労働は人生の中で時間的に大きな割合を占めているため、危険や有害な状況に曝される頻度も他の時間より高くなる。特定の作業における有害性の高いエアロゾルへの曝露も、大気汚染物質と比較しても高濃度で健康影響も重篤な場合がある。わが国では昭和47年(1972年)に労働安全衛生法(安衛法)が制定され、関連する規則も整備されて、作業者を有害な状況から守るための管理対策も進んできた。労働衛生の管理は、主に作業環境管理、作業管理、健康管理の3管理に分類される。このうち作業環境管理では、安衛法65条と同65条2に基づき作業環境中の有害物質濃度を定められた方法により測定し、評価することが世界的に見ても特筆される1)。作業環境管理は、労働が行われている場所(作業環境)における有害要因(主に化学的因子と物理的因子)を可能な限り少なくして、労働者が職業病にならないような良好な作業環境を維持するための管理対策のことである。
粉じん (dust):法的には粉じん障害防止規則(粉じん則)に規定される作業で発生するエアロゾルを指す2)。具体的には固体を粉砕・破砕・研磨した際に発生し、環境空気中に浮遊する粒子状物質である。エアロゾルの生成としては、固体に機械的なエネルギーを加えて微細化するブレークダウン(break-down)法にあたる。作業環境中の粉じん粒子には、鉱物性粉じん(結晶質シリカの粒子など)、癌を引き起こす特定化学物質や石綿(アスベスト)などがある。これらはエアロゾルの状態で呼吸器に取り込まれることで肺などへ障害を引き起こす。難溶性の粉じん粒子は肺内に長時間沈着・滞留し、肺の線維化を生じさせる。大量の粉じんを吸入し、肺の線維化が進んだ状態をじん肺と呼び、特に結晶質シリカ粒子を吸入した場合には、けい肺(珪肺)と呼ぶ。じん肺は、イタリアのラマツィーニの「働く人々の病気」(1700年)では鉱夫の病気、石屋の病気として紹介されている。現在、じん肺の適切な予防と健康管理のためにじん肺法があり、健康診断とその結果に基づく事後措置が規定されている。
ヒューム(fume):固体の物質が加熱により溶融された際に発生する蒸気が、空気中で冷却凝縮して生成される粒子状物質を指し、アーク溶接や鉄鋳物の鋳造時に発生する酸化鉄ヒューム、真鍮鋳物の鋳造時に発生する酸化亜鉛ヒュームなどがある。エアロゾルの生成としては、原子や分子から集合体を組み立てて微粒子とするビルドアップ(build-up)法にあたる。アーク溶接等で発生するヒューム等はこれまで粉じん則やじん肺法の対象でしたが、溶接ヒュームに含まれる化学物質につ いて労働者への健康障害のリスクが高いと認められたことから、粉じん対策に加 え、特定化学物質(第2類物質)に追加された。これにより、ばく露防止措置などの必要な対策を講じるとともに、特定化学物質等作業主任者の選任や特殊健康診断、作業環境測定の実施および有効な保護具の使用などが義務付けられることになった。
ミスト(mist):液体が噴霧や泡の破裂によって粒子となり環境空気中に浮遊する状態を指し、乳剤の農薬の散布や電気めっきにおいてめっき槽から発生する泡の飛沫などがある。
吸入性粉じん(respirable dust):作業環境測定基準に規定されている粉じん濃度の測定では、環境中に浮遊している粉じん粒子のうち、図に示すような大きさの異なる粒子(吸入性粉じん)を対象にしている。これは、粒子の大きさとその沈着場所により、生体影響が異なるためである。肺胞に到達し、じん肺の原因となる粒子は、図に示すように10 µm以上は含まれず1 µm以下はすべて含まれる。PM2.5の定義も同様に示すことができる。吸引性粒子は呼吸器(鼻や口)に取り込まれる大きさで、アレルギーや鼻腔癌の原因物質、また鉛など溶解性のある物質では吸入性粉じんより大きな粒子も注意が必要である。
作業環境測定(Working environment measurement):作業環境の管理状態が適切であるかを判断するために行われるもので、安衛法の下で粉じん則や特定化学物質障害予防規則(特化則)、石綿障害予防規則、鉛中毒予防規則、電離放射線障害防止規則などで規定されている対象事業場を有する事業者に義務づけられている3)。
測定対象には、粉じん則の指定する鉱物性粉じんをはじめ、アスベスト粒子、鉛やカドミウムなどの金属類の粒子、染料中間体などの化学物質、ウラン、プルトニウムなどの放射性物質などが指定されている。これらの物質の作業環境中の濃度測定は、作業環境測定基準に則って行わなければならず、客観性の高い測定結果が得られるような配慮がなされている。
作業環境測定の方法は2種類あり、一つは、作業場所の無作為に選定した定点で試料採取する「A・B測定」と呼ばれる方法で、もう一つは、作業者に試料採取機器を装着して作業場所の試料採取する「C・D測定」と呼ばれる方法である。C・D測定の対象となるのは特定化学物質のうち管理濃度が低い物質の化合物などや発生源の場所が一定しない作業の作業環境測定の一部に限られる。作業環境測定は、管理の対象区域である単位作業場所における気中有害物質の平均濃度およびその空間分布を調べるA測定(またはC測定)と、最も濃度が高くなると考えられる場所で行うB測定(またはD測定)がある。因みに作業環境測定法という法律は、測定を実施する作業環境測定士に関することを規定するためのもので、測定の方法を規定しているのは厚生労働省告示である作業環境測定基準(Working environment measurement standard)である。
作業環境の評価(Working environment evaluation standard):作業環境測定結果は、作業環境管理の状態を評価するために用いられる。A測定(またはC測定)およびB測定(またはD測定)で得られた濃度の値を作業環境評価基準に則って、管理濃度を比較対象として、第1管理区分から第3管理区分のいずれかに分類することである。
第1管理区分とは、単位作業場所における気中有害物質の濃度がほとんどの場所で管理濃度を超えず、作業環境管理が適切と判断される状態をいう。第3管理区分とは、気中有害物質の平均濃度が管理濃度を超えており、作業環境管理が適切でないと判断される状態をいう。第2管理区分は第1管理区分に比べて作業環境管理になお改善の余地があると判断される状態をいう。
粉じん濃度測定法(Measurement of dust concentration):作業環境測定基準に規定されている粉じん濃度の測定方法は、環境中に浮遊している粉じん粒子のうち、吸入性粉じんを対象にしている。基準の測定法では、気中のより大きな粒子を図に示すような分粒特性を持つ分粒装置で除去して吸入性粉じんをろ紙に捕集し、その質量を天秤で秤量によって求め、サンプリングに要した空気量で除して得ることとされている。しかし、この基準の測定法では、測定結果を得るのに長時間を要することから、短時間で精度の高い測定結果の得られる相対濃度指示方法が併記されており、現状ではこの相対濃度計(通常、粉じん計と称す)による方法が広く行われている。相対濃度計としては、光散乱方式粉じん計が多く用いられているが、光散乱方式粉じん計では、粉じん濃度に比例した散乱光強度が得られるのみで直接質量濃度が得られるわけではない。そこで、粉じん計で作業環境の粉じん濃度を求める場合は、単位作業場所の代表的な測定点において、基準の測定法と粉じん計との併行測定を行い、その環境の粉じんの質量濃度換算係数をあらかじめ求めておき、他の測定点で測定された粉じんの相対濃度にこの換算係数を乗じて質量濃度を求めている。
管理濃度(administrative control level):作業環境測定結果からその単位作業場所の作業環境管理の良否を判断する際の管理区分を決定するための指標として、行政的見地から設定されたレベルを意味し、あくまでも作業環境管理のためにのみ用いるものである。管理濃度は評価基準の別表として示されている。別表の中で濃度がppmの単位で表示されているものが気体状態で、mg/m3で表示されているものがエアロゾル状態である。管理濃度の値の10分の1程度まで測定可能な方法が公定法として指定されていることが特徴である。
ばく露低減対策(exposure mitigation):有害物質への曝露低減対策は発生源の元から優先順位をもって、①使用しないで代替品を考える②生産工程や作業方法を見直す③設備の密閉化、自動化、遠隔操作を考える④局所排気装置を付ける⑤全体換気装置を付ける⑥個人用保護具を装着する。の順で検討する。基本的に有害物質の発生源対策を優先し、個人用保護具の着用は作業環境が十分でない場合の二次的な対策である。広く使用されている局所排気装置についてはエアロゾル研究6)に紹介されている。また個人用保護具、特に防じんマスクについても解説されている。
図 PM2.5、吸入性粒子、喉頭通過性粒子(ソラシック粒子またはPM10)、吸引性粒子の粒子径別の通過率
ISO 7708を元に作成。呼吸器のそれぞれの部位に到達する粒子(線の左下部分)が濃度測定の対象となる。
ISO 7708 (1995) Air quality—Particle size fraction definitions for health-related sampling.
引用文献
1) 明星敏彦、作業環境管理と産業医、産業医科大学雑誌、35、特集号79-84、2013.
2) 粉じん障害防止規則
3)東敏昭、田中勇武、作業環境におけるエアロゾル、エアロゾル研究、7(2), 113-118, 1992.
4) 作業環境測定基準
5) 管理濃度http://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo12_1.html
6) 岩崎毅、エアロゾル取扱い作業場の局所排気装置による作業環境改善、エアロゾル研究13(1)、20-26、1998.
(産業医科大学 東 秀憲) 2022年2月7日 ★