呼吸気道モデル

Human respiratory tract model

国際放射線防護委員会(ICRP)では、放射性エアロゾルによる吸入被ばく防護の観点から呼吸気道モデルを勧告している。呼吸気道モデルは、形態モデル、沈着モデル、クリアランスモデルで構成され、このモデルを用いることで吸入被ばくによる内部被ばく線量を評価することができる。

1960年にPublication 21)で吸入による沈着率などの記載がなされ、その後1966年に最初の呼吸気道モデルがICRP Committee IIから発表された2)。呼吸気道を鼻咽頭領域(N-P)、気管・気管支領域(T-B)、肺領域(P)の3つに区分し、それぞれの領域における粒子沈着を示した(図1参照)。このモデルで示された領域区分は、米国放射線防護審議会(NCRP)の呼吸気道モデル3)において現在も使用されている。

図1 質量中央径と沈着率の関係2)。それぞれの区分における幅(網掛け部分)の条件は、σgが1.2〜4.5、一回換気量が1450 ml。

初期モデルを原型として、1979年に呼吸気道モデルをPublication 304)として勧告した。このモデルでは、呼吸気道の3区分を踏襲し、鼻咽頭領域(N-P)、気管・気管支領域(T-B)、肺実質領域(P)の3区分と独立器官のリンパ節という領域区分とした。線量算定用には、空気力学的放射能中央径(AMAD:Activity Median Aerodynamic Diameter)1µmをデフォルト値とし、粒径と沈着率の関係を示すグラフは直線的になった(図2参照)。

図2 空気力学的放射能中央径(AMAD)と沈着率の関係4)。実線で示された0.2〜10 µmを対象とし、σgが4.5未満の場合は0.1 µmと20 µmまでの点線部分まで拡大適用。

1994年には新呼吸気道モデルとしてPublication 665)を勧告した。このモデルは、呼吸気道区分がこれまでの3つから5つに細分化され、対象とする粒径範囲、粒径デフォルト値、対象年齢・性別、人種など、大幅に対象が拡大され、放射性エアロゾルのみならず、一般的なエアロゾルへの汎用性が広がった。Publication 30と66での主な相違点を表に示した。今後更なる改定も予定されているが、ここでは現時点で法令等にも取り入れられているPublication 66の呼吸気道モデルを示す。

形態モデルでは、解剖学的な呼吸気道分類を放射性エアロゾルの被ばく線量を評価できるように、5つの領域に区分している(図3参照)。気道部分は、Weibelのモデル6)のように直円管を仮定している(図4参照)。線量評価のために、それぞれの部位における組織厚や標的細胞の位置、大きさなどをすべて数学的に記述している。

図3 呼吸気道の区分5)

図4 気管支の模型図5)

沈着モデルでは、粒子の気道内沈着過程を、粒子がエアフィルタに捕集されていく過程に模して、鼻や口を基点として肺まで連続的に沈着が続くとして考える(図5参照)。

図5 一回換気における粒子沈着の概念5)

対象とする粒径(粒径については、粒径と相当径を参照)は、0.0005µm AMTD (Activity Median Thermodynamic Diameter:熱力学的放射能中央径)からおよそ100µm AMAD (Activity Median Aerodynamic Diameter:空気力学的放射能中央径)までの広い範囲とし、各領域での沈着率は、空気力学沈着(慣性衝突重力沈降)と熱力学的沈着(ブラウン運動)が起きる効率として示されている。これらの沈着率は、身体の運動量(睡眠時、休息時、軽作業時、重作業時)毎に、鼻呼吸と口呼吸別に示されている。また、体格や年齢による違いに対応するため、成人男性、成人女性、15歳男子、15歳女子、10歳児、5歳児、1歳児、3ヶ月児毎に示されている。沈着率の例を図6〜8に示す。

図6 コーカシアン成人男性の鼻呼吸による軽作業時の部位別沈着率5)

平均呼吸量は1.2 m3 h-1、放射性エアロゾル粒径分布は対数正規分布とし、粒子密度は3.0 g cm-3、形状係数は1.5とした。

図7 コーカシアン成人男性の口呼吸による軽作業時の部位別沈着率5)

平均呼吸量は1.2 m3 h-1、放射性エアロゾル粒径分布は対数正規分布とし、粒子密度は3.0 g cm-3、形状係数は1.5とした。

図8 年齢別沈着率の違い5)

屋外で鼻呼吸をした場合のAI領域での沈着率。

クリアランスモデルは、沈着部位からどのような比率で、どこへ、どのような速さで体内あるいは体外へ移行するのかを、放射性核種毎に示している。化学性状による可溶性・不溶性を考慮した値が採用されている。

図9 呼吸気道からのクリアランスルート5)

si(t)はi領域から血液への吸収率、gi(t)は胃腸管への移行、li(t)はリンパ節への移行、xET(t)はET領域から体外への排泄を表す。

現行のICRP Publication 66の呼吸気道モデルは放射性エロゾルに限定されるモデルではなく、一般的なエアロゾルを吸い込んだ場合にも適用できる。PM2.5の規制などで引用される米国環境保護庁(EPA)の2004年報告7)にも引用されている。

References

1) International Commission on Radiological Protection, Recommendations of the International Commission on Radiological Protection, Report of Committee II on permissible dose for internal radiation (ICRP Publ.2), Pergamon Press, 1960.

2) Task group on lung dynamics, Deposition and retention models for internal dosimetry of the human respiratory tract. Health Phys. 12:173-207, 1966.

3) National Council on Radiation Protection, Deposition, retention and dosimetry of inhaled radioactive substances (NCRPReport 125), National Council on Radiation Protection & Measurements, 1997.

4) International Commission on Radiological Protection, Limits for intakes of radionuclides by workers (ICRP Publ.30), Pergamon Press, 1979.

5) International Commission on Radiological Protection, Human respiratory tract model for radiological protection (ICRPPubl.66), Pergamon Press, 1994.

6) Weibel, E.R., Morphometryof the human lung, Academic Press, 1963.

7) United States Environmental Protection Agency, Air quality criteria for particulate matter, 2004.


(放射線医学総合研究所・福津久美子) 2016年5月3日、2022年2月4日  ★