元素には、同じ陽子の数を持ちながら、異なる数の中性子を持つために、質量数が異なる同位体がある。同位体には、安定同位体と放射性同位体があり、安定同位体は、他の元素へ変化することなく自然界全体で一定の割合で存在しているのに対し、放射性同位体は、時間の経過とともに放射線(電子、陽子、中性子)を放出して崩壊し、他の元素や状態に変化する。安定同位体や放射性同位体は、大気や海洋、土壌、植物、動物、岩石などを移動しており、同位体を分析することで、物質の循環や化学変化、環境変化に関する情報を得ることが可能となる。また、放射性同位体の崩壊時間を指標とすることで年代測定を行うこともできる。そのため、同位体は、地球化学や気候・気象学、生態学、考古学、環境学など、幅広い分野で利用されている。
大気エアロゾル中の種々の元素の同位体比は、エアロゾルの発生源や、新粒子生成過程、大気中での輸送・変質過程の情報を含んでいることから、同位体分析が、その動態解明に威力を発揮すると期待されている(川島2014など)。特に近年、窒素および酸素の安定同位体を用いた窒素酸化物の起源推定や窒素循環の研究(角皆ら2014、角皆ら2016など)や、硫黄および酸素の安定同位体を用いた硫酸エアロゾルの起源や生成過程の研究(服部ら2016など)、炭素の安定同位体や放射性同位体を用いた炭素質エアロゾルの起源推定(山本ら2010、池盛ら2016など)、金属元素の安定同位体を用いた発生源や動態解明(中野ら2014)などが盛んに進められている。また、同位体比測定によるエアロゾルの発生源や輸送現象の解析を目指した同位体効果に関する分子シミュレーションの研究など、工学的な分野においてもエアロゾルと同位体を関連づける研究が行われている(田中ら2016など)。
参考文献
池盛文数, 大気エアロゾル中の炭素フラクションと14C分析, エアロゾル研究, 31, 23-31, 2016.
川島洋人, 同位体環境科学―第2講 安定同位体比による発生源解析―, 大気環境学会誌, 49, A47-A57, 2014.
田中秀樹, 宮原稔, 低温物理吸着による水素同位体分離, エアロゾル研究, 31, 32-38, 2016.
角皆潤, 中川書子, 同位体環境科学―第3講 安定同位体比によるプロセス解析―, 大気環境学会誌, 49,A63-A72, 2014.
角皆潤, 中川書子, 安定同位体組成を指標に用いた窒素酸化物の起源解析と窒素循環定量への応用, エアロゾル研究, 31, 5-14, 2016.
中野孝教, 同位体環境科学―第1講 放射性起源の安定同位体と大気環境研究への適用―, 大気環境学会誌, 49, A39-46, 2014.
服部祥平, 石野咲子, 亀崎和輝, 吉田尚弘, 安定同位体情報を用いた硫酸エアロゾルとその関連物質の動態解析, エアロゾル研究, 31, 15-22, 2016.
山本真也, 河村公隆, 有機化合物の分子レベル安定同位体比測定法の大気化学への応用, 低温科学, 68, 121-127, 2010.
(名古屋大学・中山智喜、広島大学・荻 崇) 2016年3月12日 ★