2021-09

2021年 9月号 痔(ぢ)。人間だけが患(わずら)う、やっかいな病気

博物館で

座す奴: なあ、きみ、

      座ったらどうだ?

立つ男: いや、いいよ。立ってるよ。気にするな。

座す奴: ずっと立ってると、

      疲れるぞ。

立つ男: ほっといてくれ。

座す奴: あのな、きみの尻が目の

       前にあると、とても気になるのだ。

立つ男: 立っていようと座っていようと、あんたに関係ないよ。

座す奴: あやしいな。きみは何か

      かくしていないか?

立つ男: そ、そんなことはない。

座す奴: ドモるところがあやしい。立っている姿勢も変だ。

立つ男: な、なんでもない。

座す奴: なあ、オレたち博物館の仲間だろ?悩みがあるのなら、言ってくれよ。

立つ男: ぼくのことは、ほおっておいてくれ。

座す奴: 痛いのか?

立つ男: な、なんでわかった?

座す奴: ほうら、やっぱり。時々、きみは苦しそうな声を出してるぜ。

立つ男: 気づいてたのか…。

座す奴: どこが痛いんだい?

立つ男: いや…言えない。

座す奴: 恥ずかしがらずに、言えよ。

立つ男: …だれにも、言うなよ。

座す奴: ああ、約束するよ。どこが痛いんだい?

立つ男: こ…肛門だ。

人に言えないポピュラーな病気

座す奴: それって、もしかして…。

立つ男: ああ、…ぢ…痔だ。

座す奴: だから、ずっと立っているのだな?

立つ男: そうだ。2000年以上、痛くて座ったことがない。

座す奴: いつも思うが、タマキタイムズの話題は、実に広範囲だな。

立つ男: 作者が豊かな経験をもっているものに関しては、特に雄弁だ。

座す奴: よく今まで、黙ってたじゃないか。

立つ男: なあ、お願いだからアルテミスちゃんには秘密にしておいてくれよ。

座す奴: 女性も含め、日本人の3人に1人は痔をわずらっている。ポピュラーな病気だ。

立つ男: …安心する表現だな。

座す奴: ルイ14世は痔ろうで48歳の時に手術を受けたというし、日本でも加藤清正は「脱肛」で

       トイレは1時間以上かかったという記録が残っているし、松尾芭蕉も「奥の細道」の

       途中「切れ痔が痛くつらい」と弟子への手紙に書いていた。夏目漱石も痔ろうに苦しみ

       「明暗」という小説は主人公が痔の手術を受けるところから始まってる。

立つ男: あんた、銅像のくせに痔についてくわしいな。

よつんばいの動物は

座す奴: 痔は、人間だけに与えられた格調高い病気だ。

立つ男: なんで人間だけなのだ?

座す奴: 四足歩行の動物は、痔にならないのさ。

立つ男: どうして?

座す奴: 肛門が体の上の方にあって、血圧がかかりにくいんだ。

立つ男: なるほど。二足歩行の人間は、肛門にうっ血しやすいわけだな。

座す奴: そう、だから馬とかヤギのような姿勢だと痔にならない。

立つ男: よし、明日から「四つん這い」でいようか。

座す奴: 博物館への来館者たちが驚くだろうな?

立つ男: 痔を治すためだ。しかたない。

座す奴: もうひとつ言うなら、動物は便意をもよおしたらすぐに排便する。肛門に、

       負担がかからないから痔にならないのさ。

立つ男: なるほど。ならば、ぼくも明日から便意を感じると同時に排便すればいいのだな。

座す奴: 博物館に来る人たちに、見捨てられないか?

若い人は大丈夫?

立つ男: なんでぼくが痔なんかを患ったのだろう?これって、年輩の人がなる病気だろ?

座す奴: 確かに加齢も影響する。ただ、若い人でも便秘は「いぼ痔」の原因になるし、下痢は

       「切れ痔」や「痔ろう」の原因になるんだ。

立つ男: ウォシュレットで清潔にしてるぞ。

座す奴: 昔は肛門にかかった圧力でできた静脈瘤が「いぼ痔」だと考えられてたんだけれど、

       今では、いぼ痔でない人にも肛門の血管にはふくらみがあることがわかってきたのさ。

立つ男: 健康な人も、血管がふくらんでる?

座す奴: そう。「エイナル・クッション」と呼ばれる部分さ。

立つ男: な、何だ、それは?

座す奴: 肛門を閉じておくためのパッキンだよ。

立つ男: パッキンって…つめ栓かい?

座す奴: そのとおり。そのエイナルクッションが肛門の外に出たままになってしまうことを、

       脱肛(だっこう)というのさ。

立つ男: そんなクッションがあるから、いぼ痔になるわけだな。わかった。君が、ぼくの

       エイナルクッションをナイフで切りとってくれないか?

座す奴: だめだめ。そんなことしたら、ストッパーがなくなるぞ。

飲み薬、塗り薬

座す奴: 病院へ行ったらどうだ?

立つ男: 人におしりを見せるなんて、恥ずかしいじゃないか。

座す奴: 今のきみの姿なら、あまり変わらないと思うけど。

立つ男: いや、かなり抵抗がある。特に女性の看護師さんの前では…。

座す奴: 病状が進むほどやっかいになるよ。

立つ男: 飲み薬で治らないか?

座す奴: 便秘や下痢くらいなら、飲み薬でも治せるよ。

立つ男: 正直言って、僕の症状は、もうそんなレベルではない。

座す奴: それなら塗り薬、座薬が有効だ。

立つ男: 実は、座薬もかなりの種類を試してみた。

座す奴: ダメか。

立つ男: 入院はしたくない…

座す奴: 痔の根本に薬剤を注射する方法、ALTA(アルタ)療法というのもあるよ。でも、

       外痔核のいぼ痔は切除した方が早い。

食と肛門の関係

立つ男: 野菜や穀物、豆を食べるといいと聞いたぞ。

座す奴: ああ、食物繊維は「腸の内壁そうじ」をしてくれる。

立つ男: もっとやわらかい食物繊維はないのか?

座す奴: 海藻やゼリー、こんにゃくも食物繊維だ。

立つ男: なんだか、ふにゃふにゃしてて、あまり役に立ちそうにないな。

座す奴: 腸の内容物自体の通り抜けをよくするんだ。

立つ男: なるほど。ようし、今夜はみんなでわかめやこんにゃくをたくさん入れた鍋料理を

       食べようか。

座す奴: もっと有効なことがあるぞ。

立つ男: なんだ、知ってるのなら早く教えてくれ。

座す奴: 「朝食をしっかりととる」ことだ。

立つ男: 朝食?

座す奴: そうさ。朝、からっぽの胃の中に食べ物が入ると、食べ物を流すベルトコンベアーが

       動き始め、小腸の中にあったものが直腸まで送られ、直腸の圧力センサーが脳に送られて

       「トイレに行こう」ということになるのさ。

立つ男: ぼくらは博物館が開いている間は動けないから、どうしてもトイレに行くのを我慢して

       しまうだろ?

座す奴: しっ!博物館の閉館後に、ぼくたち像が歩きまわってることがみんなにバレるぞ!

立つ男: タマキタイムズの読者は、そんなことで驚かないよ。とにかく、ぼくは便意を

       我慢することが習慣になってしまってる。

座す奴: 便意を我慢する習慣は、便意を感じる神経が鈍くなってしまうのさ。そういう人は、

       外出前にトイレを済ませておこうとしても、うまくいかない。

立つ男: そうか。便意を感じないでトイレに入っていきむと、肛門に高い圧力がかかる、

       よけい痔がひどくなるという悪循環になるわけだな。

短歌によめば

立つ男: 「肛門くらい」と粗末にできないね。人間のからだは奥深い。

座す奴: そうだね。ところで、タマキタイムズの品位を保ちながら、この肛門と痔の話を、

  どう終えるつもりだい?

立つ男: ぼくの気持ちを短歌にして伝えることにするよ。

座す奴: 短歌?

立つ男: そうだ。尻が腫れているのに薬が手に入らず、頭をかかえている歌だ。

座す奴: いいよ…よんでみろよ。

立つ男: 「はれすぎて いつ来たるらし 尻耐えの くすり欲したり頭かかえむ」

座す奴:  それって、

      「はるすぎて なつ来たるらし 白妙の ころも干したり天の香具山」

  じゃなかったか?

立つ男: それは、ぢとう天皇の短歌だ。

座す奴: かなづかいが、変だぞ。

立つ男: 気にするな。

座す奴: なんで、短歌で表現しようと思ったのだ?

立つ男: 「切れ字」が、ないからさ。

文責:玉木英明

タマキ・タイムズ トップへ