2015-11

                                                                                                                               

                                                                                                                                                    文:玉木英明

2015年 11月号 江戸時代から続くガマの油売り。本当に効き目はあるの?

筑波山からやってきた

油売り:サァーサァー、お立ち会い、

     ご用と、お急ぎでない方は、聞いておいで、見ておいで!

見物人:なんやら、変な人がおりますなぁ。のぼりに「がまの油」いうて書いて

ありまっせ。

油売り:手前、ここに取りいだしたる陣中膏(じんちゅうこう)は、四六(しろく)の

蝦蟇(がま)の油だ。

見物人:白黒のおかまの油?

油売り:うおっほん、がまの油とはガマガエルからとった油だ!

見物人:なんや。ガマガエルかいな。

油売り:ガマと言ったって、そこにもいる、ここにもいるという物とはモノが違う。

見物人:ガマガエルくらいどこにでもおりますやろ?

油売り:「ハハァーン、ガマなら俺んとこの縁の下にゾロゾロいるよ」

      と言うお方があるかもしれないが、あれはガマとは言わない、

      ただのヒキガエル・イボガエルだ。何の薬石効能(やくせきこうのう)

      もないものだよ、お立ち会い。

見物人:や?くせ、貴公の?

油売り:薬としての効き目のことだ!

見物人:怒らんでもよろしおますがな。ほな、効きめのあるガマガエルって、どんなん

     ですのや?

油売り:ガマといってもただのガマと違う。これより西に何百里、関東は筑波山の麓

(ふもと)で、おんばこという露草を食って育った四六(しろく)のガマだ。

見物人:筑波山って、三重県から見たら東やなかったか?。

油売り:そうそう、東や!今日の客はやりにくいなぁ…。

四六のガマ

見物人:なんやら、油売りの語気が荒なってきたましたでぇ。

油売り:四六五六はどこで見分ける?前足の指が四本、後ろ足の指が六本、合わせて

四六のガマだ!

見物人:ガマの指は、四六が正常で、5本5本ある方が異常や。前足には5本分の骨は

あるのやけれど退化して4本に見えてるし、後ろ足は5本のうち1本にコブが

あるから、6本にみえるのや。

油売り:うおっほん!ちょっと、そこ、お静かに!

見物人:また怒られましたなぁ。

油売り:山中深く分け入って、捕らえましたるこのガマを、四面鏡の箱に入れたる時は、

映るおのれの醜い姿を見て驚き、タラーリ、タラーリとあぶら汗を流す。これを

すき取り、柳の小枝にて3×7=21日の間トローリ、トローリと煮詰めました

るがこのガマの油。さあどうだ!

見物人:そうか、この人は、ガマガエルのあぶら汗を売ってるわけやね!

何に効きますのか?

油売り:このガマの油の効き目はひびにあかぎれ、しもやけに、まだある、虫歯の痛みも

ピタリと止まる。前にまわってインキンタムシ、後ろにまわって、出痔に、

いぼ痔に、走り痔、脱肛、はれもの一切。

見物人:何か、人に知られたくない病気が多いなぁ。

ガマの油は刃物を切れなくする?

油売り:まだまだあるよ。刃物の切れ味をも止める。

見物人:うわっ、あぶない!この人、日本刀をとりだしたで!

油売り:とり出だしたる、夏なお寒き氷の刃(やいば)。一枚の紙が二枚。二枚の紙が

四枚。四枚の紙が八枚・・・。ほれこの通り、細かくよく切れた。ふっと散らせ

ば、比良(ひら)の慕雪(ぼせつ)か嵐山には落花の吹雪とござい。

見物人:うわっ、すごく、よう切れる刀や、あぶないで!

油売り:これなる名刀も、ひとたびこのガマの油を塗りたる時はたちまち切れ味ピタリと

止まる。押しても引いても切れはせぬ。

見物人:うわっ、ほんまや!あの刀が切れなくなったでぇ!不思議や、不思議や!

油売り:と言ってもナマクラになったのではない。ほれ、このように拭き取る時は、

もとの切れ味となってこの通り。

見物人:うおっ、あぶない!腕に刀をあてた!

油売り:さわっただけでも、赤い血が、タラリ・タラリだ。エイッ!

見物人:腕から血が出てきたぞ!むちゃしたら、あきまへんがな!

油売り:さぁて、お立ち会いの中に、それ程効き目あらたかなこのがまの油、いったい

一個いくらだろうと言うお方があるかも知れないが、本日は、はるばる三重県

鈴鹿まで出張っての大安売り、男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経で、山で鳴くの

はホーホケキョ、清水の舞台から、まっ逆さまに飛び降りたと思って一貝が

4,000円と言うところ、半額の2,000円ではどうだ!?

見物人:ううむ、見事な口上や…。買う気になりましたでぇ。

油売り:あったりめえよ!これでもプロだよ!

見物人:それにしても、塗った時だけ刃物が切れなくなって、ふき取ったら切れるように

なるガマの油、何で虫歯や痔に効きますのや?

油売り:いや、実はな、ガマの分泌毒素は蟾酥(センソ)と呼ばれてて、この研究では、

東京帝国大学医学部の井川俊一先生が有名だった。

効き目が本当にあるの?

見物人:ほんまに4面が鏡の箱にガマガエルを入れたら、油をしぼれますのか?

油売り:いや、ほんとはこんな箱に入れても「あぶら汗は」出なかったらしいけどね。

井川先生の研究では、棒でつついたり驚かしたりしたら、ガマガエルの目の上の

小さなコブの分泌線から牛乳のような汁が飛び出すことがわかった。これが人の

目に入ったら失明するし、ガマガエルをかんだ犬が死ぬこともあったらしい。

「センソ」いうのはこれを固めたもので、最近さらに研究が進んで、強い薬効が

確認されてるんだ。

見物人:あのな、そんなに効くものなら、最近の薬にも含まれてるはずでっしゃろ?

油売り:大きな声では言えないけれど、じつはセンソは「救心」の主成分なんや。強心剤

としてのはたらきをする。

見物人:ほう、あの「きゅーしん、きゅうしん」のコマーシャルで有名な「救心」やな?

油売り:そのとおりや。ムツゴロウ先生こと畑正憲さんも、著書「われら動物みな兄弟」

の中で言ってるけれど、ガマの油をなめてみたことがあるらしい。ものすごく

苦いものだっだけれど、体がシャンとして、徹夜を乗り切るのにいい効果が

あったと言うてる。

見物人:そやけど、刀が切れなくなるのとは、関係ないやないか?

油売り:いや、ガマの油に「発汗防止剤」が含まれていることは知られてる。昔、微妙な

指先の感覚が大切なバイオリニストが、汗をおさえるために、手に塗って演奏

したのが、ほんまにガマの油やったのや。

見物人:すごいなぁ。現代科学にもガマの油は通じてるわけやね?それにしても、ガマの

油なんてのを、よくぞ体にぬったりなめたりしてみようなんて、思いついた人が

おったもんやなぁ。

油売り:そのとおりや。カエルが何でこんな粘液を出すのか、カエルの生態に結びつけて

結論を出した人がいない。ただ、ガマの油が人の薬として古くから使われてきた

ことは、確かだよ。

ガマの油でいい暮らし

見物人:なんか、すごく説得力のある話やなぁ。あんたぐらい熱心に商売をする人は、

きっとお金をぎょうさん稼いで、ええ暮らしをしてますのやろね?

油売り:いや、筑波山だけでは生活が成り立たんから、こうやって日本全国を「旅ガラス」で

歩き回ってるのだよ。

見物人:いや、なんか、うらやましくなってきましたで。私もいっしょに連れてってほしく

なってきたわぁ。

油売り:いや、僕なんかについてくるのは、やめたほうがいいよ。

見物人:どういうことですのや?

油売り:ぼくは真面目にあくせく仕事をするのは得意じゃない。僕の仲間も、

なまけもので、貧乏な奴ばかりがそろってる。

見物人:そんなふうには、見えないけれど…。こんなに上手な口上で、見事な大道芸を

身につけてはるのに、なんで貧乏なんですのや?

油売り:一日中、油を売ってるからや。