2013-09

文:玉木英明

2013年 9月号 本当にあった面白い名前の薬。越中富山の薬売り。

頭痛に「ズキン」

奥さま:まったく!頭が痛いわ!。

薬売り:奥さま、頭の痛いときに効く、いいお薬はいかが?

奥さま:な、な、何よ、急に!びっくりするじゃないの!

薬売り:頭痛には、この「ズキン」をどうぞ!

奥さま:あなた、大きな包みを背負ってるけど、なんだか怪しいわね。

妙な薬は、買わないわよ!

薬売り:私は、越中の薬売り、名前は「とやま」といいます。

奥さま:あなたが、あの有名な「薬売り」ね?

薬売り:まいど、ごひいきに。おっと…奥さま、ちょっと顔色がよくあり

ませんね。背筋がぞくぞくしませんか?

奥さま:そうねぇ、そういえば…。

薬売り:そうでしょう、そうでしょう。そんなあなたには、是非これ。

「ズバリ」が効きますよ!頭痛はもちろん、悪寒発熱によく効く薬です。

奥さま:病院に行きたいのだけれど、仕事を休めないのよ。

薬売り:それならこれ。「注射いらず」。お医者泣かせの効きすぎる薬ですよ。

奥さま:ダイレクトな名前ね。ちょっと私、熱もあるわ。

薬売り:それなら、これ、「ザ・タイオン」。ほてった顔もたちどころに

治りますよ。

奥さま:ほんとに、飲むだけで治るの?

薬売り:すばやい効き目を期待するなら、これ。「頓服・サット」。

姉妹品の、「ノメバー」もよろしく。

奥さま:薬を飲むのは、食事をとってからの方がいいでしょ?

薬売り:食前にのむのは、これ。「スグノメ」。

奥さま:とても、薬の名前が気になるわ。すぐに効くのかしら?

薬売り:即効性を期待するなら、「頓服・30分」「頓服・20分」「頓服5分」

さらにすぐに効くものに「頓服・一発」というのがあります。

奥さま:ほんとうに5分で効くの?

薬売り:風邪をひいて、「ゴフン」という咳に効くのでございます。

奥さま:…おもしろいわねぇ、あなたの話。どこまで本気で言ってるのか

分からないところがいいわね。

薬売り:そんな疑り深いあなたには、これ。「ナオール」、「ケロット」。

次の日に元気に勉強や仕事に復帰したいならば、「アスナオール」が

あります。また、痛みが去って元気になるための薬「サール」も

おすすめです。

奥さま:越中の人たちは、真面目に考えて、この薬の名前つけてるの?

薬売り:そりゃもう、富山の人たち、とりわけ薬を作る薬剤師たちは、

ウィットに富んだ人が多いのでございます。

奥さま:もっと薬の成分を知りたいと思うのだけれど。

薬売り:しっ!…効く薬は、製法も成分も秘密なのでございます。ただし、

その効き目はみなさんがご存知です。私の持参している薬は、すべて

評判の高いものばかりでございます。

奥さま:ちょっと、お腹の調子も、よくないのだけれど。

薬売り:それなら、これ。「快腸・スゴイ」

奥さま:ほんとにこんな名前の薬、売ってるの?

薬売り:大真面目に売っております。今日の営業も、笑顔を絶やさず、この薬。

「ニッコリン」。

置き薬。今でも残る日本の風習。

奥さま:ちょっと、聞きたいんだけれど。

薬売り:はい、何なりとどうぞ。あなたと私の合言葉、

「富山の薬で~あいましょう。」

奥さま:どこかで聞いたメロディね…。それって、フランク永井の…

薬売り:しっ!…富山の薬は、その製法も成分も秘密でございます。

奥さま:わかったわ。深くは聞かないわ。ところで、富山の「置き薬」って

何なの?

薬売り:お客様の家を訪問して、薬箱を私たちが定期的に点検させていただき、

足らなくなった薬や、少なくなった薬を補充してまわるのでござい

ます。病気やけがというものは、予期せぬときに災いが降りかかって

くるものでございます。家族の健康のために、家に「常備薬」を置いて

おくのは必要なことでございます。

奥さま:でも、最近あなたたち薬売りの姿をめっきり見なくなったわ。

薬売り:…うっ…ううう…。

奥さま:ご、ごめんなさい、何か気にさわることを言った?

…あなた、泣いてるの?

薬売り:最近、ドラッグ・ストアーなるものができて、いつでも、どんな薬でも

買うことができるようになってしまいました。一つの薬だけでなく、

たくさんの薬の効き目や値段を比較して、買えるようになってしまい

ました。もう、私たち薬売りは必要なくなってしまいました。

奥さま:確かにそうね。薬売りの人から、薬を買うことなんて、最近なくなっ

てしまったわ。

薬売り:これも、時代のながれでございましょうか。涙をふいてこれからも

頑張ってまいります。

アンチ・エイジング

奥さま:ところで、あなた、ずいぶん古風な服装なんだけれど、何年生まれ?

薬売り:はい、大正3年の生まれでございます。

奥さま:え…?あなた…何歳?

薬売り:もうすぐ100歳でございます。

奥さま:それにしては、あなたずいぶん若いわね。

薬売り:はい、背中に背負っている薬の中に、すごい薬があるのでございます。

奥さま:ええ?どういうこと?今はやりの、アンチ・エイジングの薬ってこと?

薬売り:さようでございます。

奥さま:はやく、それを言ってよ!私、若さを保つためなら、なんだって

するわ!

薬売り:い…いたい、いたい…、襟首をもって、ゆすらないでください。

背中の荷物が首に食い込みます。

奥さま:見せるの?見せないの?ねえ、じらさないで!

薬売り:お願いですから、耳のそばで大声を出さないでください。それに、

「つば」が飛んでおります。

奥さま:ごちゃごちゃ言ってないで、はやく、背中の包みをほどいて、中を

見せてちょうだい!

薬売り:でも、この薬は、私が自分で使っているものでございまして、売り物

ではございません。

奥さま:何をいっているのよ!薬売りが、売りものでない薬を持ち歩いてどう

するのよ!

薬売り:わ、わかりました。ちょっと、お待ちください。…はい、広げました。

奥さま:ど、どれ?どれなの?どれが、若さを保つ薬なの?

薬売り:これでございます。2つありますが、両方共一度にのむと、それは

それは、よく効きます。少々お値段が、はりますが…。

奥さま:値段なんて、関係ないわ!何ていう名前の薬?

薬売り:長寿を保つための薬「萬歳(ばんざい)」、健康に毎日すごすための

薬、「ありがた」でございます。本来、売り物ではございません。

奥さま:ええい、じれったい!若さのためなら、いくらでもいいわ!おねがい!

売ってちょうだい!

薬売り:わかりました。仕方がございません…。あなた様には「特別に」

おゆずりしましょう。少々お高いですが…。