2020-12
2020年 12月号 イネからショ糖を得る。日本の田んぼが生き返る。
アリとキリギリスが…
アリ: うんしょ、うんしょ、
うんしょ…
キリギリス: ねえ、あんたたち!
アリ: うんしょ、うんしょ、
うんしょ…
キリギリス: ねえ、きこえないの?
アリ: どっこいしょっと…
…あんただれ?
キリギリス: 私はキリギリス。弦のひびきで幸せをもたらす天使とも呼ばれてるわ。
アリ: ギリギリすげえいびきで、シャワーでおもらししてしまった?
キリギリス: どう聞けば、おもらしになるの?「き・り・ぎ・りす」よ!
アリ: リスの仲間ね?
キリギリス: ちがう、変なところで切らずに、きり…
アリ: 切らずに切ります?
キリギリス: あのね、そうじゃなくて「きり」に、むりに…
アリ: な~みだ~じゃ~、な~いよと言いたいけれど~
キリギリス: あのね、それは「霧にむせぶ夜」、黒木憲の歌よ。
アリ: おっ!あんた昭和戦後の生まれだね?
キリギリス: ほっといてんか!
イネからショ糖を
キリギリス: あんたたち、何をしてるの?
アリ: イネからとれる砂糖を、蓄える準備をしてるのさ。
キリギリス: イネから砂糖?何をばかなことを言ってるの?イネからはお米しかとれないわよ。
アリ: 福建農林大学の日本人教授・笠原竜四郎さんと名古屋大学のトランスフォーマティブ
生命分子研究所の研究員たちが、イネから「ショ糖」を得ることに成功したのさ。
キリギリス: ショ糖ってなに?
アリ: ふつう、ぼくたちが「砂糖」ってよんでるやつさ。
キリギリス: どうして、そんなものがイネからとれるのよ?
アリ: イネが受精に失敗すると、胚珠が肥大化することがわかったのさ。
キリギリス: ちょ、ちょっと待ってよ。イネが受精しなきゃ、お米ができないじゃないの?
アリ: そうだよ。でもね、その肥大した胚珠の、GCS1遺伝子というのを
クリスパーキャスナインでゲノム編集をしたら、中にデンプンじゃなくて
糖の水溶液が満たされることがわかったのさ。
キリギリス: ゲノム編集?クリスパーキャスナイン?
アリ: そうだよ。先月号のタマキタイムズを読めばわかるよ。
キリギリス: わかったわ。それで、そのイネには糖の水溶液が入ってるのね?
アリ: そう、ショ糖が98%、あと2%がブドウ糖と果糖さ。
キリギリス: …すごい純度ね。ごつい発明やないの!
アリ: キリギリスのおねえちゃん、関西の出身だったんだね。
キリギリス: 興奮すると、なまるのよ。
糖は良質なエネルギー
キリギリス: お米と糖、どっちが大事なの?
アリ: 人間が摂取するエネルギーとしては、どちらも大事だよ。ただ、早く全身に
エネルギーを補充しようと思う時には、糖の方が有効だよ。
キリギリス: どういうこと?
アリ: 例えば、山で遭難した人が、意識のない状態で発見されたら、どうする?
キリギリス: 大変!体を暖めてあげて、何か栄養のあるものを食べさせてあげなきゃ!
アリ: 体を温めるのはストーブと毛布を用意するとして、どうやって栄養、エネルギーを
体に入れてあげる?
キリギリス: きまってるじゃないの。口からアツアツのなべ焼きうどんを食べさせてあげるのよ。
アリ: あのね、目の前にいるのは、意識のない人だよ。
キリギリス: かまわないわ。寒さにこごえた体に入れるのに、熱いうどんに勝るものはないわ。
口からつっこむのよ。それから、ちょっとあたためた焼酎も飲ませてあげて!
アリ: うどんを喉につまらせて、呼吸まで止まってしまうよ。
キリギリス: …じゃ、どうすればいいのよ?
アリ: ブドウ糖のうすい水溶液を、注射か点滴で、直接血液にながしてやるのさ。
キリギリス: 点滴…?ブドウ糖?…うどんの汁の方が…。
アリ: あのね、うどんからはなれて。
サトウキビ、テンサイよりも
キリギリス: 糖を水田でつくるなんて考えられないわ。アリがよってくるじゃない。
アリ: …あのね、ぼくはアリだよ。
キリギリス: あら、ごめんなさい。ただ、そんな受精してないイネなんかに頼って
砂糖をつくらなくてもいいじゃないの。
アリ: なんで?
キリギリス: だって日本にはサトウキビや、テンサイ(甜菜)があるから、砂糖は得られるわ。
アリ: サトウキビは、沖縄のような熱帯や亜熱帯でしか収穫できない。テンサイは
北海道などの寒冷地にしか育たない。
キリギリス: イネなら…
アリ: そう、イネなら日本全国で栽培することができる。だから、どこでも田んぼがあった
ところなら、高純度な「ショ糖」を得ることができるわけさ。
得たいものは
キリギリス: あのね、私はダイエットしてるの。お砂糖は控えめにしてるわ。コーヒーにも、
お砂糖はいれないわ。
アリ: キリギリスのおねえちゃん、コーヒー飲むんだね?
キリギリス: もちろんよ。だから、お砂糖なんてほとんど必要ないわ。
アリ: いや、実はショ糖の水溶液は、コーヒーに入れる砂糖を得たいわけじゃないんだ。
キリギリス: …どんなお砂糖がほしいっていうの?
アリ: 実は、そこで得られるショ糖から「アルコール」をつくるのさ。
キリギリス: アルコール?お酒?酔っ払いなんてきらいよ。
アリ: 飲むためのお酒を得るのじゃないよ。バイオ・エタノールを得るのさ。
キリギリス: バイオ・エタノール?
アリ: そう、このエタノールはそのまま燃料にもなるし、燃料電池もつくれる。
キリギリス: あのね、アルコールを燃やして二酸化炭素の量を、これ以上増やしてどうするの?
地球温暖化は深刻なのよ。
アリ: もともと空気中にあった二酸化炭素を、イネがとりこんで自分の体の中でつくった
エタノールだから、燃やしても自然界で循環してる炭素だから、関係ないのさ。
キリギリス: いっぺんに言わないで、私でもわかるように説明してよ。
アリ: 燃やすのは、地面の中から掘り出した化石燃料じゃないから、二酸化炭素は
増えないってことさ。
キリギリス: もし、日本中でこの砂糖イネを栽培したら…
アリ: そう、資源のない私たちの国の中で、燃える水、すなわち燃料を作り出すことができる。
キリギリス: めちゃ…ごついわ!
日本の耕作放棄地
キリギリス: なあ、はよう、急がなあかんのとちゃうか?
アリ: かなり興奮してるようだね。
キリギリス: 日本から田んぼがなくなってる、耕作放棄されてると聞きましたで!
アリ: ああ、27万ヘクタールの水田が、作付けもされずに放置されたままになってる。
キリギリス: その田んぼが、よみがえる!この方法なら、田んぼから燃料がつくりだせる!
アリ: 実は、イネ科の他の植物の、トウモロコシ、小麦にもCGS1遺伝子があることが
確認されてる。だからイネと同じように遺伝子改変を行ったら「砂糖トウモロコシ」、
「砂糖コムギ」を作れる可能性が高いよ。
キリギリス: …ということは、世界中のいろんなところで、糖をつくってアルコールを
作り出せるということ?
アリ: そのとおり。
キリギリス: …ええやないか…なあ、アリちゃん。
アリ: 泣きないな。
国土をイネでいっぱいに
キリギリス: 国土をイネやトウモロコシでいっぱいにすれば…
アリ: ああ、エタノールの原料を高収率で作り出す作物を育てることになる。
キリギリス: 若者は…
アリ: 農業に、戻ってくるようになる。
キリギリス: 国土は…
アリ: あおあおと太陽をあびて育つイネで輝く。
キリギリス: 石油や石炭は…
アリ: 使わなくても、燃料電池車が走るし、電力も得られる。
キリギリス: なあ、アリちゃん、私も考え方を変えた方がいいのかしら?
アリ: そう、「アリのまま」ばかりじゃダメさ。
キリギリス: 冬に向けて、私はどうすればいいかしら?
アリ: 「あまい」考えは、すてましょう。
キリギリス: 日本の耕作放棄地がよみがえる可能性は…
アリ: おおいに「アリ」です。
文責:玉木英明