文責:玉木英明
2018年 7月号 自動運転の車。早く議論しなければならない倫理の問題
お金持ちのお嬢様と運転手。
お嬢さま:パーカー、海へ連れて行ってちょうだい。
運転手 :かしこまりました、お嬢さま。それにしても、私たちが、「サンダーバード」の
登場人物だとわかる人は「昭和」のテレビをよく知っている年齢でしょうね。
お嬢さま:パーカー、タマキタイムズの読者なら、慣れてるはずだから大丈夫よ。
運転手 :お嬢様は、海がお好きですね。
お嬢さま:海をみてると、素敵なことばかり思いつくのよ。胸がすっとするの。
運転手 :それでは、高知県の桂浜(かつらはま)にまいりましょうか?
お嬢さま:坂本龍馬の故郷ね。彼の最後は血みどろの…。ああ、胸がはりさけそうになるわ。
運転手 :では、熱海(あたみ)の海岸などいかがでしょう?
お嬢さま:寛一(かんいち)が、お宮(おみや)を、けりとばした場所ね…。胸が痛むわ。
運転手 :では、壇ノ浦(だんのうら)は、いかがでしょうか。
お嬢さま:平家の最後の場所、きっと怨念(おんねん)に満ちているわね。
胸がつまりそうになるわ。
運転手 :では、沖縄の美ら海(ちゅらうみ)の浜辺を…
お嬢さま:温暖化で、サンゴ礁がどんどん死滅しているのでしょう?胸が苦しいわ。
運転手 :では、有明海は…
お嬢さま:有明海のムツゴロウは、変な顔ね。胸が悪くなるわ。
運転手 :お嬢様が海ときいて思いつくのは、本当に素敵なことばかりですか?
運転手は不要?
運転手 :お嬢さま、私はあなたのおっしゃる通りに、どこへでもお連れします。ですから、
どうか、私をクビにしないでください。
お嬢さま:パーカー、突然何を言い出すの?
運転手 :「自動運転」の車のニュースを聞きました。
お嬢さま:どんなニュース?
運転手 :グーグル関連の会社が、運転席に人の乗らない「完全自動運転」による配車サービスを
始めるそうです。遅かれ早かれ、私のような「運転手」は必要がなくなるのでは
ないかと、とても不安です。
お嬢さま:完全自動運転…。素敵ね。
運転手 :ほうら、やっぱり、お嬢さまも自動運転がええと思てはる!くやしいやおまへんか!
いったい、私ら、今後、どないせえと言いまんのや?!
お嬢さま:パーカーは、関西の出身だったのね?
運転手 :おほん、動揺するとなまりますのや。
自動運転の問題
お嬢さま:実は、まだ自動運転には多くの問題があるのよ。
運転手 :交通事故の9割がヒューマンエラー、人間のミスによる事故です。ということは、
運転手が人でなくなれば、9割の交通事故が消えることになります。
お嬢さま:人間のミスが、事故の原因のほとんどなのね?
運転手 :そうです。自動運転車なら、その時々の「最適」を選択して、機械が自動車の走行を
制御してくれます。万が一事故が起きる場合でも、最も被害が少なくなるよう人工
知能が冷静に非常事態に対処してくれるのです。こんなシステムができあがれば、
バスもトラックも「運転手」は不要となってしまう運命です。
お嬢さま:一度にたくさんしゃべったわね、パーカー。つばが飛んでるわ。
運転手 :人間は、運転の未熟な人や老人、反応の良くない人、動きの悪い人など、いろいろな
人がごちゃまぜで町にあふれて車を運転しています。またいつもは運転の上手な
人でも、眠いとか体調がすぐれないとか本来の能力を発揮できない状態の人も、
混ざりあって自動車が走っているのです!
お嬢さま:パーカー、声が大きいわ。それに、たくさんつばが飛んでるわよ。
運転手 :コンピューターなら、すべての運転手の「未熟さ」をカバーしてくれるでしょう。
したがって…私たちは、用済みになるのです。
コンピューターにプログラムする「倫理」
お嬢さま:私の言ってる自動運転の問題は、ちょっとちがうのよ。
運転手 :え…?コンピューターの話ではないのですか?
お嬢さま:私のいう「問題」とは、そのコンピューターに人がインプットする「倫理」の
ことなのよ。
運転手 :お嬢さま、どういうことですか?
お嬢さま:「ブリッジ・プロブレム」をご存知かしら?
運転手 :ブリっとへをふれむ?…お嬢様は上品な方なのに、すごく大胆なことをおっしゃい
ますね。
お嬢さま:どう聞いたらそう聞こえるのかしら?
運転手 :すみません。それが、自動運転とどんな関係があるのですか?
お嬢さま:橋の上で、自動運転の車が、お客様を一人乗せてこちら側から走って行く時、
向こう側から30人の子供たちを乗せた、ヒトの運転するバスが来たとしましょう。
運転手 :何か、胸さわぎのするシチュエーション(状況)ですね…。
お嬢さま:そのバスが、運転手の何らかのミスか不具合で、こちらの車線に大きくはみ出し
ながら、せまって来たとするわよ。
運転手 :あ、あぶないでっせ!はよ、はよ、なんとかせんと!
お嬢さま:パーカー、かなり動揺してるわね。
運転手 :ど、どうなりまんのや?
お嬢さま:自動運転車の動きしだいで、そのスクールバスが橋から落ちて31人の命がなくなるか、
それとも自動運転車が橋から落ちて1人の命がなくなるか、いずれかしかないと
するの。
運転手 :そんなの、今から考えなくても…
お嬢さま:いや、自動運転の車が「1人を犠牲にして31人を助ける」のか「31人を犠牲にして
でも1人を助ける」のか、あらかじめコンピューターに、どうプログラムをどう
組んでおくかで、事故の結果が全く変わるのよ。
運転手 :究極の選択ですね。
どちらを助けるか
運転手 :どちらを助けるか、文化や国、立場によっても変わるでしょうね。
お嬢さま:そうね。欧米のように合理主義を唱える国では、31人の方を助ける方に賛成する人が
多いでしょうし、お金を出して自動運転車を買っていただくメーカーの側はその逆に
なる可能性が高いわ。
運転手 :どういうことですか?
お嬢さま:自動運転の車の動きで31人のバスが橋から落ちれば、その遺族たちが自動運転車の
メーカーを訴えるでしょうし、また31人を助けるために自動運転車が自分が犠牲に
なるように動けば、やはり1人の遺族は車のメーカーを訴えるでしょうね。
運転手 :法律の決め方が、自動運転車の将来に大きく影響を与えますね。
お嬢さま:その通りよ。
運転手 :でも「31人のバスを助ける」と法律が決めたら、はたして消費者は、自動運転車を
買うでしょうか。
お嬢さま:買わないでしょうね。そして自動運転車が増えなければ9割の交通事故は消えない
ことになるでしょうね。
運転手 :ということは、「自動運転車の1人を助けるのはOK」と法律が決めれば、大きく見れば
交通事故が減ることになるわけですね。
最新技術についていけない、人間の「ふつう」
お嬢さま:臓器移植に関しても、同じようなことが議論されてるのよ。
運転手 :どんな議論ですか?
お嬢さま:「私の臓器は他人に移植しないでください」と意思表示をした時は臓器移植をしない
けど、何も言わなければ臓器移植を行うという国があるわ。
運転手 :ほう、その国では、何も言わなければドナー(臓器提供者)になるわけですね。
お嬢さま:そうよ。これとは逆に、日本のように「私の臓器は他人への移植に使ってください」と
意思表示をした時だけ臓器移植ができる国、すなわち何も言わなければ臓器移植が
できない国もあるわ。
運転手 :そんな国では、ドナーは少ないでしょうね。
お嬢さま:そう。社会的にしっかりと議論ができている国、コンセンサスを得られている国で
なければ、臓器移植という「最新技術」は使うことができないのよ。
運転手 :その技術の恩恵にあずかれる人、参加する意思のある人だけが参加して、それ以外の
人は考えなくてもいいという時代でなくなってきたということですね。
小学生が一人で乗れる車
運転手 :お嬢様、車を運転するのは、人間でなくなるのでしょうか?
お嬢さま:車の運転自体に爽快感や解放感も大いにあるから、「自由に自分の思い通りに動かせる
移動手段」がなくなるとは思わないわ。
運転手 :でも、町中に自動運転車が、超正確に、大量に走っている中で、人間が五感を使って
車を走らせるのは、なみ大抵のことではなくなるでしょうね。
お嬢さま:そうね。18歳で免許を取得して事故のリスクを覚悟の上で、車を運転する人は、
運転が大好きな人か、あなたのような「プロ」だけになるでしょうね。
運転手 :逆に、コンピューター制御の車なら、小学生が1人で車に乗って町を走れるわけですね。
お嬢さま:そうね、そのような車を「児童運転車」と呼んではどうかしら?