2021-08
2021年 8月号 すばらしい日本のサービスエリアのトイレ。国民的誇り。
竜宮城からの帰り
太郎: カメくん、ちょっと待って…
亀: どうしました、太郎さん?
太郎: トイレに行きたいのだけれど…
亀: 竜宮城を出る時に、どうして済ませてこなかったのですか?
太郎: 乙姫(おとひめ)さんが見送ってくれてて、はずかしくて言えなかったんだ…
亀: よいこのお話では、太郎さんはすぐに海岸にもどらねばなりません。
太郎: 海岸にもどって、何をすることになっているのだっけ?
亀: 箱をあけるのです。
太郎: …それだけ?
亀: そこが、お話のクライマックスです。
太郎: ごめんね、そこまでがまんできそうにないよ。
亀: しかたありませんね。では、少しだけサービスエリアに寄っていきましょう。
太郎: わるいね、カメ君、おおきに。
亀: かめへん。
サービスエリアに立ち寄って
太郎: うわっ!なんだ、ここは!
亀: これがサービスエリアですよ。日本の高速道路50kmに一つはあります。
太郎: なんて素敵な施設だ!トイレはどこ…
亀: ここです。
太郎: おおっ!これがトイレか!
亀: そうです。もっと豪華なものもありますよ。
太郎: 英国でサービスエリアに立ち寄ったことがあるけれど、これほど美しいトイレは
なかったよ。それに、有料だったよ。
亀: 英国で?
太郎: 以前に助けたのが、イギリス出身のカメだったのさ。
亀: 太郎さんは、外国のカメも、助けたことがあるのですね?
太郎: 読者には、ないしょだけどな。
亀: 日本の高速道路のサービスエリアは秀逸です。充実したフードコートやインフォ
メーション、さらに特にトイレの美しさなど海外では例をみません。
太郎: それにしても、公衆トイレに温水の出る水道や暖房便座、ウォシュレット、
美しくて清潔で、しかも無料とは!
亀: 水洗化率の高い設備に加えて、日本ではそのサービスのきめ細やかさが光っています。
太郎: 世界中どこを見回してもトイレは排泄を行う場所、臭いから窓は開けっぱなしで冬は
寒くて、みんなが近寄りにくくて汚くて…
亀: 世界を見回せば、一般的にその通りですね。締め切った状態、すなわち暖房や冷房を
効かせた状態で「臭いがない」状態をつくりだすために、その清掃の回数と丁寧さに
「日本的な」おもてなしの精神が生かされているのです。
クオリティーの高さの理由は
太郎: どうして、これほどにも高いクオリティー(質)を保てるのだい?
亀: いちばん大きな理由は、サービスエリアが民営化されているからでしょうね。
民間の企業が競争して「私の会社ならもっと素敵なサービスエリアのトイレに
してみせる」と頑張っているのです。
太郎: なるほど。道路公団の職員が掃除係をかわりばんこでやっているのとは、
わけがちがうのだね。
亀: 学校で便所そうじの当番がまわってくると、いやでしたよね。
太郎: そうそう、服がぬれないかとか、汚れないかとか、くさくならないかとか…
亀: サービスエリアのトイレを管理する人たちは「エリアキャスト」と呼ばれて、
近年では素敵な制服を着ています。みなさんが誇りをもって仕事にあたっています。
太郎: 清掃にあたっている人たちの人数が多いのかい?
亀: いいえ、全く逆です。例えば、東京から名古屋へ向かう海老名SAなどは、便器の数が
男女合わせて224個、一日6万人がトイレを使うそうです。それをタイミングを見ながら、
7人で美しさを保っているといいます。
太郎: 驚くほど少ない人数で清掃しているのだね。
亀: そうです。小便器なら30秒、個室でも3分でOKだそうです。24時間制で当番をまわして
いるそうです。
太郎: ぼくが、学校でトイレ掃除当番にあたったときは、棒つきブラシで顔を遠ざけながら…
亀: エリアキャストたちは、棒のついた便器ブラシは使いません。ゴム手袋にスポンジを使って
直接こすります。汚れの状態がよくわかるからだそうです。
太郎: まさにプロですね。
冷暖房完備、臭いなし
太郎: それにしても、どうやったら、あれほど臭いのない空間をつくりだせるのですか?
亀: 企業が研究も進めています。例えば洗浄度や換気量などを数値化して管理したり、
環境浄化微生物3Bs(サンビーズ)と呼ばれる酵母、乳酸菌、納豆金などの
微生物を含む水などの研究もしています。ふつうの「トイレ掃除」とは、その深さの
ケタがちがいます。
太郎: 海外では、トイレの数自体が少なくて、空くのをよく待たされるというけれど…
亀: 日本ではトイレの各個室(ブース)にセンサーをつけて、ブースの利用状況を
データ化しています。そしてサービスエリアごとの「最適トイレ数」というのを
算出しています。
太郎: やるなぁ。…それで待ち時間が少ないのだね?
亀: 女性でも「2分以上待たせない」というトイレ数を設定しています。この算出方法は
国土交通大臣賞を受賞しています。
広くて明るい奥のほう
太郎: でも、ゴールデンウィークとかお盆休みなんか、トイレは混雑するでしょ?
亀: 長年の研究から、「混雑時でも使われていないトイレ」の存在が明らかになってきました。
太郎: …おばけでも出るの?
亀: ちがいます。ずばり「奥のトイレ」です。私たちは入り口付近のトイレから使用して、
一度行列ができると、ヒトはその後ろに並ぼうとするのです。
太郎: そうか。いちばん奥が空いているかどうか確認しにいくのは勇気がいる行為だものね。
亀: そうです。ですから、人を奥の個室へと導くために、ある「手法」を用い始めました。
太郎: どんな方法?
亀: 奥のトイレは、遠くが近くに感じる暖系色を用いたり、遠近法を取り入れたイラストを
壁に書いたり、手前から奥に向かってトイレの照明を明るくするのです。
太郎: そうか。トイレの奥の方が暖かく明るければ…
亀: そうです、人が行きたくなるのです。サバンナ効果といいます。
太郎: ツイッターでみんなに伝えたくなるようなトイレだね。
亀: そのとおりです。その写真が話題を呼んで、さらにたくさんの人たちがやって来るのです。
太郎: トイレを「あまり長居したくない場所」でなくしてしまった…まさに、発想の転換だね。
亀: さらに、こんなトイレもあるそうです。ごらんください。
太郎: なんと、お城の中みたいじゃない!
亀: その通りです。「記憶に残る」「また行きたくなる」「人に言いたくなる」トイレ、
それがまさに日本の高速道路のトイレなのです。
忘れ物がないように
太郎: さあ行こうか、カメくん。今日はいいものを見せてもらったよ。
亀: 太郎さんに満足していただいて光栄です。…出発しますよ。つかまってください。
太郎: 日本の高速道路のトイレは、まさに国民の誇りだね。
亀: そうですね…。
あれれ?今、私たちが出てきたサービスエリアで、みんなが騒いでますよ。
太郎: ほんとだ。何かあったのかな?
亀: ちょっと、戻ってみましょうか。
太郎: ああ、そうしてくれるかい。
亀: …あれれ、トイレから大勢の人が出てきましたね。
太郎: そうだね。それにしても、出てきた人たちが、老人ばかりだ。
亀: そうですね…。あれれ?太郎さん、おみやげの玉手箱はどうしました?
太郎: おっと、さっきのトイレに忘れてきたようだ。
文責:玉木英明