2019-06
文責:玉木英明
2019年 6月号 ブラックホールの撮影成功!国際研究プロジェクトの快挙
ぼくは、あなたにひかれる…
男: あの…すみません…
女: 何ですか?
男: ぼくは、なぜか、あなたにひかれるのです。
女: ありがとう。私をビヨンセと見まちがえたのかしら?
男: …そうかも知れません。いずれにせよ、ぼくは離れようと必死にもがいているのに、
あなたにぐいぐい引きよせられてしまうのです。
女: ごめんなさい、悪気はないのよ。
男: あなたは、わたしの知ってる直美さんとよく似てるのですが…
お名前をうかがってもいいですか?
女: 私の名前は、黒井くぼみ、みんなにミス・ブラックホールと呼ばれてるわ。
男: ミス・ブラックホール…何だか、すごくひかれる名前ですね。
質量が…
女: 私のどこに、引きよせる力があるのかしら?
男: それが、よくわからないのです。
女: もしかして…
男: 何ですか、じらさないでください。
女: 口にだして言うのは、ちょっと…。
男: 恥ずかしがらずに、ぼくに教えてください。
女: わかったわ。実は…。
男: 実は?
女: …私、体重が…すごく重いの。
男: 体重?
女: だから、言いたくなかったのよ。
男: きいてもいいですか?…どのくらいの体重なのですか?
女: 太陽の数億倍ほどよ。
光までも吸い込むように
男: でもあなたは、ぼくと同じ大きさじゃないですか?
女: ええ、そうよ。だから始末が悪いの。あまりに大きな質量で、大きな密度だから、
すごい重力を発生するのよ。
男: ぼ、ぼくは、あなたから離れられるのですか?
女: ごめんなさい。残念だけれど、あなたはもう私から離れられないわ。
男: ど、どないなるのですか!?
女: 大きな声をださないで。それに、あなた関西人だったのね?
男: 動揺すると、なまるのです。
女: 最終的に、あなたは私にとりこまれて、私はさらに質量も密度も大きなものになるの。
男: さらに密度が大きく?
女: そうよ。すごい重力で引き寄せたものを吸収して、より大きな質量になって、
さらに大きな重力を生み出すの。
男: 黒井さん、いや、ミス・ブラックホール、最後にあなたはどうなるのですか…?
女: 光までも吸い込むようになるのよ。
進む船を、川の流れがひきもどす
男: 「光を吸い込む」とは、どういうことですか?
女: 光が進むのを、川を行くボートにたとえましょう。
男: ボート?
女: 流れのない川で、1から3の番号をつけたボートが自力で進んでいると考えて。
男: は、はい、考えます。
女: あなたの前を通りすぎたボートの番号を順に言って。
男: 1…2…3…でしょ?
女: じゃあ、そのボートが川の上流に向かって、流れに逆らって進んでるとするわよ。
男: わ、わかりました。進んでるとします。
女: 川の流れ落ちる速さとボートが自力で上流に進む速さとが同じ時、どんなふうに見える?
男: 止まってるようにみえるでしょうね。
女: そうよね。じゃ、ボートの速さより、川の流れ落ちる速さの方が速いとどうなる?
男: ボートはいくらがんばっても、下流に流されちゃいますね。
飛んでいく光をブラックホールがひきもどせば
女: 今度は光で考えるわよ。
男: …はい、がんばって考えてみます。
女: ロウソクが光の粒を周囲に放ちながら、燃えているようすを頭にえがいて。
男: は、はい、燃えています。
女: ロウソクはどうなっていく?
男: どんどん燃えて短くなっていきますね。
女: そうよ。じゃあ、ロウソクの中心にブラックホールがあって、ロウソクが周囲に放っている
光の粒を、強い力で引いたら…
男: 光の粒が飛んでいく速度がおちる…ロウソクがゆっくり燃えてるように見えるのじゃない
ですか?
女: そうね。じゃ、ロウソクが周囲に光を放つ速度と、中心のブラックホールが光を引き戻す速度
とが同じになったら?
男: ロウソクがもえていることが、周囲からは見えなくなる…のでしょうね?
女: そのとおり。ブラックホールで、光の外向きの速度と、内向きにひかれる速度が一致する面を
「イベントホライズン」と呼ぶのよ。
男: いい弁当、ほら、いつ食べるん?
女: どう聞いたら、弁当をたべる話になるの?
男: ごめんなさい。いずれにせよ、その面より外側は、光が外に向かって飛んでいける領域、
内側は、光が内に吸い込まれていくばかりの領域ということですね。
女: さらに聞くわよ。通り過ぎた光が、ブラックホールのせいで引き戻される途中を見たら、
どう見えると思う?
男: …あとの光から、先の光へと、さかのぼって見えていく?
女: そう、時間がもどっていくように見えるわけよ。
男: なるほど。ブラックホールのイベントホライズンの内側は、時間が逆もどりしてるように
見えるわけですね。
女: そう、光をのみ込むブラックホールは、時の流れをも、のみ込むということよ。
初めてのブラックホールの撮影
男: 先日、ブラックホールの姿を初めて撮影したと聞きましたが。
女: そう、これが地球から5500万光年の場所、M87銀河の中心にある巨大ブラックホールの
「イベントホライズン」の画像なのよ。
男: どうやって撮ったのですか?
女: 世界中の200人以上の科学者が、高性能な電波望遠鏡を多数連携させて画像にしたのよ。
男: 多数が連携?
女: そうよ。ブラックホールの撮影には地球サイズの口径の望遠鏡が必要で、世界8カ所の
電波望遠鏡を一斉にブラックホールに向けて、口径1万kmの望遠鏡を仮想的につくったの。
男: オレンジ色に見える輪は何なのですか?
女: ブラックホールに吸い込まれるガスよ。60億度以上らしいわ。輪の直径が1000億km、
これをもとに計算したところ、ブラックホールの質量は太陽の65億倍だそうよ。
男: その撮影には、日本人も参加したのですか?
女: 日本からは、20人ほどの研究者が参加したのよ。M87のブラックホールの位置を
つきとめたのも日本人よ。
男: この業績は、ノーベル賞にも値すると聞きましたが…。
女: その通りよ。
ブラックホールになれる?
男: ところでミス・ブラックホール、ぼくも、みんなをひきつけるような存在になりたいと
思うのですが。
女: そんなの簡単よ。
男: どうすればいいのですか?
女: あなた、万有引力の法則を知ってるでしょ?
男: あのニュートンの?
女: そうよ。質量が大きければ大きいほど引力は大きくなるわ。
男: 黒井さんのように、光も引きつけられるようになりますか?
女: なれるわよ。いっぱい食べて、体重をふやせばいいわ。
男: 体重をふやす…何年くらいかかりますか?
女: そうね、5000億年くらいかしら。