2011-08
文:玉木英明
2011年08月号 夏はやっぱり四谷怪談。
背筋の寒くなる話のはじまりはじまり。
播州皿屋敷「お菊」と耳なし[法一」
お菊:いーちまい、にーまい、さーんまい…。
法一:びしょびしょにぬれて、あんた、何してまんのや?
お菊:お皿を、数えてますのや。どうしても、一枚足りませんのや。大切な
家宝のお皿やのに…。もう一回かぞえますでぇ~。
いーちまい、にーまい…。
法一:ちょっと、体をふいた方がええなぁ。どないしましたんや?
お菊:井戸の中に、落ちましたんや。いや、落とされました、いや、自分で
身を投げた、いや…どうやったやろ?
法一:何をごちゃごちゃ言うてますのや。あんさんの数えてはるお皿、何枚
あればよろしのや?
お菊:10枚ないとあきまへんのや。そやのに、9枚しかありまへん。
いーちまい…、にーまい…、さーんまい…。
法一:まあまあ、ちょっと数えるの待ちなはれ。あんた、いつからお皿の数
をかぞえてますのや?
お菊:江戸時代からかぞえてますでぇ。特に夏のお盆の時期に、悲しそうに
数えると、すごく皆さんが喜んでくれるものですから、私もええ気に
なって、毎年数えますのや。…あれあれ、そういうあんたも、体中に
お経が書いてあるけど、どうしましたんや?それに、耳から血が出て
まっせ。
法一:耳だけ、誰かがちぎっていきましたんや。私は、ちょっと目が不自由
やから、しっかりと見てたわけとはちがう。ただ、昨日も大きなお屋
敷に連れられて行って、壇ノ浦の合戦をビワを弾きながら演じたら、
それを聞いていた殿様や家来たちが、みんなわたしのうたを泣きなが
ら聞いてくれましたんや。
お菊:それは、変やなぁ。あんたは昨日はお墓の真ん中でビワを弾いてまし
たなぁ。あんたの周りは、火の玉が飛び回ってましたでぇ。
法一:やっぱりなぁ…。いや、ここだけの話やけど、私のうたを毎晩よろこ
んで聞いてくれるのはうれしいのやけど、みんな泣きながらや。それ
に、どうも聴衆の皆さんが生気がない。壇ノ浦の合戦のくだりでは、
みんなが殺気だって押し黙って聞いてる。先週、ぼくが行った少女時
代のコンサートで、みんな大喜びで叫んでたのとは大違いや。
お菊:あらま、おどろいた。法一さん、少女時代のコンサートにもいきます
んやな?
怪談は、最近は人気ない?
お菊:私ら、いつまで「出演」し続けなあかんのですやろなぁ。
法一:そやなぁ。最近では、3Dやらコンピューターグラフィックやら、
リアルな映像の映画やらDVDやらが多いから、「怪談」いう言葉
すら知らん人も多いやろなぁ。
お菊:私は物語の主人公やのに、登場すると悲鳴ばっかりあげられて、何や
ら損な役回りやなぁと最近つくづく思いますでぇ。一回でええから、
拍手とか歓声とかで出迎えられたい。
法一:あんたは、まだよろしいがな。自分が人をおどかす役目の主人公でっ
しゃろ?私なんか、亡霊に周りを取り囲まれて、何にもできずに、
ただ観客の哀れみを一身にあびて、最後に耳を引きちぎられていく、
みじめな役や。
お菊:四谷怪談のお岩さんやら、牡丹灯籠のお露さん、ろくろ首さんらと、
先日会う機会があったのやけど、昔は夏場はスケジュールびっしりで
あちこちで出演依頼があったのに、最近ではさっぱり仕事がないらし
い。たまに登場しても、最近の人らは誰も怖がってくれへんいうて、
嘆いてましたで。
法一:だいたい、夜に町が真っ暗になることもないし、たとえ夜に外出する
にしても、自動車で舗装路を走っていくぶんには、誰とも話かてせえ
へんし、お墓の石のかげからのぞいとっても誰も気がつかんわなぁ。
お菊:夏は「お盆」と「怪談」いうて相場が決まってましたのになぁ。
外国の怪談は?
お菊:ところで法一さん、外国には「怪談」いうのはありますのか?
法一:もちろん、あるでぇ。ただ、日本の怪談では、主に四谷怪談みたいに
「恨み」や「怨念」みたいなものがストーリーの前提になってる。
ところが、西洋の怪談ではそれが薄い。
お菊:どういうこと?
法一:日本の怪談では、必ず誰かに裏切られたり、無念のうちに殺されたり
したものが「成仏」できずに、さまよい出てくることが多い。
お菊:日本人は、恨み深いということ?
法一:いや、そうやない。人に対して悪い事をした奴は、必ず自分に返って
来るという、「いましめ」があるのや。仏教の影響が強くて、自分の
したことが回り回って自分に返ってくるという因果応報(いんがおう
ほう)の考え方が強いのや。
お菊:アイーン・がおー・フォー?
法一:なんぎな人やな。私らの時代に、「アイーン」とか「フォー」なんて
ギャグありまへんで。
お菊:わかってる…わかってますがな…怒らんといてぇな…冗談やて…。
気の短いお人や。たのむで、私にも分かるように教えてぇな。
法一:簡単にいうたら、四谷怪談をアメリカの子供たちに見せても、あまり
怖がらへん、いうこっちゃ。むしろ、西欧の人らは、神様や絶対的な
力を持ったものへの恐れのほうが強いといえる。
お菊:なるほど。ウイルスや病気におかされることとか、エイリアンみたい
な人間離れしたものが襲いかかってくる話のほうがよっぽど怖いのや
ね。
幽霊とお化けは、夏の風物詩?
法一:そうや。さらに、欧米ではお化けやら幽霊やらが出てくるのは、夏と
ちがう。
お菊:そんな、あほな!暑い夏に、ぞぞーっとする話やから、「怪談」でっ
しゃろ?
法一:これも、仏教の感覚や。「お盆」いう行事は先祖が帰ってくる時やか
ら、夏に霊的な感覚が、日本人の中で強くなるのやろなぁ。
お菊:ちょっと、待ってえな。夏に幽霊が出てこないのなら、欧米ではいつ
出てくるのでっか?
法一:ハロウィーンの時期が中心や。10月のおわり頃やな。アメリカのホラ
ー映画も、公開は必ず10月か11月や。
お菊:あんた、よう知ってますなぁ。なんやら、私、あんたのことが好きに
なってきましたで。
法一:あかん、あかん。「播州皿屋敷」のお菊と「耳なし法一」の法一とが
恋人同士になりましたなんて話になったら、週刊誌が、ほっとかへん
でぇ。
お菊:ちょうど、出番が減ってきてて、ええ機会やあらへんか。人気のなく
なってきた芸能人が、電撃結婚した話は、スクープになりまっせ。大
ブレイクするチャンスやがな。
法一:お菊さん、ちょっと待ってえな。私、体中にお経が書いてあるのに、
テレビやら写真やらに写るの、恥ずかしいで。
お菊:大丈夫や大丈夫や!法一さん、よう見たら、なかなか二枚目や。テレ
ビ写りかて、きっとええでぇ!私も、二枚目は大好きや!
法一:お菊さん、あんたが本当に必要としてるのは、二枚目とちがうやろ?
お菊:どういうこと?
法一:あんたが、江戸時代からずっと、さがし求めてるのは、10枚目やなか
ったのですかいな?
お菊:うっ…、そうやった。