オカルト沈着
occult deposition
オカルト沈着(occult deposition)は,降水粒子(雨,雪,あられ,ひょう)以外の雲粒(霧粒)などの地表面への輸送過程であり,山岳森林生態系にとって重要な水文過程である(図1).“オカルト(occult)”は“隠された(hidden)”という意味であり1, 2,重力沈降(gravitational settling)に基づいて計測を行う雨量計(貯水型雨量計,転倒ます型雨量計),雨水採取器では観測できない.高所山岳域では強風であるため,雨が横から,あるいは,下から降ってくるので,通常の雨量計では高所山岳域の降水量を求めることが出来ないことと同じ理由である.
オカルト沈着を引き起こす大気水象(hydrometeor)としては,雲(cloud),霧(fog),もや(mist),露(dew),霜(hoarfrost),霧氷(rime ice)があるが3,雲(霧)が最も重要である.ただし,冬季の高山では霧氷が重要となる.降水量を指す場合にはオカルト降水(occult precipitation)と言い1, 4, ,山岳森林生態系では霧降水(fog precipitation),水平降水(horizontal precipitation)と同義である.雲粒(霧粒)を介した化学種の沈着も含める場合にオカルト沈着(occult deposition)と呼び,雲沈着(cloud deposition)または霧沈着(fog deposition)ともいう.
山岳域では斜面に沿った上昇風とともに水蒸気が輸送され,凝結によって地形性雲(orographic cloud)または滑昇霧(upslope fog)が頻繁に発生する.雲粒(霧粒)の水滴径は数〜50 µm程度(平均水滴径:約10 µm)であり,森林樹冠(forest canopy)は乱流拡散(turbulent diffusion)により輸送されてきた雲粒(霧粒)をさえぎり(interception)と慣性衝突(inertial impaction)によって捕捉する(図1).20 µmを越える雲粒(霧粒)は重力沈降によって樹冠へ沈着する.樹冠に捕捉された雲粒(霧粒)はやがて大粒の水滴となって樹冠下に滴下する.この現象は樹雨(きさめ;fog drip)と呼ばれている.非降水時の樹雨はオカルト降水と同義である.非降雨時におけるオカルト降水(樹雨)は,林内雨(throughfall)と樹幹流(stemflow)との和として求めることができる.
図1 山岳森林域におけるオカルト沈着のイメージ図
オカルト沈着は山岳森林生態系に対して重要であり,雲水量(霧水量),雲(霧)発生時間,風速,植生の表面積・樹高・形状に依存する.例えば,米国北部ニューイングランドでは標高1200 m以上の高所域で年間降水量の20 %に相当する450 mm/y 5,オレゴン州ダグラスモミ林では年間降水量の30 %に相当する880 mm/y 6,大台ヶ原では6月から11月下旬までの半年間で林外雨量の30 %に相当する約100 mm/yのオカルト降水が観測されている7.また,米国コロラド州ロッキー山脈で冬季に行われた観測によると,霧氷により降水量が7倍となり,霧氷が積雪に占める割合は10 %であることが報告されている8.高所山岳域では,主要イオン種の湿性沈着量もオカルト沈着により4〜5倍増加することをも報告されている9.
日本では秋に露の発生が多いが,降水量に対する寄与は小さい.一方,乾燥地域や半乾燥地域では,露は重要な水資源である10.日本は降水量が多いことから水資源として露や霜に対する関心は低く,日本国内での露水量の観測例は少ない.都市部の横浜で年間を通じて露を観測した結果11によると,露発生日数は87日,露水量は7.7 mmであり,年間降水量の1/250であった(図2). 一方,欧州のオランダでは露発生日数は年間250日,露水量37 mm,半乾燥地域である中東のイスラエルでは露発生日数は年間210日,露水量30 mmであり,このような地域ではオカルト沈着として露が重要であることが分かる.
図2 露発生日数と露水量の比較
【引用文献】
1. Rutter, A.J., The hydrologic cycle in vegetation. In “Vegetation and the Atmosphere” (Monteith, J. L. ed.), Vol. 1, pp. 111—154. Academic Press, New York and London, 1975.
2. Dollard G.J., Unsworth M.H., Harve M. J., Pollutant transfer in upland regions by occult precipitation, Nature 302, 241 - 243; doi:10.1038/302241a0, 1983.
3. Camffo, D., Weathering of building materials. In “Urban Pollution and Changes to Materials and Building Surfaces” (Brimblecombe, P. ed.), Air Pollution Reviews Vol.5, pp. 29-33, Imperial College Press, London, 2015.
4. Unsworth, M.H., Fowler, D., Deposition of pollutants on plants and soils: principles and pathways. In “Air Pollution and Ecosystems: Proceedings of an International Symposium held in Grenoble, France, 18–22 May 1987” (Mathy, P. ed.)”, pp.74-78, Springer, 2011.
5. Lovett, G.M., Reiners, W.A., Olson, R.K., Cloud droplet deposition in subalpine balsam fir forest: hydrological and chemical inputs. Science, 218, 1303–1304, 1982.
6. Harr, R.D., Fog drip in the Bull Run municipal watershed, Oregon. Water Res. Bull. 1 8 : 785-789., 1982.
7. 池渕周一,富田邦裕,友村光秀, 大台ヶ原における樹雨観測と量的評価,水文・水資源学会誌,9,534-541., 1996.
8. Hindman, E.E., Borys, R.D., DeMott, P.J., Hydrometeorological significance of rime ice deposits in the colorado rockies, Journal of the American Water Resources Association, 19, 619–624., 1983.
9. Unsworth, M.H., Wilshaw, J.C., Wet, occult and dry deposition of pollutants on forests, Agricultural and Forest Meteorology, 47, 221-238. 1989.
10. Tomaszkiewicz, M., Najm, M.A., Beysens, D., Alameddine, I., El-Fade, M., Dew as a Sustainable Non-Conventional Water Resource: A Critical Review, Environmental Reviews, 23, 425-442, 10.1139/er-2015-0035., 2015.
11. 竹内政樹・大河内博・井川学, 露水の化学組成とその酸性化機構に関する研究,大気環境学会誌,35, 158-169, 2000.
(早稲田大学・大河内博) 2016年5月9日 ★