2020-03
文責:玉木英明
2020年 3月号 61万人の中高年のひきこもり。何をどうすれば
太郎が帰ってきて5年。
母: 太郎さん、部屋に入るわよ。
太郎: ああ…母さん、入らないで…
母: またDVDを見てたのね。同じ映像ばかり何度見たら気がすむの?
太郎: 鯛とひらめが舞い踊るビデオだよ…
母: 何年も行方不明で、やっと帰ってきたと思ったら、毎日部屋にひきこもり。妙な箱を
のぞきこんで、ため息ばかりついてても仕方ないでしょ?
太郎: この箱から煙が出てきて…
母: だいたい、あなたの座ってるそのクッション、なんで亀の形なの?
太郎: この形が座りやすくて…
母: あなたが、時々つぶやいてる女の名前、だれだっけ?
太郎: おとひめ…
母: どうせ、小料理屋の女将(おかみ)かなにかでしょ?何ていう小料理屋?
太郎: 竜宮城…
年老いた母が
母: あのね太郎、いくら私が元気といってももう80歳、充分に年老いたわ。あんた、
何歳だったっけ?
太郎: …55歳…
母: あんた「8050問題」を知ってる?
太郎: …80代の親が50代の子の面倒をみている問題でしょ…?
母: 昨年1月に札幌で、82歳の母親と52歳の娘が遺体で発見されたわ。寒さと
栄養失調による衰弱死よ。
太郎: 大きな声を出さないで…聞こえてるよ…
母: 去年の内閣府の「生活状況に関する調査」で40歳から64歳までの中高年層の
ひきこもりが全国で61万人以上いると発表されたわ。あんたみたいな人のことよ。
太郎: …ということは、ぼくはトレンドの最前線にいるわけだ…
母: ばかなことを言ってんじゃないよ。あんた、自分がひきこもりだってことに
気づいてるでしょ?
太郎: …61万人の「ひきこもり」ってどんな人たち?
母: 「自室からほとんど出ない」「自室からは出るが家からは出ない」
「ふだんは家にいるが近所のコンビニなどには出かける」
「ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する」
という人たちよ。
太郎: …仕事をしてないわけだね。
母: そうよ。最近6カ月間に、家族以外とほとんど話をしたことのない人よ。
太郎: …なるほど…でもどうして今、そんなに爆発的に中高年のひきこもりが出てきたの?
母: じつは、平成22年と28年に行われた調査は15歳から39歳までを対象にしていて、
それ以上の年齢の人がこれほどたくさん「ひきこもっている」なんて考えなかったのよ。
太郎: …なるほど。ということは、40歳以上で「ひきこもり」状態にある人なんか、
もともと助けようなんて、誰も考えてなかったわけだね?
母: そ、そうね。
太郎: …東京都のひきこもり地域支援センターも、去年まで訪問相談の対象を
「おおむね34歳まで」と決めてたというし…
母: よくニュースをチェックしてるじゃないの。
太郎: …ああ、やっぱり僕はすてられた…
8050問題の20年後
母: このまま、20年たったらどうなると思う?
太郎: …母さんは100歳、ぼくは75歳だね…
母: 母さんは、生きてられると思う?
太郎: …生きててくれなきゃ困るよ。母さんの今もらってる年金が
手にはいらなくなる…
母: あんたも、今働かなきゃ、年老いて自分の年金をもらえないよ。
太郎: …大丈夫、母さんが死んでも「死亡届」を出さなきゃ、母さんの年金は
もらい続けられるよ。
母: ばかなことを言うんじゃないよ。それは犯罪だよ。
太郎: …高齢者の所在不明は、すでにいっぱいあるんだよ。役所の方も、
死亡届が出てないのに、その人を見かけないからといって、年金の支給を
止められないんだ…
母: あんた、そういうことだけはよく調べてるわね。
太郎: …ほめてくれてうれしいよ…ちなみに、2015年、関東のある市で
75歳以上で健在であると確認できなかった人が7207人もいて、
さらに調べたらその中にすでに死んでた人が233人、行方不明が89人もいたそうだよ。
母: あのな、うれしそうに話をするな!
外国に「ひきこもり」は?
母: あんたみたいなひきこもりは、外国にはいないよ。
太郎: …そんなことないよ。朝鮮日報によれば、韓国の15歳~29歳の無職の若者で
「ただ家にいる」と答えた若者は2018年には29万人いるんだ。韓国は今、
就職難で、仕事を探すのが難しくて、ひきこもりの若者が益々自信を失って
いるらしいよ。
母: 韓国も大変なのね。
太郎: アメリカは、ニートの数は1000万人と調べられてるけど、ひきこもりの数は
話題に上がらないらしい。「自分が他とちがっていることがあたりまえ」と
いう育てられ方のせいだと言われてるよ。
母: 幼少期からの声のかけ方や教育の形態にも、ひきこもりは関係がありそうだね。
太郎: さらにヨーロッパ、特にドイツなどでは、大人のひきこもりを不思議に思うらしいよ。
母: なんで?
太郎: ドイツの子供、特に思春期や10代の子供は「成人して家を出ること」を
とても楽しみにしているんだ。
母: どういうこと?
太郎: 大人になったら「自分の好きなように生きる」ことが、子供たちにとって
待ち遠しくてしかたないのさ。だから、親も
「18歳になるまでは親の言うことをききなさい」
という叱り方をよくするんだよ。
母: それだけ「子供の自立」が重要視されているのね。
太郎: 自立しない子供は「ホテル・ママ」Hotel Mamaって呼ばれて、
かっこ悪いやつとして扱われるのさ。
母: なるほど、かっこ悪いやつね。
太郎: 欧米社会では、何歳になっても「恋愛をしていること」を大切にするから、
仲の良い夫婦はカップルで旅行や趣味を楽しみ、また親がシングルの場合には
恋愛活動に精を出すというよ。
ネットの影響
太郎: ひきこもりの原因としてインターネット、ソーシャルメディア、
テレビゲームが関係しているというね。
母: ほう、最新技術ばかりならべたね。
太郎: ひきこもりと、これら最新テクノロジー使用の関連性が複数の研究で
認められているし、ひきこもりの中にはネット中毒者が多く、
ネット依存度が高いらしい。
母: コンピューターゲームで、子供の遊び方がずいぶん変わったからねぇ。
太郎: そう、人の関わるリアルな遊びよりも、バーチャルな環境を
コントロールする遊びばかりに、子供が時間を使うようになったのさ。
ネットやスマホ、SNSによる顔の見えないコミュニケーションも
普通になってきた。これが子供たちの発達には有害で、人間関係の構築が
うまくできない原因になっているということさ。
母: よく知ってるじゃないか。でも、この問題は、欧米にもあるだろう?
太郎: ああ、ドイツでも、ゲームにのめりこんだ10代の子が学校を頻繁に休むと
いうことがあるらしいよ。
母: ほう、ドイツにもゲーム依存はあるのね。
太郎: でも、ドイツでは就学義務が厳格に管理されているから、日本みたいに
「不登校の子供を長い目で見守る」なんてあいまいなことは、絶対にしないらしいよ。
母: どういうこと?
太郎: ドイツでは医者の診断書がないのに長期にわたり学校を休むと、親の責任が
厳しく問われるのさ。就学義務=学校に行く、行かせるという意味なので、
ドイツでの不登校は親、子ともに「法律に触れる」可能性まであるというよ。
母: へえ。日本より厳しいんだね。
家庭内の問題を外に知られるのは恥?
母: 日本人には、家庭内の問題を外に知られるのは恥という考え方があるよね。
だから問題が見えにくい。
太郎: アメリカでは2018年、30歳になった息子が家を出ていかないからと、
両親が息子をニューヨーク州最高裁に訴えたことがニュースになったよ。
母: 日本とは正反対、かんがえられないね。
ひきこもりを活かせば
母: 太郎や、いっそのこと「ひきこもり」を職業にして活躍できないかい?
太郎: そうか。長いこと「ひきこもり」をやってるんだから、普通の人には
わからない悩みをたくさん知っているものね。
…名刺の肩書きには何て書こうか?
母: 漢字で「引き籠り師」なんてどう?
太郎: なんだか、かごの中であやしい奇術か忍術を使う人みたいだ。
母: 正しいひきこもり方を提案する「ひきこもりアドバイザー」、
何十年にもわたる計画的なひきこもり環境を整える「ひきこもりプランナー」、
ひきこもりの家族と明るい将来を創造する「ヒキコモリック・クリエイター」
もいいかも。
太郎: カタカナで書くと、何だか、かっこいいなぁ!
母: ずばり、私は「ヒキコモラーだ」とか「ひきこもレーターだ」
なんて自己紹介も素敵ね。
太郎: ううむ、新しい日本語だ。
母: ひきこもりを数学的に解析する「ひきこもりエンジニア」、
良いひきこもりへと助言をおこなう「ひきこもりコンサルタント」
「ひきこもりコーディネーター」もいい感じね。
太郎: なんか、やる気が出てきたよ。母さん、ひきこもりの人ばかりを
集めて会社を作ろうか。
母: いいねぇ。何て名前の会社にする?
太郎: 「ひきこもごも(悲喜こもごも) 株式会社」なんて、どう?