2015-12
文:玉木英明
2015年 12月号 人工知能が人間に勝る?SFか、現実か。
将棋(しょうぎ)の達人が…
棋士:ふ~け~ば飛ぶような、将棋のこまにぃ~♪
技師:おっ、しぶい歌で登場しましたなぁ。あんた、誰ですのや?
棋士:わたしは棋士(ぎし)だ。
技師:わたしも技師(ぎし)です。
棋士:ぎしだと?おぬしなど、将棋大会では見たことがないぞ。
技師:漢字がちがいます。エンジニアです。
棋士:そうか…棋士と技師が二人よれば、「ぎしぎし」だ。油がきれて、きしんでる
みたいだ!
技師:なにを、しょうもないこと言うてますのや?
棋士:将棋をさして生計を立ててる棋士(ぎし)の中でも、私は「名人」と呼ばれるほど
強いのだ。
技師:ほう、名人?
棋士:そうだ。大阪の坂田三吉(さかたさんきち)という名前は古すぎて聞いたことが
ないかもしれぬが、羽生善治(はぶよしはる)名人いう名前は、聞いたことある
じゃろう?
技師:はいな!大阪の通天閣の周りに将棋さしの人らがたくさんおって、囲碁将棋
センターいうのがあると聞きましたで!
棋士:よく知っておるではないか!ただ…あのセンターは、閉鎖したけどな。
技師:どうしましたんや?えらい、元気がおまへんやないですか。
プロの棋士が、コンピューターに負ける
棋士:じつは、ちょっと、困って…いるのだ。
技師:将棋のこまが、なくなってしまったのでしょ?
棋士:そう、こまがないから、こまって…うぉっほん、ちがうのだ。
技師:囲碁(いご)協会の人らと、けんかしたのでっしゃろ?
棋士:そう、囲碁は「うつ」のに、将棋は「さす」のは変やといわれて、つい、カッと
なって…あのな、ちがうのだ!わしが悩んでるのは、強い「将棋さし」が現れた
からなのだ!
技師:ほう、強い将棋さし…誰ですのや?
棋士:ちょっと、言いにくいが…「人工知能」という奴だ。
技師:どこまでが名字ですのや?
棋士:…人間と…ちがうのだ。
技師:え?…機械?
棋士:…そうだ。
技師:すると、コンピューターに「将棋の名人」が負けるようになったのでっか?
棋士:しっ!大きな声でいうな。将棋界の一大事だ。
技師:いろんなところで、「人工知能」が人間より勝るようになりましたなぁ。
棋士:なに、将棋以外の場所でも、機械の方が勝ってきたのか?
技師:工場でいろんな場所で導入されて、人間以上の働きをしているのはご存知でしょ?
棋士:ああ、しっておる。自動車の溶接をしているロボットなどは見事だ。
技師:事務系の分野でもロボットの進出がすごくて、アメリカでは実際に「会計士」が
必要なくなってきました。
棋士:ロボットというのは、きめられたことを、その通りにするだけじゃろ?
技師:いや、最近では、そのロボット自体が「考える」ことができるようになってきた
のです。
棋士:まねするだけじゃないのか?
技師:人工知能が、脳の神経細胞のつながりを、シュミレーションするのです。足りない
ものが何なのか、直さねばならないものがどこにあるのか、秒速で洗い出すのです。
棋士:空想科学映画、サイエンスフィクション(SF)の世界じゃな?
技師:ここ数年の発展はすごいものがあります。人工知能とプロの棋士とが戦う電王戦で
人間が苦戦し始めたのは、最近でしょ?
棋士:そう、今年の電王戦の決勝では、人工知能の考え方自体をプロ棋士が研究して、
勝つことがようやくできた。しかし通算成績では、人工知能の方がプロ棋士より
勝ちが多くなってしまったのだ。
技師:…あきまへんやないか。
棋士:…そう、あきまへん。
技師:まねせんといて
棋士:…ごめん。
人間が、コンピューターを制御できなくなる?
技師:人工知能が、人間に追いついてしまったということですね。
棋士:…完全に人工知能が人間の能力を超えてしまう日がくるのか?
技師:「2045年、人工知能が人間を追い越す」という予測がありましたが、実際はもっと
早いでしょう。
棋士:たしかに、会社でみんながパソコンで仕事をする光景は当たり前だ。でも、社長の
代わりに、コンピューター、すなわち人工知能が会社経営をするようにはならん
だろう?
技師:将来的には、人工知能の方が、判断能力が高くなると考えられています。社長が
自分専用の人工知能をつかって、いっしょに考える時代、すなわち経営パートナー
となる時代がやってきます。
棋士:これから先、コンピューターを制御することが…難しくなってくるのか?
技師:コンピューターの判断の方が人間より速く正しいということになると、人間が
コンピューターの正誤を判断できなくなる、ということを意味します。
使うのは「人間」。
棋士:人工知能が、世界を支配しないか?
技師:人工知能は、それ単独では人間のように欲求をもちません。
棋士:どういう意味だ?
技師:かんたんに言えば、人工知能が子孫を残したいとか、食べ物をたべたいとかは
考えないということです。ということは、人工知能が人類を滅ぼす理由はないと
いうことです。
棋士:ほんとうだな?
技師:ただ、どこかの国の人が、その高度な人工知能を利用して、それを兵隊のロボット
に搭載して他国を攻めるとか、ミサイルをとばすとかすれば、世界を支配できる
かもしれません。
棋士:ほら、やっぱり怖いではないか!危ないではないか!人工知能は、使わぬ方がいい
ということじゃ!
技師:大きな声で怒らないでください。目をそむければ、安全だということにはなりま
せん。
棋士:どういうことだ?
技師:例えば、パソコンやスマホを使う人は、使わない人より情報収集能力が格段に
高いですね。人工知能を企業や国の活動に使うか否かによって、状態に大きな差が
でるということです。
棋士:ということは、「うまく使いこなす」ことが、必要なのじゃな?
技師:そうです。人工知能と人間がバランスをとらねばならんのです。
人工知能を知ることが大切
棋士:どうすれば…どうすればよいのじゃ?
技師:こんどは、泣かないでください。まずは、人工知能の仕組みを人間がしっかりと
学ぶべきです。
棋士:将棋以外のことは、考えたくないのだが…。
技師:人工知能を知るためには、制御、プログラミングを知らねばなりません。
でないと、人工知能たちがどう考えるかを知ることができません。
棋士:子どもたちの教育は、どうすればよいのじゃ?
技師:アメリカでは、MIT、マサチューセッツ工科大学で幼児向けのプログラミング
学習アプリが開発され、幼稚園、小学校の教育に導入されました。
棋士:日本は…どうなのじゃ?
技師:非常に遅れています。英・数・国・社・理の旧態然とした画一的な教育を長い間
好んできたツケがまわってきています。
棋士:近未来はもうすぐそこに来ているのじゃな?
技師:はい、そうです。私たちも、古い考え方を変えていく必要があります。
棋士:ふっふっふ…ふっふっ…
技師:気色の悪い笑い方をしないでください。
棋士:いいことを思いついたぞ。
技師:どんなことですか?
棋士:こんどのわしの名人戦、ないしょで、ウエアラブル端末で人工知能に
次の手を教えてもらいながら、将棋の対局をすることにしよう。
技師:そんなことして、負けませんか?
棋士:だいじょうぶ。人工知能は、完璧だ。