大気の温度は、地球が太陽から可視光線として受け取るエネルギーと、地球から熱放射として宇宙空間に逃げていく赤外線エネルギーのバランス(地球放射収支)によって決まる。温室効果気体として知られる二酸化炭素やメタン等は、太陽放射のほとんどは透過するが、地球からの赤外線については吸収し、その吸収したエネルギーを再放射することで大気を温めている。一方、エアロゾルは、大きく分けて2つの効果で気候に影響を与えている。一つは、エアロゾルそのものが太陽放射を散乱・吸収することによって地球の放射収支に影響するエアロゾル・放射相互作用 (直接効果)である。二つめは、エアロゾルが雲特性を変化させること、つまりエアロゾルが雲粒や霧粒の生成に大きく関わっているために気候変動に寄与するエアロゾル・雲相互作用 (間接効果)である(IPCC, 2013, 2021)。
図 1850~1900 年を基準とし、 2010~2019 年に観測された昇温への寄与の評価 (IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)より、図SPM.2を転載 )
エアロゾル・放射相互作用
エアロゾルの粒径を考慮すると、その大きさと同程度の波長領域の可視光に対しては有意な散乱(ミー散乱)が起きるが、より長波長の赤外放射におけるエアロゾル散乱の強度は極めて小さくなる。つまり、硫酸塩や海塩粒子のように光をほとんど吸収しないエアロゾルが増加すると、太陽光が宇宙空間へ跳ね返されて地表面に到達する量が減ってしまうが、地表から出ていく赤外線エネルギーに対しては影響しないことになる。結果として、地球は冷却されることになる。この太陽光を遮り気温を下げる効果は、日傘効果とも呼ばれる。一方、燃焼活動による発生する黒色炭素など色がある粒子は、散乱だけでなく光を吸収する。吸収した光エネルギーは、熱として再放射されるため、これらの粒子の存在は大気を温める方向にも働く。特に黒色炭素のような光吸収性の強い粒子の気候影響は、北極や南極、高山など広大な雪氷で覆われている地域ほど顕著に表れる。白い雪氷面は、太陽放射に対して高い反射率(アルベド)を有しており、この高いアルベドの地表面と大気との多重反射・多重散乱により、黒色炭素の光吸収特性が一層強められて大気加熱率を増加させる。
エアロゾル・雲相互作用
水蒸気のみで液滴の雲粒を作ろうとすると、相対湿度で400%もの過飽和状態が必要となる。一方、エアロゾルがあると100%を少し超えるくらいの過飽和状態で液滴が出来始める。これは、エアロゾルが雲凝結核として作用しているためである。このように、エアロゾルが雲核となり雲過程に寄与することで、生成される雲特性に影響を与える効果をエアロゾル・雲相互作用とよぶ。雲核形成に関与するエアロゾルが多くなると、個々の雲粒径は小さくなり、光学的に厚く(太陽光を遮断し易く)なる。これを「第1種間接効果(雲アルベド効果)」という。また、雲粒が小さくなることで、「雨粒までの成長が抑制されて降水が減少する効果」、「雲高度が高くなる効果」、および「雲の寿命が長くなる効果」が表れる。これらを「第2種間接効果(雲寿命効果)」という。
また、エアロゾルの数だけでなく、組成の違いも雲形成には大きく影響する。雲凝結核として活性化されるエアロゾルは、硫酸塩や海塩粒子などの水溶性粒子が主となるが、有機化合物の中に水溶性と非水溶性の粒子が混在していたり、非水溶性の土壌粒子や炭素粒子の周りに水溶性粒子が付着していたりと、現実の大気エアロゾルの混合状態は非常に複雑である。このことが、エアロゾルによる間接効果の定量的な見積もりを難しくしている要因の一つとなっている。また、地球上には氷晶の雲も多く分布している。氷相の雲粒の生成を手助けするのは、黄砂のような鉱物由来成分(土壌成分)や炭素成分を含む粒子であり、氷晶核と呼ばれている。このように、エアロゾルから凝結核・氷晶核への活性化の過程が種類により異なるだけでなく、雲は水雲・氷晶・それらの混合相雲で存在することが可能であるため、その過程を網羅的に把握することは難しい。特に、氷雲の雲過程は未解明な部分も多く、それらの詳細な理解は今後の課題である(竹村, 2009; Lohman and Feichter, 2009)。
国際的な専門家でつくる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、気候に影響を及ぼす因子(温室効果気体やエアロゾルなど)の量が変化した際の、太陽放射および赤外放射の放射収支の変化の推定値を発表している。最新のIPCC第6次報告書(IPCC 2021)では、人間活動の寄与による正味の気温変化が+1.07 (0.8~1.30)℃と見積もられた。そのうち、温室効果ガスは+1.0~+2.0°Cの温暖化、エアロゾルは-0.8~-0.0℃の寒冷化への寄与としている(図1参照)。さらに、1750年と比較した2019年の気温変化に対する強制因子の寄与の評価では、エアロゾル・放射相互作用は-0.13℃(-0.28~-0.01℃)、エアロゾル・雲相互作用は-0.38℃(-0.77~-0.12℃)と見積もられた。このように、エアロゾルには温暖化を抑制する効果があるが、2010年ごろから世界的なエアロゾル量の低下がみられるようになり、今後はその冷却効果が低くなると予想されている。排出削減が顕著なシナリオでは、エアロゾル量減少による2100年までの昇温幅は約+0.4℃(2019年比)としている。 一方で、同時に温暖化物質であるメタンやオゾンの削減が進めば、その冷却効果によりエアロゾルによる温暖化の大部分を打ち消すと見積もられている。
(参考文献)
竹村俊彦: エアロゾル気候影響評価の現状と今後の展開. エアロゾル研究, 24,237-241, doi:10.11203/jar.24.237, 2009.
IPCC: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA, 1535 pp, 2013..
IPCC, Climate Change 2021: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Sixth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Masson-Delmotte, V., P. Zhai, A. Pirani, S. L. Connors, C. Péan, S. Berger, N. Caud, Y. Chen, L. Goldfarb, M. I. Gomis, M. Huang, K. Leitzell, E. Lonnoy, J. B. R. Matthews, T. K. Maycock, T. Waterfield, O. Yelekçi, R. Yu and B. Zhou (eds.)]. Cambridge University Press. In Press.
IPCC第6次評価報告書第1作業部会報告書 政策決定者向け要約 暫定訳(文部科学省及び気象庁)
U. Lohmann and C. Hoose: Sensitivity studies of different aerosol indirect effects in mixed-phase clouds, Atmos. Chem. Phys., 9, 8917-8934, 2009.
日本エアロゾル学会 畠山史郎・三浦和彦(編著)、みんなが知りたいPM2.5の疑問25、154-160、成山堂書店、2014.
(関連サイト)
IPCC Climate Change 2013: The Physical Science Basis
IPCC Climate Change 2021: The Physical Science Basis
IPCC第6次評価報告書(第1作業部会)の公表-JAMSTEC研究者たちの貢献とメッセージ-第4話:CO2と、CO2以外が引き起こす気候変動を合わせて評価する~脱温暖化・排出削減の道を照らす知見
(京都大学・矢吹正教)
2016年4月13日、2022年5月1日更新 ★