2017-06

2017年 6月号 大学入試センター試験が消える。深い思考と表現力のために

文責:玉木英明

受験勉強中の息子。

ママ: 龍之介ちゃん、お夜食の時間よ。

息子: ママ、いつもありがとう。

ママ: 勉強の時に、いつも着てるおじいちゃんのきもの、お気に入りね。

息子: 友人の国木田君も、担任の夏目先生も、僕の周囲は「きもの」のファンばかりさ。

ママ: 似合ってるわよ、ちょっと、老けて見えるけど。あ、そうそう、幼なじみの

カンダタ君から電話があったわよ。

息子: え、ほんと?ぼくは彼が大好きさ。いっしょに保育園でお遊戯をしてて

蜘蛛(クモ)がいた時、「これも小さいながら命あるものに違いない。」といって、

カンダタ君は踏みつぶさなかったんだ。

ママ: とても保育園児とは思えない表現ね。まあいいわ。ところで、勉強は順調に

進んでるの?

息子: ママ、大丈夫だよ…最近、夢の中に河童(カッパ)が出てくるけどね。

ママ: 何を勉強してるの…?あらまっ!龍之介ちゃん、またそんな落書きしてたのね!

息子: ママ、これは…。

ママ: あれほど、大学入試のための勉強をしなさいって言ってるのに、どうして龍之介

ちゃんはママの言うことがきけないの?

息子: ママ、ごめんなさい。でも、これは僕にとっては、落書きなんかじゃないんだ…。

ママ: おだまりなさい。だいたい、何よ、その羅生…なんとかいう文章は?暗い文章

書くのもいいかげんになさい。

息子: ごめんなさいママ、これは明日、夏目先生にみてもらおうと思って…。

ママ: 昨日もあなたのお部屋をお掃除をしようと思ったら、本棚から紙がおちてきて、

藪の中がどうとか、鼻がのびたとか、地獄変がすったころんだとか、受験に全く

関係のないことばっかり、あなた書いてるじゃない?いったい、どういうつもり?

息子: ごめんなさいママ。ぼくは大学受験用の、マークシート方式の試験は、得意じゃ

ないんだ…。

ママ: だまらっしゃい、龍之介ちゃん。よくお聞きなさい。あなたのパパはね、

高校時代「ごたくの神様」と呼ばれたのよ。

息子: え?パパは御託(ごたく)ばかり並べてたの?

ママ: そう、偉そうに…ちがう!ちがう!「5択」よ!

息子: どういうこと?

ママ: 大学入試センター試験で5つの答えから間違いを探し出して答えを選ぶのが

とても上手だったのよ。「消去法の達人」とも異名をとったわ。

息子: ということは、パパは結婚する時、消去法でママを選んだわけだね。

ママ: そう、一番無難な私を…ちがう!ちがう!パパは大学入試センター試験で

すばらしい点をとったから、大学に入学できたのよ。だから、あなたも、

センター試験、すなわちマークシート形式の問題に慣れなきゃだめなのよ。

息子: ごめんなさいママ。大学入試センター試験は、2020年から消えるんだよ。

与えられた選択肢から選ぶだけ?

ママ: ど、ど、どういうこと?

息子: ママは、ドモるんだね。

ママ: エキサイトすると、ドモるのよ。

息子: 日本の大学の入試に、これからは記述問題が大きく導入されるんだ。

ママ: あのね、日本人の間違い探しの能力は、秀逸よ。与えられた「選択肢」の中から

最適なものを選ぶ技は、世界中を見回しても、日本人ほど優れた民族はいないわ!

息子: ママ、つばが、たくさん飛んでいるよ。

ママ: 日本の工業製品の高い品質も、サービスも、小さなミスを見逃さない日本人の

大切な資質のたまものよ!

息子: ママ、夜食につばが、かかっているよ。

ママ: 国じゅうの列車が、時刻表どおりに動いている国なんて、他にはないんだから!

それもこれも、みんな、マークシート方式の試験の恩恵よ!効能よ!インフルー

エンスよ!

息子: ごめんね、ママ。日本人は、特にここ30年ほどの間に、選択肢の中から選び

出すことも、間違いを探し出すこともとても上手になったのは確かだよ。

20世紀後半に日本が得意とした「ものつくり」にはとても有効だった。でも、

そればかりを繰り返しているうちに、日本人はその「選択肢」自体を自分で

創造していくことや、無から有を作り出していくことがとても苦手に

なっちゃったんだ。

フランスのバカロレア試験

ママ: シャラップ、龍之介ちゃん!欧米の何がいいっていうのよ!

息子: ごめんね、ママ。フランスの大学入試の「バカロレア」という試験を知ってる?

ママ: そんな、おつむの弱そうな名前の試験、知るわけないでしょ!

息子: その試験には、「芸術作品は我々の知覚を鍛えるのか?」とか、

理系の大学の入学試験でも、「デカルトの精神指導の規則を解説せよ」

なんて出題がなされて、受験者たちは、数時間論文を書き続けるっていうんだよ。

ママ: …えげつない問題やないの…。

息子: ママ、関西人だったんだね?

ママ: びっくりすると、なまるのよ。…それで、そんなつかみどころのない質問に

答えている連中に、マークシート優等生・日本人が負けるわけないじゃないの。

息子: ごめんね、ママ。日本の若者たちが欧米の若者たちと討論しようと思っても、

何を話していいのか、何を論点にしていいかすら、よく分からないというんだ。

世界の中で競争、共創していくためには、それ相応の能力が必要だと日本の

文部科学省もようやく分かり始めたんだ。最近では、世界共通の大学入学資格と

して国際バカロレアというのが設定されるようになったんだ。

用意された答えから選び出すことより重要なのは

ママ: あのね、龍之介ちゃん、討論なんて必要ないの。交渉なんて必要ないの。

スマホをさわっててわかるでしょ?Yesの時には「いいね!」、Noのときには

「ブー!」これでOKよ。

息子: 相手に対して、微妙なメッセージを様々な方法で伝えられなければ、相手が

自分の思っていることを正確に理解できないでしょ?

ママ: 人との意思の伝達は、ショート・メッセージで十分じゃない。スマホよ。SNSよ!

息子: ごめんね、ママ。これから僕たち若者に求められることは、人間しかできない、

新しい付加価値を作り出していくことなんだ。白紙の紙に作品を創り出していく、

イノベーション(変革)をおこすことなんだ。

ママ: 選択肢の中から正解を選び出すことや、間違いを探し出すこと、日本人の高い

能力は…

息子: ごめんね、ママ。間違い探しは、人工知能にとってかわられていくんだ。

ママ: じゃぁ、「マークシートの神様」「5択の達人」と呼ばれたパパは…。

息子: いずれ、コンピューターに仕事を奪われてしまうことになる。これから人間に

強く求められるものは、非常に難しい利害が絡み合った板挟みの状況、矛盾、

葛藤をどうやって解決していくかなんだ。深い思考力とそれを丁寧に表現して

いく力が必要になるんだ。

日本中の大学入試を「記述式」にかえなければ

ママ: 記述の能力が必要なことは、分かったわ。ただ、本当にそんな記述試験を

「日本全体」で「共通に」行わなくちゃいけないの?

息子: すでに記述試験は東京大学や京都大学、慶應大学では独自に行われているの

だけど、それが故にこれらの大学は露骨に受験生に敬遠されてしまうんだ。

ママ: ほんとうに?記述試験が原因かどうか、あやしいものだわ。

息子: 現に入学試験に論文のない早稲田、明治、近畿大学では11万人の受験者がいる

のに、論文のある慶応大学では4万人しか受験しないんだ。

ママ: そんなくらいで敬遠するの?日本の若者…あかんやないの。

息子: そう、あかん。

ママ: まねせんとって。

息子: すんまへん。

記述・論述に、たけた人は

息子: 日本全体で「論述試験や記述試験」を行うようになれば、高校生たちがそれを

「大切なもの」として準備するようになっていく。教育の現場がどんどん

変わっていくんだ。だから、まず「試験」を変えていく必要があるんだ。

ママ: 龍之介ちゃん、あなたの説明は分かりやすいわね。この能力を生かせば、

大学に合格できるかも知れないわ。模擬試験、受けてみた?

息子: ああ、東京帝国大学文科大学英文学科に通りそうだよ、ママ。

ママ: ママの知らない大学ね。その大学は、ほんとうに社会で活躍する人たちの

登竜門になるのかしら?

息子: ごめんね、ママ。ぼくにとって大事なのは、登竜門より、羅生門なんだ。

                                      

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