状態を作る。または、冷却した試料エアロゾル流を飽和蒸気流と混合するなどして過飽和状態を作る。上述二つのフロー式の手法は生産や計測に活用しやすいが、作り出した過飽和蒸気の過飽和度を正確に知ることはできない。しかし、均一核生成による粒子生成を抑制するための設備の動作条件は、温度や飽和蒸気の流れを制御することで、実験的に求めることができる。ここでは、均一核生成による粒子生成を許容範囲に抑制するための過飽和度の上限Sthd を均一核生成の式2より求め、この過飽和度が、実際の設備の動作条件下での過飽和度であると想定する。そして、このSthd を不均一核生成および凝縮成長の理論に適用する。以下のその計算例を示す。

 最初に、均一核生成による粒子生成を許容範囲に抑制するための条件を決める。具体的には、均一核生成による粒子生成の頻度を無視できるレベルにするためのしきい値を、体積Vspace の空間において、均一核生成による粒子生成は時間tspace 内に1個とする。計算例として、Vspace = 10 ml、時間tspace = 1 分とすると、Jhomo の上限は、1個 ÷ 10 cm3 ÷ 60 s = 0.00167 個cm-3·s-1となる。式2より、Jhomo 値が0.00167 個cm-3·s-1となる作動液蒸気の過飽和度Sthd を求める。求めるにあたっては、図3で示した Jhomo Sの計算結果より、自然対数のスケールで線形内挿してln(Sthd) として求めるのが楽である。またついでにここで、ln(Sthd) より式4aを用いて、不均一核生成により凝縮成長を誘発できる粒径の下限を推算する。この粒径はケルビン径 dkel(m)と呼ばれる。

(6)

本事例で用いた作動液に対する温度10 ℃でのSthd および dkelを表1にまとめる。

表1 均一核生成が無視できる過飽和度の上限 Sthd とその過飽和度におけるケルビン径(温度10 ℃、Jhomo = 0.00167 個cm-3·s-1

作動液によってケルビン径の値は異なるが、全てのケルビン径は粒径3 nm以下である。エアロゾル粒子を扱う用途において、粒径3 nm以下の粒子材料を取り扱う機会は少ない。これより、不均一核生成と凝縮成長は、粒子種や粒径に依存せず、常温で液体であれば幅広い物質を作動液として利用できる技術と言ってよい。不均一核生成を誘発できる粒径の下限に影響を与える重要な要素の一つは、作動液蒸気の分子とエアロゾル粒子の表面の化学的親和性である。

3凝縮成長の計算

 不均一核生成後の粒子の粒径が、作動液の凝縮により粒径が増加する速度は、以下の一次微分方程式を時間に対して積分することで推算できる。式7の導出においては、蒸気の凝縮に伴う潜熱により粒子の温度が上昇し、凝縮成長の速度が下がる効果を無視していることを留意されたい。

(7a)

(7b)

ここにd は粒径であり、凝縮成長により初期値d0 から増加する。ここにJv は蒸気分子が粒子に結合する頻度(molecules s-1)である。D は作動液の気体分子の気中での拡散係数(m2 s-1 )である。拡散係数の算出法の一つとして、気体分子を構成するそれぞれの元素や官能基に拡散体積と呼ばれる係数を与え、それらを足し合わせ算出する手法がある[8]Sは蒸気の過飽和度である。 ζ は連続体領域の式である式[7a]を遷移領域そして自由分子領域にも適用するための補正項(transition regime correction)であり、粒子クヌーセン数 Kn の関数である。

(8a)

(8b)

粒子クヌーセン数は粒子の半径に対する蒸気分子の平均自由行程 λv (m)の比であり、拡散係数と蒸気分子の熱運動速度 c(m s-1)より算出される。

(9a)

(9b)

式7bのζ は、Psat と掛け算されることでケルビン効果による粒子表面での蒸気圧を表す。

(10)

図5に、図2や表2で用いた作動液の凝縮成長による粒径を時間の関数として示す。計算での各作動液蒸気の過飽和度は、温度10 ℃での均一核生成を抑制できる過飽和度の上限(表1)に設定した。凝縮成長の粒径の初期値は3.0 nmに設定した。これらの作動液の中で蒸気圧が最も高い水の場合、わずか数十ミリ秒で粒径10 µmに達する。一方で、これらの中で蒸気圧が最も低いオレイン酸の場合、粒径1 µmに達するのに約0.8秒程度を要する。

図5.凝縮成長に伴う粒径の変化の計算例

参考文献

1. Seinfeld, J.H. and S.N. Pandis, 10.3 Equilibrium vapor pressure over a curved surface: the Kelvin effect, in Atmospheric chemistry and physics: from air pollution to climate change, 2nd ed. 2006, John Wiley & Sons, Inc.: Hoboken, New Jersey. p. 461-464.

2. Scheibel, H.G. and J. Porstendöerfer, Generation of monodisperse silver and sodium chloride aerosols with particle diameters between 2 and 300 nm. J. Aerosol Sci., 1983. 14(2): p. 113-126.


3. Iida, K., et al., Aerosol-to-liquid collection: A method for making aqueous suspension of hydrophobic nanomaterial without adding dispersant. Aerosol Science and Technology, 2017. 51(10): p. 1144-1157.


4. Ito, E., et al., Water-based particle size magnifier for wet sampling of aerosol particles. Aerosol Science and Technology, 2021. 55(11): p. 1239-1248.


5. Pan, M., et al., Efficient collection of viable virus aerosol through laminar-flow, water-based condensational particle growth. Journal of Applied Microbiology, 2016. 120(3): p. 805-815.


6. McMurry, P.H., The History of Condensation Nucleus Counters. Aerosol Sci. Technol., 2000. 33(4): p. 297–322.


7. Hering, S.V., S.R. Spielman, and G.S. Lewis, Moderated, Water-Based, Condensational Particle Growth in a Laminar Flow. Aerosol Science and Technology, 2014. 48(4): p. 401-408.


8. Polling, B.E., J.M. Prausnitz, and J.P. O'Cornell, Chapter 11: Diffusion coefficients, in The properties of gases and liquids 5th Edition. 2001, McGraw-Hill. p. 11.10-11.12.



2022年1月4日 産業技術総合研究所 飯田健次郎   ★

計算例のスプレッドシート・ファイル

均一核生成: オレイン酸と

oleic acid_J
H2O_J

凝縮成長: オレイン酸と水

oleic acid_G
H2O_G