2013-10

文:玉木英明

2013年 10月号 競争が大切。守られ続けるとダメになる?

川のほとり、一人の少年が…

少年:あのう、すんまへん…。

村人:どうしましたんや?あれあれ、びしょびしょにぬれてるやないか。さあ、

このタオルで体をふきなさい。

少年:ありがとうございます。…あのう、ここはどこですか?

村人:ここは、長野県の木曽郡やがな。

少年:ああ、なんだか長いこと寝てたような気がします。

村人:きみ、えらい古風な格好やな。どこの子や?

少年:ぼくの名前は、太郎。いじめられてた亀を助けてやったら、海の底へ

連れて行ってくれて…。

村人:おかしな人やなぁ。亀が海の底へ連れて行ってくれるわけ、ないやろ?

少年:いや、それが、きれいなお城があって、お姫様がおって、タイやら

ヒラメやらが踊ってて、それはそれは、絵にも書けない美しさでした。

村人:どこかで聞いたような話やなぁ。とにかくな、子供はちゃんと勉強を

して、知識をいっぱい身につけなあかんよ。

少年:ぼくかて、小学校ではしっかりと勉強をしてました。海岸で亀に出会った

あの日も、ちゃんと学校の宿題は済ませてから遊びに行ったんです。

村人:ほんまか?ほな、君の最近勉強してたことを言うてみなさい。

ソビエト連邦の崩壊

少年:はい。小学校でソ連のソホーズとコルホーズが素晴らしい農業の方法だと いうことを習いました。

村人:…なんやて?

少年:いや、そやから「ソビエト連邦」の…

村人:ソ連は20年ほど前に崩壊したよ。

少年:え?崩壊って…ソ連がなくなったのですか?

村人:そう、経済的にも政治的にも行き詰まって、なくなってしもたのや。

少年:ソ連は世界最大の国土の面積を誇り、アメリカと同じくらい大きな軍事力

を持っていて…。

村人:国民の生活水準を低くおさえたまま、軍事費にお金をかけすぎたのも崩壊

の原因のひとつや。

少年:ソ連は、共産主義国家を形成していて、国民すべてが平等に一定のレベル

の生活を送って…。

村人:官僚が、特権階級化して、腐敗が進んだんや。

少年:あのう、もうすこし、小学生の僕にも分かりやすく説明してください。

村人:国のなかの偉い人達が、自分とその家族の生活をよくするように、きまり

を定めていったのや。そやから、普通の人らは、ものすごく低い気温の

中で、少ない食べ物や燃料を分けあって、耐えてたのが実情やったのや。

少年:でも、ソ連のソホーズとコルホーズは素晴らしい国営農業、集団自営

農業だと先生に教わりました。

村人:あれは、実は効率が悪くて、生産性の高くない方法やったのや。

少年:みんなで仲良く働くのでしょう?

村人:一生懸命に仕事をした人も、だらだらと怠けながら仕事をしている人も、

同じだけ給料をもらえるとするなら、みんな我れ先に率先して働こうと

するやろか?

少年:…それは、働かないでしょうね。

村人:そうや、その通りや。国民総生産GNPいう数字があるのやけれど、あんな

大きな国土があるのに、崩壊当時、ソ連は小さーい国土の日本に抜かれ

て、世界第3位におちてしまってた。

少年:国の偉い人達が腐敗してて、国中の人達があまり働かない…だめでは

ないですか。

村人:そうや。ただ、ソ連に住んでた人たちは、世界中の人たちが自分たちと

同じように乏しい食べ物を分けあって燃料を惜しんで使ってると信じて

た。ところが、ソ連の人たちかて西側諸国の状況がしだいにわかって

きた。ソ連の国の幹部がいつまでも、かくしておけなくなってきたのや。

少年:どういうことですか?

村人:ヨーロッパやアメリカ、世界大戦で焼け野原になった日本までが、電化

製品に囲まれて、暖かい部屋で自家用車にのって生活を楽しんでる姿を、

ソ連の人たちが知り始めた、いうことや。

少年:国民は黙ってなかったでしょうね?

村人:ソ連8月クーデターいうのがおこった。クーデター自体は失敗したけれど

まもなくソ連は崩壊した。

三公社五現業

少年:ぼくが亀に連れられて海に行ってる間に、えらいことになってたのです

ね。

村人:そうや。歴史いうのは、あとにならないと分からないことだらけや。

でも、君はソホーズやコルホーズを知ってるなんて、小学生としてよく

勉強をしていたのやね。

少年:ぼくの組の中で、「三公社・五現業」をつまらずにスラスラと言えたの

は、ぼくだけでした。

村人:…ぼうや、ごめんな。三公社五現業も、もうなくなったのや。

少年:え?では、たばこを扱う「日本専売公社」はどうなったのですか?たばこ

は、誰が売っているのですか?

村人:JT、「日本たばこ産業」という会社になったのや。

少年:会社?では、日本では他の会社もたばこを製造することができるように

なったのですね?

村人:いや、たばこ事業法いうのがあって、日本国内で作付されてるタバコの

葉っぱを全部買い取らなければならないかわりに、たばこ製造の独占を

認められてる会社がこの「日本たばこ産業」なんやよ。

少年:株式会社でしょ?

村人:株式の半分以上を日本の国自体が持ってる「特殊会社」で、商法上の

株式会社とはちがうのや。

少年:国鉄は、日本国有鉄道はどうなったのですか?

村人:JRいう会社になった。

少年:それじゃ、電電公社は?

村人:NTTいう会社になった。

少年:どうして、そんなまわりくどいことをするのですか。三公社五現業の

ままで、なぜいけないのですか?

村人:さっき、君の言うてたソ連の話といっしょにすることは乱暴なのやけれ

ど、「国営企業」いうのは、国が守ってくれてるからということで企業

自体の競争力が低下していってしまう。それを、防ごう、改めようと

したのや。

守られ続けることは、安心?

少年:守られてるから安心して活動できるのではないのですか?

村人:日本の国の中で、国民が国鉄で移動して、日本のたばこを吸うて、国の

管理する電話回線を使ってたら、以前と何も変わらなかったやろね。

でも、これらが民営化されたおかげで、いろんなものが大きなスピードで

変わってきたし、外国に対して日本の技術を売り込む先進性ももって

きた。

少年:どういうことですか?

村人:例えば、JRの新幹線は、その優秀な技術力を認められてイギリスの高速

鉄道にも走ることになった。

少年:産業革命のおこった英国の新幹線が、日本製になるのですか!?

村人:そうや。日立が作る新幹線車両が500両もイギリスを走るのや。

少年:うれしい…では…ありませんか。ようやった…日本…万歳!

村人:英国だけやない。台湾も導入に紆余曲折はあったものの、日本製の

新幹線、700系が走ってる。

少年:外国の、ヨーロッパの他の国はどないなってまんのや?

村人:あんたも関西人やったのやね?

少年:いや、あんたが、うつりましたんや。なあ、なあ、どうなりましたんや?

村人:フランスはTGVいう新幹線をもってるし、ドイツかてICEいう新幹線を

もってる。両方ともすごく優秀な高速鉄道や。

少年:あかん…あかんがな。先をこされる…急がな世界中をフランス製やら

ドイツ製が走るようになる!

村人:そうや。世界で日本の技術力を売るためにも、国鉄を民営化することは

必要やったのや。

少年:電電公社はどうなりましたんや?

村人:携帯電話をみんな持つようになって、NTTだけでなくauとかソフト

バンクとか、競争することで日本の技術力はさらに高まってると思うよ。

少年:「たばこ」ぐらいは、国営でもよかったのと、ちがいますか?

村人:いや、日本たばこ産業JTも「企業」として発展しはじめた。医療器具や

医薬品も手がけるようになって、全売上高の4分の1はたばこ以外の

収益や。海外戦略も積極的にできるようになって、JTインターナショナル

いう会社を設立して、英国のギャラハーいうたばこ会社をも買収した。

続く競争

少年:ぼくは、海から帰ってきて良かった。こんなに日本はよくなってる。

村人:いや、これからが正念場や。競争が続く、力をゆるめたら世界で生き

残っていけない、いうことや。

少年:そうか…わかりました。ぼくも、これからがんばって勉強して、偉い大人

になって、社会に貢献できるように努力します。ところで、海から帰って

くるときにお土産を買ってきました。いっしょに食べませんか?

村人:ありがとう。ちょうど、お腹がすいてたところや。お土産って、なんや?

少年:ごめんなさい、長いあいだ字を見てなかったから、読めないんです。今、

開けてみますから…

村人:どーれ、何ていう名物かな?「玉…箱…」?…お、おい!あかん!

開けたらあかん!

少年:今、開けますね。ちょっと…待っててください…ね…よっこら

しょっと…。

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