2017-03
文責:玉木英明
2017年 3月号 命を救う夢の止血ガーゼ。即席かさぶたが傷口をふさぐ
ここは巌流島。小次郎(こじろう)と武蔵(むさし)が…
小次郎: おのれ武藏、決闘の刻限に遅刻するとは許しがたし!さあ、来い!
わが物干しざおの、錆(さび)としてくれよう!
武蔵 : 今日の戦いは、すでに勝負があった。汝(なんじ)の負けとみえたぞ。
小次郎: だまれっ!何をもって!
武蔵 : ふっふっふ…。勝つつもりがあるのなら、なぜ鞘(さや)をすてた?
小次郎: うぬっ、たわごとを!
武蔵 : 小次郎、敗れたり!
小次郎: だ…、だまれっ!
武蔵 : その鞘(さや)にふたたび刀が戻ることはあるまい…。
小次郎: おのれ、武藏っ!
武蔵 : 小次郎っ!
ダッ…ダッ…ダッダッダッダッダッ… ズバッ!
小次郎: うぅー、や、やられたー…。
頭から血を流した小次郎が
小次郎: い、いたいやないか!
武蔵 : わるい、わるい、ざっくり切れてしもたなぁ。
小次郎: 400年も前から、この巌流島で決闘をしとるのやから、ちょっとは手加減して
くれなあかんやろ…ほれ、血がいっぱい出てきたやないか!…あかん…出血多量
で、ぼくは死んでしまう!
武蔵 : 安心してください。用意してます。
小次郎: ちょっと古いギャグでも、とにかく明るいのは、君のいい性格と認める。けど、
この緊急事態に、冗談言うてる場合とちがうやろ!
武蔵 : おこりないな。あのな、君と最初に対決した400年前からずいぶん時間がたった。
科学が進歩したのや。今日はええものをもってきたから、安心してと言ったのや。
小次郎: それって…ただのガーゼやないか。そんなもので、ざっくり切れた傷口をおさえ
ても、あかんに決まっとるやないか!
武蔵 : まあ、まあ、あわてんと…見てなよ。
小次郎: これが落ち着いていられようか!だいたい、人間の体いうのは、水のはいった
風船みたいなものや!プチッと皮が破れたら、中の血は、いっぺんに抜けていって
しまうのや!
武蔵 : あのな、大きな声を出しないな。ほんで、つばがようけ飛んでまっせ。
小次郎: これが、あわてずにいられよか!僕の命は、あと数分や!
武蔵 : それだけ大声でしゃべれたら、まだ元気や。まかしとき。
小次郎: …ほ…ほんまか?
武蔵 : これはなぁ、ふつうのガーゼと違うのや。イスラエルの企業、コア・サイエン
ティフィック・クリエーションズ(CSC)が開発した、体のどんな部位でも迅速に
止血できるガーゼや。
小次郎: …ふつうのガーゼに見えるけど…。
武蔵 : 新製品の「ウーンド・クロット」いう製品で、主成分は植物繊維のセルロース
なんやけれど、分子構造を変えて大量の液体を吸収できるように作ってあるのや。
傷口をふさぐには
小次郎: そんなん、日本の紙おむつといっしょやないか?
武蔵 : それが、違うのや。このガーゼは傷口に当てると血液を吸収してジェル状の膜に
なって、傷口をぴったりとふさいでしまう。さらに、その膜にはもとのガーゼの
重さの2500倍もの血液をため込むことができるのや。
小次郎: 傷口を、ガムテープでとめるのといっしょとちがうか?
武蔵 : 人間の体は、自分の血液を凝固させて傷口をふさいで、傷の回復をさせようと
する自然の働きがあるのは知ってるやろ?
小次郎: 知ってるで。ぼくなんか、小さい頃ようこけて、ひざは「かさびた」だらけ
やった。
武蔵 : 傷口から流れ出た血が、ガーゼに吸収されて流れ落ちないから、傷口の上に
とどまる。
小次郎: 血が傷口の上にとどまる?
武蔵 : そうや。血液が空気にふれることで、血小板が傷口に作用して、速やかに出血が
とまるのや。
小次郎: なるほど。即席かさぶたをつくる、いうわけやな。
武蔵 : そのとおりや。
小次郎: そやけど、そんなガーゼが傷口に貼りついてたら、傷が治ったあとに、はがせ
なくなるやないか?
武蔵 : そこが、このウーンド・クロットのすごいところで、ジェル状の膜は、
24時間~36時間は安定した形状を保つのやけれど、その後は急速に分解が進んで
7日以内に体に吸収されるのや。
小次郎: …ごついやないか。
武蔵 : そうや、ごつい。
小次郎: まねせんといて。
ウーンド・クロット、凄ワザ止血ガーゼ
小次郎: こんなすごいガーゼがあったら、世界中のケガをした人が、いっぱい助かるや
ないか!
武蔵 : そう。最近、AEDの装置がいろんな場所に設置されるようになって、心臓が
止まってしまった人に対して電気ショックを与えられるようになったのは知って
るやろ?
小次郎: ああ、救急救命講習会で何回か練習した。
武蔵 : きみ、そんな講習受けてたのか…とにかく、この止血ガーゼは、あの AEDより
もっと多くの場所に設置できるし、電池もいらんし、場所もとらん。処置するの
に技術もいらん。目標は一つ「傷口をふさいでしまう」という、画期的なものや。
小次郎: 小学校で彫刻刀で指の先をけがしても、保健室にいったらこのガーゼ貼って
おわりやな。
武蔵 : そや、「ぺちゃ」でしまいや。
小次郎: 病院から遠いところに住んでる人は、常備しておいたら安心やな。
武蔵 : そうや。さらに、人気(ひとけ)のない山での登山とか、海の上で操業してる
漁船とか、ざっくりと深い傷をおうこと、命にかかわるような大きな傷をおう
ことなんて、いっぱいある。そんな時に「血をとめる」だけで生きられる可能
性はぐっと高くなる。
戦場で使ったら
小次郎: ちょ…っと、あの…聞いてもええか?
武蔵 : ああ、なんなりと。
小次郎: 戦争しとる場所、戦場へこのガーゼもっていったら、ええのとちゃうか?
武蔵 : アメリカの調査で、2001から10年間にイラクとアフガニスタンで負傷して医療
施設に運ばれる前に死亡した米兵の4人に1人が、出血がなければ助かった
はずと試算された。
小次郎: ほう、やっぱりそうか。
武蔵 : イスラエルの警察がこのガーゼを試験的に導入したし、CSCと米軍と共同
研究をしようと話し合いをはじめた。スウェーデンの病院では、やけどの治療
チームがこのガーゼを使って、とても有効だったと発表してる。
小次郎: 数日で体に吸収される…。そしたら、お腹を開けるような大きな手術でも使える
のか?
武蔵 : そうや。心臓手術みたいな大きな手術からはじまって、小さなところでは歯の
治療にも、この「当てっぱなしで血を止めて、一週間で消えていくガーゼ」が
有効や。
巌流島の決闘。栓になるガーゼがあれば
小次郎: なあ武藏、ええガーゼを持ってきてくれて、ありがとう。
武蔵 : どういたしまして。どうや、そろそろ「切りつけ合いの決闘」なんてやめよか?
小次郎: 実は僕もそう思ってた。二人で歌手になってデビューしよやないか。
武蔵 : 歌手?
小次郎: そうや。「ムサシ&コジロー」いう名前で売り出そやないか。
武蔵 : うおっ!カタカナで書くと、ええ感じになるなぁ。どんな曲を歌うのや?
小次郎: 「ハチのムサシは死んだのさ」なんてどうや?
武蔵 : 古い曲や…。タマキタイムズの昭和の部屋で聞けそうや。ただ、死ぬのが
ムサシなのは、気に食わん。
小次郎: ほな、今日話題にしてる、血を止める「栓の役目をするガーゼ」を題材にした
歌を作ろか?
武蔵 : きみ、歌を作れるのか?
小次郎: 「栓のガーゼになって」という歌を考えた。
武蔵 : …どんな…歌?…歌ってみてくれる?
小次郎: センのガーゼーにー、センのガーゼになぁぁってー♪
武蔵 : それ、「千の風になって」とちがうか?