2013-11

  作:玉木英明

 2013年 11月号 アマチュア無線。趣味の王様?

ハロー、CQ

マニア :私は「マニア」だ。「おたく」とも呼ばれている。私がひとたび

コールをとなえれば、この管制塔は、一気に情報センターとして

動き始めるのだ。ハローCQ、ハローCQ…こちら、JJ2NZC…。

隣の住人:おこ~んにちは!おじさん、何をブツブツ言ってるの?

マニア :うわっ!びっくりした!いきなり顔を出さないで!驚くでしょ?

隣の住人:扉があいてたから、のぞいたのよ。こんな狭いアパートで、お経

でも唱えてるの?

マニア :あのねぇ、失礼な人やなぁ。ここは無線基地、管制塔だ。

隣の住人:管制塔…?おじさん、このアパート、簡易アパート「セイトウ」で

しょ?

マニア :うるさいなぁ…。略して、管制塔なんだよ。私が、この部屋をどう

呼ぼうと勝手でしょ!あんた、だれ?

隣の住人:こんど、この部屋の隣に引っ越してきたキュートな隣人よ。よろしく

ね!ところで、おじさん、一人で何を話していたの?

マニア :よくぞ聞いてくれた。おじさんはね、アマチュア無線で交信していた

のだよ。アマチュア無線を「ハム」とも呼ぶんだ。

隣の住人:誰と交信しているの?

マニア :見知らぬ人さ。この小さな部屋から、世界に向けて電波を飛ばすの

さ。

隣の住人:それで、おじさんの呼びかけに誰かが答えてくれたら、どうなるの?

マニア :「お話しできてよかったね」って、カードの送りっこをするんだ。

だから、この部屋には世界中から送られてきたカードがいっぱい

あるのさ。

隣の住人:カード?どんな方法で送るの?

マニア :きまってるよ。郵便さ。

eメール、フェイスブック、

ツイッター、ラインにスカイプ

隣の住人:e-mail(イー・メール) は使わないの?

マニア :…。それは、ぼくの嫌いな言葉のひとつだ。悪いが、使わないで

くれたまえ。

隣の住人:郵便で手紙を送ったら、切手代がかかるのじゃないの?

マニア :もちろんだよ。いろんな国の切手やスタンプが押された手紙が

くるのさ。素敵じゃないか。

隣の住人:e-mail(イー・メール) なら、無料よ。

マニア :だから、それは私の嫌いな言葉だと言ってるだろう?!大きな声で

2度も言わないでくれたまえ!手紙の中に、家族の写真や、自分の

家の写真を入れたりするのさ。どうだい、すばらしいだろう?

隣の住人:フェイス・ブックは使わないの?

マニア :その言葉も、私はとても嫌いな言葉のひとつだ。使わないでおくれ!

隣の住人:フェイス・ブックなら、撮ったばかりの写真をいっせいにみんなに

見せることができるよ。

マニア :だから、その言葉は嫌いだと言っているだろう!ぼくは、このマイク

につぶやくのが好きなんだ!

隣の住人:それなら、「ツイッター」を使えばいいのに。毎日でもつぶやける

わよ。

マニア :その言葉も、私にとって大嫌いな言葉だ。

隣の住人:おじさん、嫌いな言葉だらけだね。

マニア :ほっといておくれ。おじさんは、この「ゆっくり」がすきなんだ。

隣の住人:スカイプは使わないの?世界中の人と、動画で話ができるよ。

マニア :その言葉も、おじさんの嫌いなことばだ。あんな無料のテレビ電話

は、私たちアマチュア無線愛好家からすれば、邪道だ。

隣の住人:私は「ライン」を使ってるわ。

マニア :その言葉にも、おじさんはイライラする。

隣の住人:アマチュア無線機って、すごく大きいのね。机の上にとてもたくさん

の機械がならんでるわ。

マニア :えへん。どうだい、立派だろう?この機械の立派さが、マニアの心を

くすぐるんだ。うっふっふ。

隣の住人:私はこのスマホ一つでOKよ。

マニア :そんな小さな道具、たよりない。

隣の住人:アマチュア無線ってアナログでしょ?雑音だらけじゃない?

マニア :それがいいのさ。伝わりにくい方法で、苦労してコミュニュケー

ションをとるところが、実にいい。

隣の住人:「マニア」って呼ばれるのには、理由があるのね。

マニア :そう。自分でハンダごてを駆使しながら無線機を作って、遠く離れた

人と友達になれた時の喜びは、それはそれは大きなものだよ。

キング・オブ・ホビー

隣の住人:中学生でも携帯電話を持っている時代に、アマチュア無線なんて、

もう古いんじゃない?

マニア :いいや、アマチュア無線は、趣味の王様、キング・オブ・ホビーだ。

隣の住人:アマチュア無線機を積んでいる自動車も、ずいぶん減ったのじゃ

ない?雑誌のウラにのってた「ハムの免許をとろう」なんて広告も、

めっきり見なくなってしまったわ。

マニア :…そう…。それは…その通りだ。1985年には136万局あったアマ

チュア無線局は、減り続けて、2006年には60万局になってしまった。

隣の住人:そんな通信方法、役にたつの?

マニア :いや、それが東北大震災を境に、アマチュア無線の有効性が見直され

たのだよ。

隣の住人:どういうこと?

マニア :津波で電話の基地がなくなって、電話やインターネットが機能を

麻痺させてしまった時、アマチュア無線が威力を発揮したんだよ。

隣の住人:なるほど。通信手段が絶たれてしまった場所では、アマチュア無線は

有効な通信手段だったということね。

マニア :そうやがな、そうやがな、そうやがな!道も鉄道も、電話線も寸断

されてしまった大震災の暗闇の中で、発電機の電力をたよりに

「アマチュア無線」が大活躍したのだよ。

隣の住人:そうか。災害や危機的な状態では無線って、とても頼りになるのね。

マニア :そうだよ。実は、無線には、漁業無線とか衛星回線とか、国際VHFと

か国際遭難周波数とか、様々なものがあるんだ。無線技術は、明治

時代から存在する古い技術ではあるけれど、その分、世界に広く

普及しているのだ。信頼性も高い。地球上のあらゆる場所、空、海、

砂漠、すべての場所で有効だ。

モールス信号

マニア :モールス信号って知ってる?

隣の住人:なあに、それ?

マニア :短点と長点とを組み合わせて、アルファベットや数字を符号化する

んだ。1996年のアメリカ映画で「インディペンデンス・ディ」と

いうのを見たことあるでしょ?

隣の住人:見た、見た!宇宙から侵略者がデッカイ宇宙船でやってきて、人間

たちが核爆弾を使っても追い払えなかったものを、コンピューター

ウイルスでバリアーを閉じさせて、やっつけた、あの痛快な映画ね。

マニア :そうや。あの映画の中で、宇宙人に知られないように世界中の国々の

人たちが使った通信方法、あれがモールス信号、アマチュア無線の

誇る技術だ。

隣の住人:もしかして、タイタニック号が沈む時にも発信されたっていう、

あれ?

マニア :そうや。ピピピ・ピーピーピーいう発信音は「SOS」の信号で、

ピンクレディーの「SOS」いう歌のはじめにも、モールス信号の

SOSが音としてはいってたんだ。ちなみに、おじさんは、ピンク

レディーのファンで、レコードは全部持ってたよ。

隣の住人:「ピンクレディー」って、カラオケで見たことあるわ。おじさん、

何歳なの?彼女たち、もうすぐ還暦(60歳)よ。

マニア :ほっといてんか。

隣の住人:アマチュア無線を趣味にしている人たちって、年齢が高い、しかも

男の人ばかりだときいたけれど。

マニア :昔、中学や高校にあった物理部には、必ず「無線部」というのが

あって、学園祭などの華やかな行事の日にも、一日中無線で交信

している「マニア」たちがいたものだ。

隣の住人:オートバイに乗っている人たちも、50~60代のおじさん達が群れを

なしてハーレーで走っているとき、必ず無線でつながってるわね。

マニア :よく知っているじゃないか。私もオートバイにアンテナ立てて、

ヘルメットに無線機のマイクとスピーカーをつけて走ると、マニア

として、この上なくうれしいのだ。うっふふふ…。

隣の住人:私も彼とツーリングするときは、ヘルメットのマイクとスピーカー

を使うわ。でも、「無線」じゃなくて、「ブルートゥース」っていう

双方向の通信が可能な機器よ。

マニア :…ブルータスって、あの、古代ローマの?

隣の住人:ちゃいまんがな。なんぎな人ね。少ない電力で交信できる、デジ

タル技術よ。

無線技術のファンをふやせ

隣の住人:無線技術はこれからどうなるの?

マニア :確かに街中で電力も基地局も確保できていて、携帯電話やネット

ワークがしっかりと完備されている場所では、現代の最新鋭の機器が

威力を発揮する。でも、山や海、自然豊かなところ、または環境の

過酷なところに行こうとすればするほど、無線機は頼りがいのある

ものになる。永遠に、なくならないよ。

隣の住人:アマチュア無線技師たちを、もっとカワイイ愛称で、呼んだら

どうかしら?ファンが増えるかもしれないわ。

マニア :何てよぶの?

隣の住人:「あまちゅあん」。

マニア :じぇじぇ!それは先月で終わってしまったよ。