文:玉木英明
2017年 9月号 食べられる電池?医療機器にもたらされる革命。
ミクロ決死隊
ミクロ決死隊: Excuse me(エクスキューズ・ミー)!
極めて一般人: あれあれ、外国の人やね。いったい、どうしましたんや?
決死隊: We are suffering. Will you help me?
一般人: …わかりまへんなぁ。しょうがありまへんな。このいつものタマキの自動翻訳機を
使うことにしましょか。よいしょっと。あーあー、聞こえますか?
決死隊: Thank you for …おじゃましまんにゃーわ。
一般人: いつものように、この機械、関西弁、しかも吉本新喜劇のギャグに翻訳するのやな?
決死隊: ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー
一般人: わかった、わかった。絶好調やな。ところで、あんたたち、どこかで見かけたことが
ありますなぁ。どこでお会いしましたかなぁ?
決死隊: 私たちは、ミクロ決死隊。医療チーム5人で潜航艇に乗ったままミクロ化されて、
病気の人の体内に入って行きます。
一般人: おお、知ってまっせ!1970年ころ、テレビでやってましたなぁ。
決死隊: おっ、ご存知ですか?うれしいやないですか。
一般人: たしか、あの映画の中では、ミクロ化されたものは1時間でもとにもどってしまう
のと違いましたかいな?
決死隊: 古い映画をよくご存じや。あんた、昭和の生まれやね?
一般人: ほっといてんか。ところで、そのミクロ決死隊が、いったい何のご用や?
決死隊: 実は、私らの乗ってた潜航艇が、見当たらないのです。
一般人: 潜航艇?…あんたら5人も乗れるやつ?
決死隊: はい、ミクロ化されて、誰かの体の中にあると思うのですが…。
一般人: あのな、人間の体内やて?1時間でもとにもどったら…!
決死隊: あっはっは、その人は破裂しますなぁ。
一般人: 笑いごとと、ちゃいまっせ。
カプセル内視鏡があれば
一般人: 現代では、医師が「胃カメラ」と呼ばれてる細いパイプを挿入して、内臓の内側を
見ますのや。
決死隊: …どこから挿入するて?
一般人: 胃や十二指腸を見るのなら、口や鼻から入れるし、腸なら肛門から入れますのや。
決死隊: …そんなに小型のカメラが開発されましたんやな?
一般人: カプセル内視鏡というのもありまっせ。そいつを飲み込めば、進んでいく内臓の
内側からの映像を、リアルタイムで見れますのや。
決死隊: …リアルタイム?
一般人: そうです。お医者さんがいすに座ったまま、患者の胃やら十二指腸やらの内側を
画面で見ることができますのや。
決死隊: …ということは、人間が「ミクロ化」して、「決死の覚悟」で進んでいかんでも、
よろしおますのか?
一般人: その通りです。
決死隊: むかし、ミクロ化した私らは、白血球に襲われたり、血小板に縛りつけられたり、
それはそれは大変でした。
一般人: 現代のカプセルの中のカメラは、外部から遠隔操作が可能です。
決死隊: ごつい時代や。でもそのカメラ、電気で動くから、電池が入ってるわけでしょ?
一般人: そうでっせ。
決死隊: ほうら、やっぱりあぶない。電解質の中に種類のちがう金属が浸けこんであるのが
電池や。玉木先生の化学の時間に習いましたがな。たしかボルタの電池は、硫酸の
中に亜鉛と銅がつけてありましたで。そんなもんが、便といっしょに排出されずに
体の中に残ったら、金属中毒で、検査されてる人はあの世行きや。
一般人: いっぺんにようけしゃべりましたな。
革命、食べられる電池
決死隊: 「でんち」が、もし「うんち」と一緒に外に出なかったら「ピンチ」や!
一般人: おもしろい外国人やないですか。翻訳前は何て言うてるのやろか。
決死隊: おおきに、お茶目なジョークでした。
一般人: それが、心配いりまへんのや。40年前から来た人らには、想像できんことかも
しれんけど、カーネギー・メロン大学のクリストファー・ベンジャー准教授の研究
チームが、「食べられる電池」を開発しましたんや。
決死隊: 食べられる…電池…?
一般人: そうです。皮膚の色素に「メラニン」いうのが含まれてるのは聞いたことが
ありまっしゃろ?
決死隊: 知ってまっせ。皮膚や髪の毛の色の濃い薄いを決める、あのメラニンですな?
一般人: そう、その色素とマグネシウムのような、人体に由来する鉱物を原料につくります
のや。
決死隊: …さっき話に出た、電解液はどうしますのや?
一般人: デンプンとかの炭水化物に細工して、電流が流れるようにして、メラニンと鉱物の
間に入れますのや。
薬をまさに患部に。ドラッグ・デリバリー
決死隊: そんな、食べられるような電池、電圧は高くないでしょ?
一般人: いや、乾電池の三分の一、0.5ボルトもありますのや。
決死隊: …やるやないか。
一般人: そう、カプセル内視鏡なら20時間は電力を供給できることになりまっせ。
決死隊: 体内に残されたままになったら…
一般人: このメラニンとミネラルからできた電池なら、体内で数週間かかって自然に分解
されますのや。
決死隊: …ごついなぁ。ということは、この電池は体の中に残したままでも平気なわけやね?
一般人: そうです。だから、こいつは様々な医療機器の電源として使えますのや。
決死隊: たとえば?
一般人: たとえば、薬を最も効果的にはたらく患部まで運んで放出する
「ドラッグ・デリバリー・システム」への応用が有望です。
決死隊: ドラえもんの出しゃばり・システムやて?
一般人: どう聞いたら、そう聞こえますのや?体の中で電池で動き回る、効果抜群の
「薬の運び屋」です。
決死隊: あのな、私らは40年前からやってきましたんやで。浦島太郎みたいなもんや。
わかるように説明してくださいよ。
一般人: 「のみぐすり」は小腸で吸収されて全身に運ばれるから、あまり濃くできないし、
薄いと効かない。注射器を使って人間の手で、効いてほしい部分に、大きい濃度の
薬を注入する手もあるけれど、毎日時間をかけてお医者さんが「手作業」をする
わけにもいかんでしょ?
決死隊: そら、その通りやな。
一般人: センサーを搭載したカプセルが進んでいって、ガン細胞を検知したら、近くで
自動的に薬を放出させるのです。
決死隊: ほな、いちばん薬を効かせることができるわけやね?
一般人: その通りです。さらに、毎日飲み続けても問題がないわけですから、特殊なセンサー
と組み合わせれば、肥満や糖尿病の原因になってると考えられてる消化管の細菌も
特定し、攻撃したりできるのです。
決死隊: ど、ど、どういうこと?
一般人: 毎日、食べられるカプセルでお腹の中の細菌を調べ続ければ、ガンだけとちがって、
肥満とか糖尿病とかの原因になってる細菌をも見つけられる可能性が高い、という
ことです。
決死隊: 「のみぐすり」なんて名前とちがって「飲み込み型・自動検出薬剤塗布マシン」な
わけやね。
カプセル内視鏡で撮影する…
決死隊: わたしらが「ミクロ決死隊」の映画で夢物語にしてたことを、この40年ほどで
ほとんど実行できるようになったということですね。
一般人: その通りです。
決死隊: そのカプセル内視鏡…ちょっと、使わせてくれませんか?
一般人: …何に使おうというのですか?
決死隊: カプセル内視鏡で、映画を撮影したいのです。
一般人: な、な、なんですって?
決死隊: 40年前には、スタジオのセットの中で「ミクロ決死隊」を撮影しました。私たちと、
現代の医療用カメラ入りカプセルでとった映像を使って合成すれば、すごくリアルな
映画が作れると思うのです。
一般人: なんていう題の映画をつくるつもりですか?
決死隊: 「小腸柔突起・決死隊」とか、「十二指腸潰瘍・止血隊」なんてどうでしょうか?
一般人: ごつい…名前ですね。
決死隊: いや、むしろ「大腸肛門・探検隊」とか「膀胱尿道・特攻隊」のほうが、インパクトが
あるかもしれんなぁ。
一般人: みんな、見に来てくれるやろか。
「ミクロ決死隊」って何だ?