2012-10
文:玉木英明
2012年10月号 「ぶた」のイメージ改善に挑む特集号。
ぶたに真珠。価値のないこと。
ぶた:ブー・フー・ウー♪、
ブー・フー・ウー♪
三匹のこ・ぶ・た♪
真珠:ちょっと!だれ?そんな、50年も前の「おかあさんといっしょ」の歌を
うたってるのは?そんな歌を知ってる若者は、いないわよ!
ぶた:僕はブタのピッグちゃんだよ~!
真珠:あなたね!私と名前をペアで並べて、ことわざにしていい気になってる
のは!!私のそばによって来ないでよ!迷惑してるのよ!いやだわ!
ぶた:何を怒ってますのや?
真珠:だから、言ってるでしょ!「ぶたに真珠」なんてことわざ、誰が
つくったのかしら?全く、デリカシーに欠けてるったら、ありゃ
しないわ。「ねこに真珠」なら、まだかわいいわ。「馬の耳に真珠」
でも我慢するわ。でも、よりによって、「ぶた」と並べられるなんて、
大ブーイングよ!
ぶた:そんなにむちゃくちゃ言わんといてぇな。僕は、世界中で一番たくさん
食べられてる、ファットなお肉や。
真珠:だいたい、鳴き声が「ブーブー」なんて生物、最低よ!
ぶた:英語では、「oink(オインク)」いうて鳴くのに…。
真珠:なにいってんのよ!イスラム教の信者もユダヤ教の信者も、あんた
なんか大嫌いだっていってたわ!インドネシアじゃ豚肉はもちろん、
豚肉の成分も嫌われてるわ。味の素に豚肉から抽出した成分が含まれて
るって大騒ぎになったくらいよ!包丁だって、イスラム教会が
「豚肉は切っていません」という証明を出したものでなきゃ、イスラム
教徒は使わないのよ!
ぶた:いっぺんに、ようけしゃべりましたなぁ。ほんで、そんなに他人のこと
いや他トンのこと、悪ういうもんやありまへんで。
真珠:「われなべにとじブタ」は壊れたものどうしのことだし、ブータン共和
国はチベットの山のど田舎のことでしょ?ブタに由来するものは、
すべて変よ!
ぶた:「とじブタ」は「綴じ蓋」、ブータンは国名や。豚とは関係ないでぇ。
真珠:だいたい、がつがつ食事をする人のことを「ブタのように食べる」と
いうし、散らかり放題の部屋のことを「ブタ小屋」ともいうでしょ。
ぶた:いや、もともと僕らブタは知能も高いし自分の居場所を汚くすることも
ない。「排泄」をする場所はエサ場や寝床から離れた、決まった一か所
に決める習性がありますのや。生物の中で鏡の存在を認知できる
「鏡映認知」をする数少ない動物や。内臓の大きさが人間に近いから
というので、人間への臓器提供用の動物としても研究が続けられてる
のに…。ひどいことばっかりいうと、バチあたりまっせ。
イスラム教とユダヤ教では
真珠:…ごめん、悪かったわ。ちょっと、言い過ぎたわ。
ぶた:だいたい、イスラム教徒が何でそんなに僕ら豚を嫌がるのか、
理由知ってますのか?
真珠:…ごめん、実は、よう知らん…。
ぶた:イスラム教の聖典「コーラン」に食べたらあかん、いうて書いてある
だけなんや。ブタは、イノシシとネズミをかけ合わせてつくった不浄な
動物やからとか、むちゃくちゃいうて、みんなで僕のこと嫌って、
うっううう…。
真珠:ごめん、ゆるして、泣かんといて!な、ブーちゃん、あんた、
かわいいで!
ぶた:そんな、なぐさめいわんでもええよ。うっううう…。それに、
ブーちゃんなんて名前、いやや…。
真珠:いや、かわいいで!ほんまや…ほんまやて…。ほーら、笑った!
ぶた:だいたい、イスラム教とユダヤ教徒以外のところでは、そんなに嫌われ
てないのや。古代ギリシャとかローマの時代から、僕たち豚肉は
よう食べられてる。日本でも寒い冬の夜に食べるあっちっちの
「ぶた汁」は、最高においしいで。日本のトンカツも、ヨーロッパ、
特にドイツやオーストリアでは「シュニッツェル」と呼ばれてて、
お祝いの料理なんや。
「ブタ」のイメージ。
真珠:1979年の映画で、「白昼の死角」いうのがあったで。
ぶた:あんた何歳なの?
真珠:ほっといてんか。その映画のキャッチ・コピー(宣伝文句)で、
「オオカミは生きろ、豚は死ね!」いうのをやってたで。
ぶた:そうや、思い出したで。テレビであのキャッチコピーが流れるたびに、
ぼくらビクッ、ビクッて、してた。まだ「豚に真珠」なんてことわざで
小学生が覚えてくれてる方が、牧歌的でええと思うなぁ。
真珠:あんたたち「ブタ」のイメージはどうして悪いのかしら?
ぶた:たぶん、僕たちが雑食性で、野草から生ごみ、排泄物まで食べるから
やろなぁ。
真珠:そうよね。排泄物まで食べる動物なんて…。
ぶた:中世ヨーロッパの都市では、下水とかごみ処理施設が整備されていなか
った。だから、街の中はたくさんの家から出される生ごみや排泄物が
いろんな場所にあふれてた。そこへ、「ぶた」を放し飼いにすることで
それらを食べさせたんや。
真珠:天然の掃除機みたいなもんやったわけやね?
ぶた:そうや。さらに僕らは繁殖力が旺盛で、一回に10匹もの子供を生む。
そして、その子供は1年もたてば大人に成長する。エサのコストもかから
ないし、特に食糧事情の悪い地域では重宝されたんや。
真珠:エースコックいう、インスタントラーメンの会社がフライパンを持った
ぶたを採用してるのを知ってる?
ぶた:知ってる、知ってる。あれかて、かわいらしいイメージに仕上げるのに
いろんな服を着せてみて、苦労したらしいでぇ。
日本での豚肉
真珠:日本では、豚肉は昔から食べたの?
ブタ:弥生時代から豚(イノシシ)をたべることは、あったらしい。でも臭み
が強い上に、仏教の普及による獣肉忌避の雰囲気があったから、豚肉
そのものは、たまに猟師が食べる「珍味」レベルにとどまっていたよう
やね。
真珠:やっぱり、本格的に肉を食べたのは、明治時代にはいってから?
ぶた:いや、江戸などの都市部では、「薬食い(滋養強壮)」の手段として
豚肉食いが頻繁に行われていたみたいでっせ。それで、そうした肉を
提供する「獣肉屋」は「薬」を求める市民たちでごった返してた
らしい。特に、15代将軍、徳川慶喜は、豚肉が大好物やったそうで、
しばしば人々から「豚一さん」とあだ名されていたそうや。
真珠:エサだけ食べて、ブクブク太って、卑しいイメージで語られることの
多いブタさんたち、実はいろいろ役に立ってるし、長い歴史の上に存在
してるわけね。
ぶた:やっと、わかってくましたなぁ。なんか、うれしいなぁ。木に登りたく
なってきましたでぇ!
真珠:はっはっは。「ブタもおだてりゃ、木に登る」ね。
ぶた:失礼なこと言うと、怒りまっせぇ!
真珠:おねがい、ぶたないで!