2019-02

文責:玉木英明

2019年 2月号 米作りはチャンス?逆転の発想から新しいアイデアへ

農夫と農婦が…

農夫: さあ、お祈りしよう…

農婦: ねえ、私たち、いつも、お祈りばかりしてるわね。

農夫: ああ、そうだね。

農婦: 毎日お祈りしてるのに、ずっと貧しいわ。

農夫: まあ、そう言うなよ。

農婦: このお祈りは、少しも効きめがないってこと?

農夫: そんなことはないさ。

農婦: それに、毎日毎日食べるのは「いも」ばかりね。

農夫: それは、僕たちは「いも」を収穫している農民なのだから、仕方ないよ。

農婦: いもにいちゃん、いもねえちゃんは、田舎くさい若者のことよ。

農夫: マクドナルドで食べるフレンチフライドポテトは、あつあつでうまいし、ローソンで買う

      ジャーマンポテトも、塩味が効いていて、美味しいじゃない?

農婦: 英語でカウチポテトというのは、長いすの上でテレビばかり見て、寝っ転がってる

      怠け者のことだし、ホットポテトといえば、解決しにくい、やっかいな問題のことよ。

農夫: 日本の古文や短歌の中で「イモ」は妹と書いて、妻や愛する女性をさすよ。親しい

      情を感じる女性は、すべて「イモ」と呼ぶのさ。

農婦: SNSで「イモる」といえば、ダサいことをする意味よ。

農夫: イモトアヤコは素敵なお笑いタレントだし、韓国語で「イモ」といえば、親しみをこめた

      「おばさん」の呼び方だよ。いい言葉だ。

農婦: あのね、なイモのねだりをしてるわけじゃないけど、かイモのにいくお金もないし、

      すイモ甘イモかみわけてるつもりなのに、あイモかわらず、こイモできない、

      「イモ」の話は「モーイー」わ。

農夫: 君、上手に言うね。

農婦: おおきに。

農夫: 神よ、貧しさからのがれる方法は、なイモのでしょうか?

農婦: あのね、もう「いも」からはなれて。

米作りに未来はない?

農婦: 私たち農民に、未来はないのかしら?

農夫: そんなことないよ。神様はぼくたちを見捨てないよ。

農婦: だって、日本の農家に嫁いだ友人も、そろそろ米作りをやめるって言ってたわ。

農夫: 確かに日本の米作りは、今、たいへんだよね。

農婦: 日本の米価が下がり、政府の減反政策も打ち切られ、補助金もなくなって、

      米を作ろうとすればするほど、彼女の家は赤字になるって言ってたわ!

農夫: 大声をださないで。それに、つばが飛んでるよ。

農婦: サラリーマンをやりながら兼業農業をしてた人達も年をとってしまったし、田植えや

      稲刈りも、それに必要な機械と人件費を考えれば、収益は出ないって言ってたわ!

農夫: あのね、耳元で、大きな声を出さないで。それに、つばの飛んでること、お忘れなく。

農婦: 米作りをあきらめられてしまった「耕作放棄地」が、日本にはどんどん増えてきたそうよ!

農夫: 人が手をいれなきゃ、田んぼはすぐに荒れ地になってしまうからね。

農婦: もう、農業はあかへんわ。あきまへんわ…。

農夫: 泣かなくてもいいだろ?それに、君は関西出身だったのだね?

農婦: 気持ちが高まると、つい、なまるのよ。

耕作放棄地はチャンス?

農婦: 私たちも農業をやめて、サラリーマンになりましょうよ。

農夫: いや、ちょっと待って。実は日本の「耕作放棄地」で、新しい米作りに成功している人が

      いるのを知ってる?

農婦: まさか。どんなにがんばったって、日本のお米は、安い海外のお米には勝てないわよ!

農夫: 長野県伊那市の出口友洋という人が、長谷という村の耕作放棄地、しかも山の裾野の

      耕作しにくい棚田で、米作りを始めたんだ。

農婦: …どうせ、お金持ち老人の道楽でしょ?

農夫: ちがうちがう。彼は若い人だよ。集落の最上部の棚田(階段状の水田)で、

      「新しい種類の米」を「新しい農法」で作り始めたんだ。

農婦: わざわざ、なんで、そんな米を作りにくい場所で?

農夫: 一番上流の田んぼだから、水に他でまかれた農薬が混ざらないのさ。完全無農薬の米、

      高規格米をつくれるんだ。

農婦: 以前に使われた農薬が、土に残ってるわ。完全無農薬なんて無理よ!

農夫: 耕作放棄されて10年以上たってるような土地は、農薬が完全に無くなってるのさ。

農婦: ということは、本当に、完全に無農薬のお米がとれる田んぼ?…なんだか、素敵ね。

農夫: 化学肥料も、有機肥料も使わないんだよ。

農婦: でも、肥料をやらなければ、やせたお米しかできないし、収量が少ないでしょ?

農夫: 長年、耕作放棄されてた田んぼは、地力、すなわち土の力があるんだ。だから、

      肥料を使った場所より、収量が多かったそうだよ。

農婦: あのね、米作りは日本のお家芸よ。新しい種類の苗なんてあるの?

農夫: 「カミアカリ」という品種さ。

農婦: あのね、そんな名前知らないわ。コシヒカリの方が、きっとおいしいわ。

農夫: このカミアカリ、胚芽がふつうの米の3倍もある「コシヒカリ」の新種なんだ。

農婦: …そ、それって…どういうこと?

農夫: 胚芽にはビタミンEやビタミンB1、リノール酸などが多量に含まれてて、その胚芽が

      3倍もある米だから、胚芽をできるだけ残して精米すれば、それらの栄養を多量に

      食べることになるのさ。

農婦: ごついやないの…。

農夫: また気持ちが高まってきたようだね。

感動する玄米「カミアカリ」

農婦: でも、味はどうなの?「ごそっぽい」のとちゃうの?

農夫: このカミアカリはコシヒカリの突然変異したものだ。だからコシヒカリの定評ある

      おいしさに加えて、巨大胚芽のプチプチした食感が素敵らしいよ。

農婦: …なんか、めちゃめちゃ食べてみたくなってきたわ。

農夫: 玄米は「ぼそぼそ」してて何となく物足りないと感じる人も多いけれど、カミアカリは

      ふっくらしてて、かみしめるほど甘味があるというんだ。

農婦: お腹すいてるときにそんな話しないで。つばがあふれてきたわ。

農夫: 土鍋で炊くと最高で「感動する玄米」なんて呼ばれてるらしい。

農婦: 日本のお米は、田植機とかコンバインを使いやすい、省力稲作に適したものよ。海外の

      お米の「安さ」に対抗するには、人件費をおさえなきゃダメでしょ?

農夫: 逆に、この「カミアカリ」は、徹底的に手間をかけるんだ。田植えはヒトの手で

      一株ずつ植え、稲刈りは人間の手で刈り取るのさ。

農婦: …そんなに手間をかけて…価値を高めて…。あの…お値段をきいてもいい?

農夫: 普通のお米の3倍ほどの値段だ。

農婦: びっくり、しゃっくり、仰天、ごぼう天!

農夫: おっ、中田ダイマル・ラケットやね。

ターゲットは世界

農婦: あのね、そんなお米、農協が売ってくれないわ。

農夫: その「カミアカリ」、出口さんは農協には出さないよ。

農婦: …どうするってのよ。農協に出さなきゃ、お米は売れないでしょ?

農夫: 彼は、そのお米を流通させて売る会社も、設立したのさ。

農婦: …完全無農薬で、機械も使わない高規格米、すごく魅力的ね。でも、そんな手間の

      かかった高いお米、食べる人いるの?

農夫: 驚いちゃだめだよ。これほど完璧に安全で、健康によくて、おいしいお米は、香港、

      シンガポール、台湾などの経済的に豊かな人たちが、いっぱい買ってくれるんだ。

      彼のつくった「俵屋・玄兵衛」というブランドは人気がとても高くて、今年はハワイ

      でも売り始めるらしいよ。

農婦: ハワイ…アメリカね。USA…ツイスト踊ったフロアー。

農夫: DA PUMPだね。

米作りは新しいチャンス

農婦: 今まで、「米作りはだめだ」という話ばかりだったのに…。

農夫: 出口さんは、Wakka Agri(ワッカ・アグリ)という農業生産法人も設立して、

      地元の人たちも巻き込みながら、米作りを進めてる。

農婦: 農家の人たちが、うしろだてになってるのね。

農夫: そう、最初は彼の「夢物語」に賛同する人は、まれだったらしいけど、今では

      信州大学や伊那市の市長もこぞって、出口さんの米作りに感銘をうけ、応援してる。

農婦: …食べる側のほしいものを、しっかりと分析してるのね…

農夫: 彼はさらに多くの耕作放棄地を受け入れて、事業を拡大しようとしてる。今後は、手で

      おこなう田植えや稲刈りを、海外の人たちにも体験してもらおうと「農業ツーリズム」も

計画しているらしい。

農婦: 外国のお金持ちの人たちが「田植え」に来るの?

農夫: そうやがな、そうやがな、そうやがな。

知識が新しいアイデアを生む

農婦: 昔から行われてきたことを、昔からの通りに、ただ繰り返しているだけでは、

      ダメだということね。

農夫: そう。そして勉強したことを活かして、周囲を見て風を読み、新たな視点でアイデアを

      つぎこんでいくことが大事さ。広い知識が必要だというのは、まさにこのことだね。

農婦: ねえ、なんだか力がわいてきたわ。私たちもこの貧しい生活から抜け出すために、

      何か始めましょう。

農夫: ぼくに、新しい考えがあるのだけど…。

農婦: え?どんなアイデア?

農夫: 農民の生活を、油絵に描いたらどうだろう?

農婦: 農民の生活?

農夫: そう、日々の生活の絵だ…。

農婦: どんな絵を書こうと思ってるの?

農夫: つつましやかな生活に、太陽の光があふれている絵さ…。

農婦: すごく素敵ね!…何ていう題にするの?

農夫: 「晩鐘」なんて、どうだろう。

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