2015-07
2015年 7月号 美白美人と日焼け美人、本当に美しいのは?
文:玉木英明
王妃(おうひ)と魔法のかがみ
王妃: かがみよかがみ、この世で一番美しいのはだぁれ?
鏡: はい王妃さま、あなたさまでございます。
王妃: ほっほっほっ。今日もごきげんだわ。うれしいこと言ってくれるじゃないの。
鏡: はい、王妃さまが、毒入りりんごで白雪姫を殺してからは、世界で一番美しい
のは白雪姫ではなくなりました。
王妃: …あのねぇ、かがみよかがみ、余計なことを言わなくてもいいのよ。
鏡: はい、白雪姫がとても美しかったと、今さら申し上げる必要もございません。
なぜなら、今では白雪姫の美しさをねたんでいた王妃さまが世界で一番美しい
人と、おなりになったわけですから。
王妃: …かがみよかがみ、たくさんしゃべらなくてもいいのよ。
鏡: はい、王妃さま、私は魔法の鏡、外面の美しさに固執する愚かさについては、
ことさら申し上げることもございません。
王妃: ええい、シャーラップ、おだまり!物語の進行上、400年もこうやってあなたに
美しいかどうかを聞き続けなきゃいけない私の身にもなってよ!
鏡: はい、王妃さま。申し訳ございません。
王妃: ところで、かがみよかがみ、白雪姫は雪のように美しい白い肌で、Snow White
と呼ばれてたわ。白い肌は素敵よ!私の肌をもっと白くするには、何をぬったら
いいかしら?
鏡: はい、日本では「色の白いは七難かくす」と申しまして、ぬり薬としては、
平安時代から「うぐいすの糞」が有名でした。
王妃: かがみよかがみ、難しいことばを漢字で書かないで。「糞」は何て読むの?
鏡: はい、王妃さま、「ふん」でございます。
王妃: …な…なんて言ったのかしら?よく…聞こえなかったわ。
鏡: 大きな声で申しましょう。「ふん」でございます。
王妃: ちょっと…待って。もしかして…それって、うぐいすの「排泄物」のこと?
鏡: さようでございます。
王妃: 冗談いわないでよ。いくら肌の色を白くするためとはいっても、そんなものを
顔にぬりたくないわ。インターネットで世界中つながってる時代よ。何かもっと
他に、いい薬、あるんじゃないの?
鏡: たとえば?
王妃: たとえば…カネボウの美白化粧水が、とってもいいってうわさよ。
鏡: そういう「うわさ」には、王妃さまは敏感ですね。
王妃: ねえ、ねえ、かがみよかがみ、私もそれをぬってみたいのよ!
鏡: 残念ながら、その中に含まれてたロドデノールが原因で、しろい「まだら」が
顔中に生じたのです。2年前の夏から、日本中で問題になっています。
王妃: あらま、知らなかったわ。
鏡: 白いまだらは白斑(はくはん)と呼ばれて、2013年12月までに1万3500人の被害者
が日本で出ています。
王妃: すごい人数ね。そんな大勢の人たちの顔が「まだら」になったのね。
鏡: 顔だけではありません。手や足などを含め、「白くしたい」と薬の効果を期待
する女性たちは、みんな被害者になっていきました。
王妃: 美白化粧品は効き目のある薬として、国が認めたわけでしょ?だったら、国が
被害者たちを助けることはできないの?
鏡: 美白化粧品は、国がその効き目をしっかりと認めた「医薬品」ではなく、もう
すこし効き目がうすい「医薬部外品」なのです。だから、美白化粧品によって
出た被害には、国は支援は行わないのです。
王妃: あなた、かがみのくせに、よく知ってるわね。
鏡: はい、わたしは道具のかがみ、前かがみな考え方をせずに毎日生きております。
生まれは岐阜県各務ヶ原(かがみがはら)です。
王妃: …おもしろい自己紹介をするわね。
漂白剤をぬれば?
王妃: わたしがもっと色白になるにはどうしたらいいのかしら?ハイターとか、
カビキラーは漂白剤でしょ?あれを顔にぬったらどうかしら?
鏡: 色白になる前に、顔が醜(みにく)く、爛(ただ)れてしまいます。
王妃: ふりがなをふらなきゃ読めないほど、難しいことになってしまいそうね。
鏡: はい、そうです。
王妃: …のんでもダメ?
鏡: …カビキラーをですか?
王妃: …そう。
鏡: 王妃さま、目が白くなってしまいます。
王妃: 白目をむく?…死んでるんじゃない。
鏡: さようでございます。
メラニン色素の功罪
鏡: 肌が黒くなるのは、実は皮膚の中にあるメラニン色素があるからなのです。
王妃: 肌の中の「メラニン色素」がなくなれば、肌は真っ白になるのね。
鏡: そのとおりです。
王妃: わかったわ!じゃあ、わたしはメラニン色素を取り除けばいいのね。
鏡: 体の中で、メラニン色素は次々とつくりあげられるものなのです。
王妃: じゃあ、そのメラニン色素の生成をおさえればいいわけね。
鏡: そうです。その働きをするものが、さきほどの美白化粧品の中に含まれる
ロドデノールだったのですが、ただ、この考え方には問題もあります。
王妃: どういうこと?
鏡: メラニン色素は、太陽からの紫外線を吸収し、身を守る大切な働きをするの
です。ですから、メラニン色素が体で作り出されなければ、紫外線の影響を
モロに受けてしまうことになるのです。
王妃: どうなるの?
鏡: はい、皮膚がんや白内障など深刻な病気になります。
日焼けはリッチ?
王妃: 白い肌を手に入れられるなら、わたし、何だってするわ。
鏡: 日焼けをさけて日傘をさして歩いている日本の女性を見て、ヨーロッパの人たち
とりわけドイツの人たちは「雨も降っていないのに傘をさしている」と一様に
驚きます。
王妃: どうして?
鏡: ドイツでは、「日焼けした肌」は南の島でのバケーション、「カクテルを飲み
ながらリラックス日光浴をしちゃった」を意味します。
王妃: じゃ、白い顔は…どんな意味なの?
鏡: はい、「休暇が終わっても肌が白い、日焼けをしない家でじっとしていた、
気の毒なひと」ということになります。
王妃: あかんやないの?
鏡: はい、あきまへん。
王妃: まねしないでよ。
人間の価値
鏡: 日本でも、人気のある肌の色は、時の流行で変わります。
王妃: どういうこと?
鏡: 日本では、1990年代には美白ブームがありました。いろんな美白化粧品が登場
した時代でした。しかし、それ以前には「日焼け美人」がもてはやされた時期
もありました。
王妃: 知ってるわ!夏目雅子のクッキーフェイスのコマーシャルは、私、大好きだった
わ!
鏡: うおっほん、王妃さまは夏目雅子をご存知だったのですね。
王妃: 本田美奈子がオッペン化粧品のコマーシャルで歌った「つばさ」も印象的だった
わね。
鏡: …王妃さまの印象に残っている人たちは、ちょっと特殊な人たちですね。
王妃: みんなが「白雪姫、白雪姫」って大騒ぎするから、私が白い肌に固執するんじゃ
ないの?
鏡: 健康を損ねてまで、肌を黒く見せたり、白く見せたりしても、何の価値もありま
せん。化粧品の色や宣伝文句も、流行を生み出すために、どんどん派手になって
いくものです。
王妃: かがみよかがみ、ひとつお願いがあるのよ。
鏡: はい、王妃さま、なんでしょう?
王妃: 「白雪姫」を主人公にせず、私が主人公の、素敵なお話をつくってくれない
かしら?
鏡: …わかりました。何年も王妃さまにお仕えした私、あなた様を最もよく存じて
おります。ひとつ、がんばって書いてみましょう。
王妃: うれしいわ!ねえねえ、なんていう題にしてくれる?
鏡: 「腹黒妃」(はらぐろきさき)なんてどうでしょう?