2016-07
文:玉木英明
2016年 7月号 動物を殺さず肉を得る?幹細胞からつくるハンバーガー
プロレス界の殺し屋、ブッチャー
ブッチャー:ふっふっふ…おれは、泣く子もだまるプロレス界の殺し屋だ!
動物愛護者:変な人がきましたよ。パンツ一丁で、熊みたいに歩いてるよ。
関わると、ろくなことなさそうだ…目をあわさないように…。
ブッチャー:おい、ちょっと、聞きたいことがある!そう、おまえだ!
動物愛護者:うわっ!指をさされた。しかたないなぁ。…あなた、誰ですか?
ブッチャー:おう、聞いて驚くな!オレ様はブッチャー、日本語で「肉屋」だ!
動物愛護者:完熟トマトを、思い切りふんずけた時の音みたいですね。
ブッチャー:リングネームだ!オレの「四の字がため」見たことないのか?
動物愛護者:え?痔がダメなんですか?
ブッチャー:…それじゃ、おれのコブラツイスト、知ってるか?
動物愛護者:あんたの踊るツイストなんか、見たくない。
ブッチャー:踊りとちゃいまんがな。プロレスの必殺技やがな。
動物愛護者:あなた、関西人だったのですね。
ブッチャー:いや、コミュニケーションがうまくいかないと、なまりがでるのや。
動物愛護者:あのね、わたしは忙しいのです。
ブッチャー:ちょっと、話にのってえな!
動物愛護者:じゃぁ、ちょっとだけですよ…。どうなさいましたか?
ブッチャー:ふっふっふっ…聞きたいか?
動物愛護者:…ええい、はなせ!ぼくは、行く!
ブッチャー:なぁ、ちょっと、待って、待って。冗談やがな。気の短い人やなぁ。
動物愛護者:あなたのご用は、いったい何ですか?!
ブッチャー:わるい、わるい、怒りないな。あのな、上等なステーキ肉を売ってる店、
知りまへんか?
動物愛護者:あんた、肉屋でしょ?
ブッチャー:あれは、プロレスする時の呼び名や。なぁ、美味しい生肉、レアーの肉が
食べたいのや。
動物愛護者:私は動物愛護主義者です。動物を殺してその肉を食べるのは、かわいそうだ
とは思いませんか?
ブッチャー:そやかて、ステーキが食べたい。
動物愛護者:肉は食べるなとはいいません。ただ、動物を殺してはダメです。
動物を殺さずに、肉をとる方法
ブッチャー:何いうてるのや?動物を殺さんと、肉を手に入れる方法なんか、あるわけ
ないやろ?
動物愛護者:いや、それがあるのです。
ブッチャー:…ばかにせんといてや。毎日プロレスしかしてないけど、そんなことぐらい
分かるがな。
動物愛護者:ハンバーガーのミンチを、研究室で培養(ばいよう)しようというのです。
ブッチャー:ちょ、ちょっと待って。培養するって?まるで細菌みたいや。
動物愛護者:そうです。牛の幹細胞から取り出したひも状のたんぱく質を培養して、
何千も束にして縫い合わせて「肉」にするのです。
ブッチャー:ほんまかぁ?
動物愛護者:怖い声ださないでください。オランダのマーストリヒト大学の研究者らが
「モサ・ミート」という人工肉のメーカーを設立して、この肉でハンバーガー
を作ろうとしてるのです。
ブッチャー:そんな夢みたいな話、実現するわけないやろ?
動物愛護者:いや、グーグルの創設者の一人、セルゲイ・ブリンも資金を提供してて、
2013年にはすでに試食できるほどになりました。
肉屋が失業?
ブッチャー:ちょ、ちょ、ちょっと待ってや。な、な、なんでそんなものを作りますのや?
動物愛護者:「肉屋」さん、だいぶ動揺してますね。まず、第一に動物の命を奪うことなく
肉を生産できるのが素晴らしいでしょ?
ブッチャー:そら…人間が「食べる」ために動物を「殺す」のは、正直なところ、かわい
そうな気がしてた。
動物愛護者:それに、血管生物学者のマーク・ポスト教授によれば、牛が15gの動物性
タンパク質を体内につくるのに、100gの植物性たんぱく質が必要だと試算
しています。
ブッチャー:あのな、プロレスラーの私がわかるように、簡単に説明してや。
動物愛護者:人間が牛肉を食べるためには、大量のトウモロコシやら麦やらを牛に
食べさせなければならない、ということです。
ブッチャー:そうか、ということは、もし、その飼料を牛に与える必要がなくなったら…
動物愛護者:そう、世界で飢えてる人らが、ご飯やパンを食べられるのです。
ブッチャー:ほんま~かいな、そうかいな!
動物愛護者:おっ、引越しのサカイのネタですね。古いコマーシャルですね。
ブッチャー:ほっといてんか。 引っ越しのサカイって何だ?
動物愛護者:また、イギリス国立国際問題研究所(RIIA)によれば、世界で排出される
温室効果ガスの15%は牛肉生産に起因するということです。
ブッチャー:二酸化炭素のことやな?
動物愛護者:そうです。牛肉をつくるために、二酸化炭素がいっぱい放出されてるのです。
人工肉が完成すれば…
ブッチャー:もし、人工肉を作ることができるようになったら…。
動物愛護者:そう、牛を殺さなくてもよくなります。
ブッチャー:牛が「ウッシッシ」いうて喜ぶやろね。
動物愛護者:…うおっほん。効率的に「工場」で食料が作れるのです。
ブッチャー:「食肉工場」が屠殺場を意味しなくなるわけやね。
動物愛護者:そうです。さらに、二酸化炭素も放出されません。
ブッチャー:ということは、温暖化を食い止められるのやね…?
動物愛護者:そう、いいことだらけです。
牛と豚。人間に都合のよい動物?
ブッチャー:肉屋の店頭に、人工肉ばかりが並んだとするよ。ほんまにそんな肉、みんなが
食べてくれるのやろか。
動物愛護者:例えば、「カニかまぼこ」とか「イクラ」とか、本物と区別がつかないような
人工のモノ、食べたことあるでしょ?
ブッチャー:あるある。本物より本物らしい香りで、カニも本物より食べやすい。
動物愛護者:それからもう一つ。犬とか猿、猫の肉は肉屋では売ってないですね?
ブッチャー:…ほんまや。何でやろ?
動物愛護者:「許されない」という意識が強いのです。
ブッチャー:なんで、牛とブタは「許される」のやろ?
動物愛護者:飼育しやすくて、繁殖させやすくて、絶滅しないから…と、人間は都合の
いい理由をつけています。命に違いはありません。
ブッチャー:人工肉のほうが本物の豚肉や牛肉より安くなる可能性も大きいね?
動物愛護者:そう、わざわざ本物である必要は、なくなるのです。
ミンチだけでなく、サーロインも、カルビも
ブッチャー:ただ、肉を食べるときに、人工的に作られたミンチとかハムみたいな
「ねりもの」ばかりで食べるなんて、オレ様はいやや。魚を、ちくわとか、
かまぼこでしか食べられないのと同じやないか。
動物愛護者:いや、モサ・ミートの設立メンバーの一人、ペーター・ベアストラーターさんに
よれば、いずれは3Dプリンターを使って、さまざまな 部位の「人工肉」を
作ることを考えているそうです。
ブッチャー:ええ?人工肉のステーキとか、ポークチョップも?
動物愛護者:そうです。カルビでもスペアリブ、骨付きでもOKになります。
ブッチャー:そら、ごついなぁ。
動物愛護者:ごついでっせ。
ブッチャー:まね、せんといて。
動物愛護者:すんまへん。
ブッチャー。動物たちの命を守る、ニューヒーロー。
ブッチャー:ということは、人間が食べても腸が吸収しにくい、「ダイエットに最適な
たんぱく質の肉」なんてのも、作りだせるね?
動物愛護者:作れるでしょうね。
ブッチャー:和牛は…霜降り(しもふり)の肉は…つくれるのか?
動物愛護者:驚くほど均一な霜降り肉も、お手のものです。
ブッチャー:菜食主義の人も、食べられる肉だな?
動物愛護者:はい、菜食主義の人たちも大いばりでハンバーガーを食べられます。
ブッチャー:ブッチャーという言葉は、大きな包丁をふりかざして、血だらけになりながら
動物を殺して肉をとっていく、凄みのきいたイメージやから、プロレスラー
とかヘビーメタルのロックバンドが名前にしてるのに…。
動物愛護者:肉屋が人工肉ばかりを扱うことになったら、プロレスラーの名前としては、
あまりインパクトがないかも知れませんね。
ブッチャー:そうか。肉屋が「殺し」にはつながらなくなるわけか…。
動物愛護者:それどころか、ニュー・ブッチャーは、動物たちの命を守るクリーンな
ヒーローになります。野蛮な悪役レスラーがつけてた「肉屋」という名前は、
もはや時代遅れになってしまうのです。
ブッチャー:まあ、にくたらしい。