浮遊微生物
Airborne microbes
浮遊微生物とは空気中に浮遊する微生物を意味し、主なものには真菌、細菌、ウイルスがある。空気中を生息域にする微生物はいないと考えられるため、浮遊微生物は自然環境や人為的なものを含め、何らかの発生源からエアロゾル化したものである。また、ヒトからエアロゾル化することもある。
真菌、細菌、ウイルスは、生物学的な構造や性質が異なっている。真菌は核膜を有する核を持つ真核生物、細菌は核膜を持たずDNAが細胞質内に露出している原核生物、ウイルスは遺伝情報としてのDNAまたはRNAのどちらかを持つが、ミトコンドリアや小胞体といった細胞小器官を持っていない。真菌や細菌は自己増殖するが、ウイルスは自身では増殖できず、他の生物の細胞内に寄生して初めて増殖できる。このように、真菌、細菌とウイルスは大きく異なっている。
多くの場合、浮遊微生物とは真菌と細菌を指す。空気中に浮遊する真菌や細菌が無機粒子と大きく異なる点は、生物であり適した環境に置かれると自己増殖するということである。すなわち、環境条件によって爆発的に増えたり減ったりする。
大気中に存在する浮遊細菌の多くは土壌由来と考えられ、細菌単独で浮遊するよりも土壌粒子に付着しているものが多い。また、黄砂粒子に付着して越境してくる細菌があることも判明しており、日本海側では黄砂が飛来する早春の気中微生物量が増加し細菌構成も変化することが示されている1)。一方、細菌の生育場所が海水、湖水、河川などや工業用切削剤のような液体の場合は、液体とともにエアロゾル化して浮遊する。海や湖沼などでは気象条件によってエアロゾル化するが、人間活動の中で液体がエアロゾル化する装置には、水冷式冷却塔や旋盤などの金属加工装置がある。肺炎等を起こすレジオネラは、冷却塔水に生息することが多く、冷却塔のファンによりレジオネラを含む冷却塔水がエアロゾル化し、それらがヒトに吸入されることで感染する例が世界的には多い。しかし、近年では多様な感染源が報告されており2)、なかでも超音波式加湿器の水にレジオネラが発生する事例が複数あり、2017年には老人介護施設で死亡例が発生している。切削や研磨に使用される切削剤は水溶性のものも多く、繰り返し使用されるため時間が経つと微生物が増殖する。作業者がそのような切削剤に繰り返し曝露されると、過敏性肺臓炎(Metalworking fluids hypersensitive pneumonitis)を引き起こすこともある3)。さらにヒトも浮遊細菌の発生源であり、室内にはヒト由来と外気由来の細菌が混在するが、在室者が多い室内では外気濃度を上回ることもあることが示されている4)。
一方、真菌は胞子を空気中に放出することで生息域を拡大していくことが多いため、空気中に浮遊する真菌は多い。真菌の中にはアレルゲンとなるものもあり、室内で増殖すると在室者が浮遊真菌の高濃度曝露を受け、喘息の悪化や過敏性肺炎などを引き起こすリスクが高くなる5)。
空気中のウイルスについては、呼吸器系疾患をもたらすものが問題となる。感染性のあるウイルスのエアロゾル化は、感染者から発せられる飛沫、すなわちくしゃみや咳などにより唾液等に含まれると考えられる。ウイルスの伝播は、これらの飛沫を吸引する、あるいは飛沫が付着したものに触れるなどで起こると考えられる。
引用文献
1) Maki T, Lee KC, Kawai K, Onishi K, Hong CS, Kurosaki Y, Shinoda M, Kai K, Iwasaka Y, Archer SDJ, Lacap-Bugler DC, Hasegawa H, Pointing SB, Aeolian Dispersal of Bacteria Associated With Desert Dust and Anthropogenic Particles Over Continental and Oceanic Surfaces, J. Geophys. Res.: Atmospheres Vol. 124 (10), 5579-5588, 2019.
2) 国立感染症研究所、レジオネラ症-最近の多様な感染源、IASR、34:169-170, 2013.
3) The National Institute for Occupational Safety and Health (NIOSH), Metalworking Fluids, 2013.
4) Rai S, Singh DK, Kumar A., Microbial, environmental and anthropogenic factors influencing the indoor microbiome of the built environment, J. Basic Microbiol., 61(4): 267-292, 2021.
5) World Health Organization, WHO Guidelines for indoor air quality –Dampness and mould, WHO Regional Office fir Europe, 2009.
(産業医科大学産業保健学部 石松維世) 2016年4月13日作成、2022年5月19日更新 ★