2014-11

文責:玉木英明

2014年11月号 二輪車生産大国、日本。夢を作り出すには

熟年の夢、大型オートバイ。

定年退職者:私はこの日を待っていた。そう、定年退職の日だ。

会社を去るのは少し寂しいけれど、でも…ふっふっふ…ふっはっはっは、

あーっはっはっはっは!

バイク屋:おいおい、けったいな人がおるでぇ。店の前でゴソゴソとひとり言を

いうてたかと思ったら、こんどは大声で笑い始めたがな。

 退職者 :私が手にしたこの退職金。そう、血と汗と涙の結晶だ。苦節40年、実に

辛かった…うっうっ…うっ…。

バイク屋:こんどは、泣き始めたがな。道を歩いてる人が、みんなこっち向いて笑って

ますでぇ。こらあかん…。もし!もし!そこのおかた!

 退職者 :…だれや?私が定年退職の感動に浸っておるのに、邪魔するのは?

バイク屋:店の前で、大声で笑ったり泣いたりするのは困ります。何かのギャグ

ですか?

 退職者 :私は、客だ!ギャグたど言われても、客だ!

バイク屋:…おもしろい自己紹介をするやないですか。

 退職者 :私は単車を買いに来たのだ!退職して、デカい単車で自由気ままに走るのが

夢だった!誰にも文句は言わせないぞ!おい、店主!なんや、その

辛気(しんき)くさい顔は!単車や、単車や!単車持って来い!

バイク屋:まるで、都はるみと岡千秋の「浪花恋しぐれ」やなぁ…。

 退職者 :何か言うたか?

バイク屋:い…いいえ。それで、どんな単車をご用意しましょか?

 退職者 :ここに退職金がある。これで、買える、一番ええ単車を持ってきてくれ!

バイク屋:承知致しました。ここにあります、ホンダにヤマハ、スズキにカワサキ。

日本製で馬力もあります。値段も手ごろで高性能、故障もしません。

 退職者 :私の年齢になると馬力はどうでもええ。一生勤め上げた自分へのご褒美だ

から、値段もこの際、関係ない。ドバっと、ええヤツを持ってきてくれ! 

バイク屋:では、このBMWなどはいかがでしょう。ドイツ製で、テクノロジーも

最先端、速度無制限のアウトバーンを、ごつい速度で巡航できる、生粋の

ヨーロピアンです。ロマンチック街道を駆け抜ける歓びを、あなたも

いかがですか?

 退職者 :ううむ。近代的なデザインや。もっと、懐古的な形の単車がええなぁ。

バイク屋:このドゥカッティはいかがでしょう。イタリア製です。車体の色をご覧

ください。イタリアの太陽、情熱の色、クラッカー・レッドです。エンジン

をかけてみましょう。ふっふっふ…。驚かないでくださいよ…ほ~うら。

 退職者 :うーん、腹にしみわたるようなビートの排気音だ!でもなぁ…。

バイク屋:ご不満ですか?

 退職者 :ゆったりと二人乗りのできる単車がええなぁ。

バイク屋:それなら、これ、イギリスのトライアンフはいかがですか。伝統的な

バーチカル・ツインのエンジンが貴方を悦びの世界へとお誘いします。

これで街を走れば、ウエストミンスター寺院の鐘の音が聴こえてくるに

違いありません。

 退職者 :個人的に、ウエストミンスター寺院よりも、ノートルダム大聖堂の鐘の

音が…。

バイク屋:それならば、これ。フランスのモトグッチです。フランス語のような、

流れるような排気音を奏でる唯一のオートバイです。こいつで走れば、

流れる町並みはもうパリのシャンゼリゼです。おぉ、トレビアン!

 退職者 :あんた、うまいこと紹介しまんなぁ。

バイク屋:はい、私はこの道のプロ。排気音を子守唄に育った、この店の3代目です。

 退職者 :大好きなオートバイに囲まれて、幸せな仕事ですなぁ。

バイク屋:いや、それが…。

二輪車減少の原因は

 退職者 :なんや、元気のない返事やなぁ。どうしましたんや?

バイク屋:実は、大型オートバイの販売台数が、どんどん減ってきてますのや。

 退職者 :私らの若かった頃は、たくさんオートバイが走ってたやないですか。

バイク屋:そのとおりです。1991年には、年間160万台も新車バイクが売れてた

のに、去年は70万台ほどの台数しか売れてません。特に750cc以上の

大型二輪車にいたっては、「量産」という言葉が使えないほど少量です。

 退職者 :四半世紀(25年)の間に、半分以下になってしまったのやね?

バイク屋:そうです。しかも、乗っている人は年齢の高い方ばかりになってしまい

ました。

 退職者 :なんで、こんなに二輪車が売れなくなりましたんや? 

バイク屋:日本人の趣味が、多様化してきたのは確かです。

 退職者 :なるほど。それにしても、わずか20~30年で、落ち込みすぎやない

ですか。

バイク屋:そうです。何とかしないといけません。

 退職者 :バイク好きの人間が減った原因は…ズバリ、高校の「三ない運動」

でっしゃろ?

バイク屋:高校生に「免許を与えない」、「単車を与えない」、「運転させない」いうやつ

ですね。

 退職者 :そうや。あれで、若い人たちが単車から完全に引き離されたんや。

バイク屋:電車がいっぱい走ってる都市部はともかくとして、交通の不便な土地に住ん

でる人にとって、高校生の息子が単車で通学できたら便利でしょうにね。

 退職者 :うん、日本の法律では16歳で単車の免許が取得できるのになぁ。

バイク屋:二輪車の生産大国日本で、製造者も産業界も、何も言わなかったのですね。

 退職者 :いや、言えなかったのや。「教育」と「安全」と「暴走族」とが、口を封じた

のや。

バイク屋:ただ、ホンダの創業者、本田宗一郎さんは三ない運動には批判的で、1991年

に亡くなるまでに、「高校生からバイクを取り上げるのではなく、バイクに

乗る際のルールと危険性を、学校が十分に教えるべきだ」と言うてられまし

た。

 退職者 :おうっ!本田宗一郎さん、やっぱりええこというなぁ!

バイク屋:急に大きな声を出さないでください。

 退職者 :大赤字の鉄道路線に存続のために補助金出すことばかり考えんと、高校生の

バイク通学を認めてあげたら、公共交通の解決策になるのになぁ。

バイク屋:ただ、最近の社会の流れはバイク通学を認める方向に進んでて、一昨年の

2012年、「三ない運動」いう言葉も、高校生の保護者連の宣言文から消え

ました。

 退職者 :ようし!これで単車愛好家が増えるでぇ!

バイク屋:ただ、広島県は、まだ暴走族に苦しんでます。高校生が単車に乗れば

先生達の負担も増えます。若者がマナーよく単車に乗る環境を作らな

あきません。

日本のメーカーが怠けた?

 退職者 :「三ない運動」がなくなれば、もう大丈夫や。なぁバイク屋さん、商売繁盛

やで!

バイク屋:いや、実は、大型二輪の数がこんなに減ってしまったのは、全てが

「三ない運動」のせいでないと、私は思うのです。

 退職者 :どういうことですか?

バイク屋:大型の単車の数が減り続ける日本で、米国のハーレー・ダビッドソンは、

2001年に750ccを超える大型二輪のシェア一位を獲得して、それ以後快調に

売れ続けています。

 退職者 :日本の人たちが、何でアメリカ製、しかも値段の高いハーレーを買います

のや?

バイク屋:私は、日本のメーカーが、努力を怠ったのだと思うのです。

 退職者 :ど…どう…いう…ことです…か?

バイク屋:日本のメーカーは、750ccを超えるような大きなオートバイは日本では

必要ないと、日本国内ではそれらを売らず、長い間、海外でのみ販売を

してきました。

 退職者 :確かに、日本の狭い道路では単車も車も小さい方が走りやすいかもなぁ。

バイク屋:実用性だけをいえば、750ccを超える排気量の単車でなく、もっと小さな

もので十分です。しかし、日本で大きなオートバイを販売しない、国民に

大型二輪車に触れさせないことで、メーカーが日本の国民と政府に対して

「いい顔」ばかりを見せてきたと思うのです。

 退職者 :確かに、大きな単車にのる醍醐味を声高らかに唱えるより、二輪車は

「危ないもの」という意見に同意するほうが楽だったと言われれば

その通りや。

バイク屋:過去30年間の免許制度を見てください。警察が大型2輪免許を交付する

際に、1980年頃は「倒れた大型バイクを起こす」ことや「大型バイク

を押して8の字を書かせる」「一本橋を10秒以上で渡る」など、世界で

最も難しい大型2輪免許の試験を行いました。さらに驚くことに、大型二輪

免許だけは自動車学校で取得できず、公の試験場で何度も試験を受けねば

ならず、必然的に、大型二輪は、体の小さい人や女性の乗れない「特殊な

乗り物」として、立場を狭くしていきました。

 退職者 :うん、うん。そうだった。お役所が悪かったのだ。

バイク屋:高速道路でオートバイに二人乗りできない道路交通法も、大型二輪の

普及には足かせでした。

 退職者 :そうやなぁ。二人乗りで、三重県から大阪まで行くのに名阪国道を走れな

かった。

バイク屋:みんな、日本で大きなオートバイに楽しく乗ることなど、あきらめていた

のです。

 退職者 :でも、そんなのは、ハーレー・ダビッドソンにしても、同じ環境でしょ?

二輪のある生活を夢にすえた、米国メーカー

バイク屋:いいえ。日本でハーレーを販売するハーレー・ダビッドソン・ジャパンは、

ここからがホンダやヤマハと違ったのです。

 退職者 :どういう…ことですか?

バイク屋:大型二輪をもっと日本で楽しめるように、積極的に政府、お役所に要望し

続けたのです。自動車学校で大型二輪免許を取得できる制度はもちろん、

高速道路の自動二輪での二人乗り解禁を、動こうとしない日本のお役所に

対して要求をし続けたのです。

 退職者 :…ということは、ホンダやヤマハがやらなかったことを、ハーレーが地道に

続けたというのですか?

バイク屋:そのとおりです。さらに、ハーレーに乗ったことがない人のために、

レンタルでハーレーを貸し出し、試しに乗って買おうと決めてくれた人

には、そのレンタル代を新車代金から差し引いて売るサービスまで行った

のです。ハーレーは単車の「機械」を売るだけでなく、その大型オートバイ

と一緒の、夢のあるライフスタイルをも売り続けてきたのです。

 退職者 :すごく、話に熱がこもってきましたなぁ。つばが飛んできても、気になり

まへんな。

バイク屋:日本製の大型オートバイは、機械としての完成度はとても高いと言えます。

しかし、それを自国内で売ることを、20世紀後半にあきらめてしまった

ことが、国内で日本製大型オートバイがシェアーを失った、大きな原因で

あると思うのです。

 退職者 :そうか…。それが、今どこの「道の駅」に立ち寄っても、必ずハーレーが

たくさんいる理由なんやね。

バイク屋:もちろん、ハーレー自体の魅力もたくさんあります。「乗り味」や

「雰囲気」、ライダーを日常から解放させるアイテムとしての味付けや

歴史など、日本で大ヒットする要因がいっぱい含まれているのです。

熟年ライダー達が引退したら…

 退職者 :よくわかりました。なんだか、少し淋しい気分になってきました。

バイク屋:どうなさったのですか? 

 退職者 :いや、実は…

バイク屋:顔色がよくありませんよ。

 退職者 :私が昨日まで勤めていた会社は、日本の二輪車製造メーカーだったのです。

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