2016-01
文:玉木英明
2016年 1月号 アンチ・ドーピング。ロシア陸上競技界のゆくえは?。
うさぎとカメ。永遠のライバル。
カメ :うさぎ君!やっとかめだ!
うさぎ:…な、なんやて?
カメ :だから、八十日目(やっとかめ)、久しぶりやな、というてますのや!
うさぎ:…おもしろいあいさつをするやないか。
カメ :僕は、みんなに「浦島太郎のアッシー君」と呼ばれたこともあった。つるの背中に
乗せられて空から落とされたこともあった。どんなにひどい仕打ちをされても…
ぼくは、かめへん。
うさぎ:あのな、世界のうちでおまえほど、歩みののろいモノはない。どうしてそんなに
のろいのか?
カメ :なんとおっしゃる、うさぎさん。この前の競走で、あなたは私に負けたでしょ?
うさぎ:あれは、ぼくが油断して、途中で昼寝をしたからやないか。今日は、負けへんよ。
カメ :ふっふっふ…。だから、さっきから言ってるでしょ。僕はあなたに勝つために、
訓練を続けてきました。しかも、ロシアまで行っての訓練です。僕はメチャメチャ
強くなりました。次のリオ・デジャネイロのオリンピックも、あなたと競走するの
が、すごく楽しみです。
うさぎ:えらい自信やなぁ。ただ、君は次のオリンピックに出場できないかもしれへんよ。
カメ :な、なんやて?!そんな、あほな!
次のオリンピック、ロシアの陸上への出場停止
うさぎ:あんた、関西弁使いますのやな?
カメ :ほっといてんか!僕は、ロシアで毎日トレーニングを積んできたんや!血のにじむ
ようなトレーニングや!そやのに、オリンピックに出られへんやて?!
うさぎ:あのな、つば、飛んでまっせ。
カメ :みんなで、ぼくたちカメを、じゃま者扱いしますのかメ?
うさぎ:余裕ありまんな。ほんで、つば、ようけ飛んでまっせ。
カメ :出場停止なんて、誰がそんなこと言うてるのやと、聞いてまっしゃろ?
うさぎ:WADA、世界アンチドーピング機構の第三者委員会や。
カメ :その委員会が、なんで僕らカメをのけ者にするのや?
うさぎ:カメだけとちがうのや。ロシア陸上競技連盟の認定を取り消したのや。
カメ :…ロシア全体?
うさぎ:そう。ロシアの陸上競技連盟ぐるみの、組織的なドーピングがあったと認めた。
だから、ロシアからは世界的な陸上競技には出場ができんようになるのや。
大いに問題あり?
カメ :なんで、そんな話になりましたんや?
うさぎ:ドイツで「秘密のドーピング・ロシアは勝者を、どうつくりあげるか」という
ドキュメンタリー番組が去年の12月に放映されたのや。
カメ :ほう、どんな内容やったの?
うさぎ:ロンドンオリンピックに出場したロシアのアスリート達の肉声で、ドーピングの
不正が行われているということを指摘したのや。
カメ :テレビの報道が、すべて正しいとは限らんやろ?
うさぎ:うん、その通りや。ただな、国際陸上連盟の倫理委員会が、その番組を受けて
調査をしたのや。それと同時並行で、さっきのWADAも独立委員会をつくって、
この1年間調査をしてきたのや。
カメ :そ、そ、その結果は…?
うさぎ:11月の中旬にスイスのジュネーブで「大いに問題あり」と発表された。
薬物使用は選手にとっては命とり
カメ :薬物を使うとどうなるの?
うさぎ:ステロイド系の薬物では、急激に体つきが変わり始めて、人間とは思えないくらい
筋力が上がるのや。有名なとこでは、ソウルオリンピック、バルセロナオリン
ピックのベン・ジョンソンは薬物使用やった。
カメ :体に悪影響はないの?
うさぎ:疑惑のあったジョイナーは、38歳でなくなった。
カメ :代表選手にもなれない選手にとっては、薬物を使用して「栄光」を手に入れるのは
最後の手段なんやろね。
うさぎ:そうや。でも、薬を使ったことがバレたとたんに、「ひきょう者」に落ちぶれて
しまうのや。
ドーピング検査をのがれる方法?
カメ :禁止されている薬を使わなかったら、文句はないでっしゃろ?
うさぎ:たとえばどんな?
カメ :例えば酒や。ぼくの友人は、試合の前に酒を飲むと、調子が上がる言うてたで。
うさぎ:酒自体はドーピングの禁止物質ではないよ。ただ、「射撃」の競技では、体内に
アルコールが残っていると「失格」になる。
カメ :ドーピングで禁止の薬を摂取したことを、バレないように隠してしまうような薬を
使えば、ええやないか?
うさぎ:その「かくす薬」も今では完璧に検出できる。
カメ :「輸血」はどうや?赤血球をドバっと輸血して、メチャメチャ酸素を運べる血に
するのや。薬は使わへんよ。
うさぎ:血液の成分を調整するのも「ドーピング」やで。
カメ :検査の時、自分のオシッコと他人のとをすりかえたらええ。簡単や。
うさぎ:そんなヤツのために、最近、生体パスポートという方法が使われてる。
カメ :入国検査でもしますのか?
うさぎ:選手の体内にある、もともとのホルモン濃度などの値を、継続的に記録しておく
のや。禁止薬物を摂取したときに、禁止薬物の反応が出なくても、ホルモンの濃度
が大きく変化したら、「黒」や。
カメ :日常的に検査しますのか?
うさぎ:そうや。
カメ :…ほな、検査官がきたら「居留守」をつかえばええ。「ざんねん、今日は
おりまへん」いうたら、検査官は帰るしかない。
うさぎ:選手がどこにいるか、どこで練習しているかを、絶えずインターネットで報告する
規則にしてあって、抜き打ち検査をするのや。1度は不在で検査を逃れた選手も、
2回目になると出場停止になる。
カメ :…ごつい方法やないか。
うさぎ:そうや、ごつい。
カメ :まねせんといて。
国をあげて?
カメ :そんなに厳しい検査を行っているのなら、ロシアを出場停止にする理由は
ないやろ?
うさぎ:うさぎ:それが、おかしいことに気がついたのや。
カメ :…何にや?
うさぎ:実は、インターネットで報告する居場所も検査も、ロシアの選手は、すべて100%
合格やった。
カメ :それが何であきまへんのや?
うさぎ:いくらネットでの報告を義務付けたいうたかて、普通はケガをして病院にいってた
とか、練習場所が変更になって報告してあった体育館にはいなかったとか、10%
ほどは、どこの国の選手でもあるものなんや。それが、ロシアの選手だけは、
全くそれがなかったのや。
カメ :…そら…おかしいなぁ。
うさぎ:そうや、変や。
カメ :それで、ドーピングの不正行為を取り締まるべきロシアの検査担当官自体が、
不正をしているのでは…ということが分かってきたのや。
カメ :ドーピング検査でいちばん多くひっかかっているのは、どこの国の選手なの?
うさぎ:去年6月にWADAが発表したアンチドーピングの摘発数は、ロシアが225件、ダントツ
で多い。
カメ :ロシア陸上競技連盟は、知らん顔なの?
うさぎ:2008年にロシア陸連も、ロシアのトップ7選手が尿を取り替えてたことを認めた。
疑惑をはらすためには
カメ :ロシアにも薬を使わんと努力してる人らは、ぎょうさんいてるやろうに。
うさぎ:そやなぁ、こういう状況は、ロシアに籍をおく選手ら全員にとって、実に不幸や。
カメ :この問題、おさまるのやろか?
うさぎ:ロシアは、カメの歩みのように、ゆっくりでもええから信頼を回復せなあかん。
カメ :昼寝をしとる余裕はないな。