2021-03
2021年 3月号 まばたきでズームするコンタクトレンズ。夢のような技術
内気な感じの男性が…
男: あ、あの、あなた、
ぼくにウィンクしましたか?
女性: うふふ…。そうだとしたら…?
男: え、あの、ぼくは気が弱くて内気なので、
女性にそんなことされると…
女性: そんなことって、このウィンクのこと?
男: そ、そ、そうです。
女性: もう一度やってみせるわよ、ほ~ら!
男: う、う、ぼ、ぼくは、女性にウィンクされると、
顔が赤くなって血圧が上がって…
女性: ウィ~ンク!
男: ぎゃぁ、顔がもえるようだ!
女性: ウィーンク!
男: ぎゃぁ、脈がはげしくなってきた!
女性: ウィ~ンク!
男: ぎゃぁ、心臓がくるしい!
女性: ウィ~ンク!
男: ぎゃぁ、死ぬ!
女性: 安心して。この白い粒を口に入れれば、
落ち着くわよ。
男: …ほ、ほんとうだ。…ああ、なおってきた…これは何という薬ですか?
女性: 「ミルキー」よ。
ウィンクの意味は
男: どうして、ぼくに何回もウィンクするのですか?
女性: ウィンクしちゃダメなの?
男: もしかして…
女性: もしかして?
男: そ、そうです。もしかして僕に興味がある…のですか?
女性: ざんねん、あなたなんかに興味はないわ。
男: あなた「なんか」とは失礼ですね。だいたい、路上で男性に向かって
ウィンクを何回もしてるなんて、変じゃないですか?
女性: 私は、このコンタクトレンズの性能を調べてただけよ。
男: コンタクトレンズ?
ロボット・コンタクトレンズ
女性: そうよ。私のコンタクトレンズの性能はすごいのよ。
男: 近視とか乱視とかを、正すだけでしょ?
女性: ちがうちがう。このコンタクトレンズは、米国カリフォルニア大学のサンディエゴ校で
開発された「ロボット・コンタクトレンズ」なのよ。
男: ロボット・コンタクトレンズ?
女性: そうよ。このレンズを目に装着して、二度まばたきをすると、32%も「ズーム・イン」
するのよ。
男: ご、ご、ごついやないですか!
女性: あなた、関西人だったのね?
男: 動揺するとなまるのです。
女性: このレンズなら、あなたの鼻の穴から出ている鼻毛まで拡大して見えるわよ。
男: あんまり、ええ趣味とちゃいまんな。
女性: 動揺が大きくなったようね。
男: 映画「ミッション・インポッシブル」で、カメラ付きのコンタクトレンズで、
まばたき2回で極秘文書を隠し撮りしてたけど、まるであれと同じじゃないですか!
女性: そうね。ただ、メガネの形のものなら、すでにグーグルから2012年に「Google Glass」
というカメラが販売されてたわ。
男: メガネなら想像できないことはないけれど、コンタクトレンズになってしまうなんて、
やばくないですか?
女性: 実はこの分野の競争はすごくて、2016年には韓国のSamsung や日本のソニーも、
スマート・コンタクトレンズの特許を申請してるのよ。
男: ということは、今人気の高いGo-proやソニーのアクション・カムは…
女性: そう。今のように帽子やヘルメットにくっつける「小さな箱」でなくなって、
もう何年かのうちには「目にはりついているもの」になるかもしれないわ。
コンタクトレンズでズームできたら…
男: 遠くのものが近くにみえるのですね?
女性: そうよ。500メートル先にある自動車のナンバーもよめるわ。
男: AKB48のコンサートで、前田敦子を間近にみることは…
女性: もちろんできるわよ。ちょっと対象が古いけど。
男: あの、言いにくいのですが…
女性: なによ。
男: ぼくは絶対にしませんよ。いや、ぜったいにしないと誓いますよ。ただ…
女性: なにをごちゃごちゃいっているのかしら?
男: テストの時に、隣の席の人の答案を、簡単にカンニングすることができるように
なりませんか?
女性: …まあ、それは可能でしょうね。
男: それじゃ、近くのモノを拡大することはできますか?
女性: もちろんよ。
男: 広辞苑を虫めがねなしで読めますか?
女性: かんたん、かんたん。腕時計の修理だって、裸眼でできちゃうわよ。
男: カエルの解剖や、アブラナの花の観察にはうってつけですね。
女性: 望遠鏡になったり拡大鏡になったりするだけじゃないわよ。見たままのデータを
クラウドコンピューターに記録することも将来はできるでしょうね。
男: ということは、見たものを証拠として残しておいたり、事故が誰のせいで、
何が原因で起こったのか、簡単に調べることもできるわけですね。
女性: まあそうなんだけれど、なんでもかんでも見たものをすべて記録するようなことになれば、
住みにくい社会になるわ。モラルを守るようにすべきよね。
男: 神社や寺、博物館などで「撮影禁止」の看板は、意味がなくなりますね。
女性: そう、見られてはいけないものを、展示する側がどう扱うかという問題ね。
男: 本屋で立ち読みした雑誌を、あとで無料でゆっくりと読むのも…
女性: あのね、せこいこと考えるな!
人間の意思をどう伝えるか
男: 「まばたき」だけでズームを制御することに、少し不安があるのですが。
女性: そう、誤動作もありえるわよね。
男: 誤動作?
女性: そう、たとえば、必要がないときに、たまたま「まばたき」をしたら、
勝手にコンタクトレンズがズームインしてしまった、なんてことがあるかもね。
男: そんなの危ないじゃないですか。
女性: だから今、その制御方法を世界中の科学者たちが必死に研究してるわ。人間の意思に
忠実に機械を制御するシステムをHMI(ヒューマンマシン・インターフェース)と
呼ぶのよ。
男: 冷えまんま、お新香いただきまーす?
女性: どう聞いたらそう聞こえるのよ。
男: そ、その冷えたお新香なら、まばたきで機械を思い通りに動かせるというのですか?
女性: 実は、まばたきだけじゃなくて、このHMIがうまく動けば、ヒトのすべての
電気生理学的信号を機械が受け取って、体の不自由な人が、体や車いすなど
様々なものを思い通りに動かせるようになるわ。
男: なるほど。まばたきだけにたよらずに、やがては自由に遠くのモノにズームしたり、
手元のモノを拡大したりできるようになるのですね?
女性: そうね。でも今の段階では、眼球の電位測定のために頭に電極を5つも貼りつける
必要があるの。
男: 電極を?
女性: そう。さらに今のところ、このコンタクトレンズは何回か動かすと制御ができなくなって
しまうの。課題はまだあるわね。
人間の意思に忠実に動けば
男: 人間の感覚や要求を、機械が理解して完全な状態で動いてくれれば、最高ですね。
女性: そのとおりね。そしてさらに進化して、目が見えない人に視力がもどる装置の完成へと
つながっていけば素敵よね。
男: 理想的な人工眼ですね。
女性: HMIが成功すれば、目だけじゃなくて、耳や鼻、体のあらゆる部分への応用も
可能になってくるわね。
男: 目が見えない人がテニスをしたり、耳が聞こえない人が音楽を楽しんで、足が不自由な人が
風をきって走れるようになれば…
女性: そう、素敵ね。
男: あなたのウィンクのおかげで、僕はなんだか元気になってきました。
女性: ほんと?
男: ぼくにも、ウィンクでズームするコンタクトレンズを使わせてくれませんか?
女性: …いいわよ…何をズームして見たいの?
男: 僕は、何かを見たいのではありません。
女性: ‥何に使うの?
男: 路上で、誰かにウィンクをする「理由」がほしいのです。
文責:玉木英明