2019-01
文責:玉木英明
2019年 1月号 和食。ユネスコ無形文化遺産、世界が認める日本の食事
きつねとつる。
つる : キツネくん、あなたが私にごちそうしようと用意してくれたこのお皿のスープ、
全く飲めないじゃないの。
きつね: つるちゃん、君がぼくにごちそうしようと用意してくれたこのつぼのスープも、
全く飲めそうにないよ。
つる : こんな器でスープを私に出すなんて、あなた、ほんとに意地悪ね。
きつね: 君こそ、性格がねじ曲がってるよ。
つる : どうして、日本を代表する端正なファースト・バードの私が、きつねなんかとお話に
登場しなければならないのか、理解に苦しむわ。
きつね: あのね、鳥居(とりい)の両側に、きつねが座ってる神社を知ってるだろう?あれは、
ナニナニ稲荷(いなり)ってよばれてる神社で、五穀豊穣(ごこくほうじょう)、商売繁盛の
神様がいるんだよ。ぼくたちきつねは、そこの「ありがたい神様の使い」だよ。あまり
バカにしないでほしいな。
つる : 何言ってんのよ。「きつねにつままれた顔」ってのは「ぽかんとぬけた顔」だし、
虎の威を借るきつねは「偉いひとのそばで、いばる弱虫」だし、キツネ目とかキツネ顔
なんて言われればうれしくないし、中国語で「狐臭」は「わきが」のことよ。狐という
言葉がつくと、ロクな意味がないわ。
きつね: ふん!
つる : ふん!
きつね: …なぁ、ぼくたち500年以上もこんなこと続けてるの、ばかげてると思わないかい?
つる : そうね…。あなたのつぼと私の皿と、器を入れ替えればいいだけの話よね。
スープか汁か?
つる : ところで、あなた、最近外国へ行ってきたそうね?
きつね: 外国の船に乗り込んで、そのままヨーロッパまで行ってきたのさ。
つる : ただ乗りしたのね?
きつね: ひと聞きが悪いな。乗組員に化けてのせてもらったんだ。
つる : バレなかったの?
きつね: はっぱを頭にのせて、「えいっ」と化ければ簡単さ。
つる : …どんな人に化けたの?
きつね: 船の壁の絵の中にいた、このフランス人さ。
つる : …この人、有名な人じゃなかったっけ?
きつね: 知らないなぁ。ただ、会う人みんなに「セント・ヘレナはどうでした?」って
聞かれたけどね。
つる : 何をしにヨーロッパまで行ってきたの?
きつね: おいしいヨーロッパのスープを食べるためさ。
ポタージュ、オニオンスープ、
フランスのブイヤベース、スイスのフォンデュ、
イタリアのミネストローネ、スペインのガスパッチョ、
ドイツのアイント・プフ。どれも美味しかったよ。
つる : 私は日本食が好きよ。おだしのきいた「みそ汁」の方がいいわ。
きつね: あのね、和食の「しる」なんて簡素で貧乏くさいもの、ぼくは食べないよ。洋食の方が
断然かっこいいよ。
つる : あなた、何も知らないのね。和食は、ユネスコの無形文化遺産に登録されたのよ。
世界が注目する和食の良さ
きつね: 和食のどこがいいの?何でもかんでも、しょうゆにつけて食べれば「和食」でしょ?
つる : よく考えてごらんなさい。和食では、四季折々の新鮮で多様な海の幸や山の幸を、
出汁をつかっておいしく調理してるでしょ?
きつね: 肉のほうが、ぼくは好きさ。
つる : お魚ひとつとってみても、お刺身だったり焼いたり煮たり、時として蒸したり、
ひものにしたり、様々な調理法で素敵なごちそうに仕上げられてるでしょ?
きつね: ぼくならハンバーグを食べるね。
つる : 和食は動物性油脂が少ないことから「栄養バランスに優れている」食事として世界的に
評価が高いのよ。それに「ごはん」を主食として食べることも、「出汁」の「うまみ」を
上手に使うことも、糖分と脂肪分をおさえることに役だっているのよ。
きつね: ぼくは、バーベキューがいいね。ぶつ切りの野菜や肉を、あみの上で火であぶって
食べるんだ。フォークと皿があれば充分だ。
つる : 和食が無形文化遺産に登録された理由の3つめが、「食事の場において自然の美しさや
季節の移ろいを表現した盛りつけ」なのよ。料理に花や葉をあしらったり、自然の事物を
表す「美意識」が根底にあるのよ。和食は、お刺身の舟盛りもお鍋やお皿も、すべてに
季節感がふんだんに使われた「アート」なのよ。
きつね: 皿にのせてある花や葉っぱ、食べられないでしょ?いつだったか、まちがって菊の花を
食べちゃったことがあったけれど、まずかったよ。
つる : 菊の花や紅葉が添えてあるなんて、とても素敵だとは思わない?
きつね: もう一つ言わせてもらうけど、「ふ」や「ゆば」なんて、何がおいしいの?
つる : 「ふ」は水でねった小麦粉に含まれるタンパク質なのよ。ゆでた「生麩(なまふ)」や
「焼き麩」、油で揚げた「揚げ麩」、乾燥させた「乾燥麩」、いずれも異なる食感の
素材よ。すき焼きで麩が入ってると美味しいでしょ?
きつね: ぼくは、一年中マクドナルドのハンバーガーでもいいよ。
つる : 年中の日本の行事と密接な関わりを持っていることも、社会的習慣を尊重した和食の
特徴として世界が注目してるのよ。お正月はおせち料理やお雑煮、大晦日の年越しそば、
赤ちゃんの「お食い初め」も、人生の節目の儀礼に和食が密接な関わりを持っている例よ。
変な和食。
きつね: ぼくが、海外で船で立ち寄った所には、いろんな和食があったよ。
つる : たとえば?
きつね: ウクライナの「フルーツ寿司」は、巻き寿司に桃やリンゴ、イチゴがのってたよ。
つる : お寿司というよりは、ケーキみたいね。
きつね: 台湾では、みそ汁によくレモン汁を入れるし、アボカドも入れてたよ。
つる : やるわね。
きつね: 大皿の真ん中にうやうやしく盛りつけられて出てきた「たくあん」もびっくりしたね。
つる : ナイフとフォークでいただくのかしら?
きつね: ウインナーののった「ドイツ寿司」は、なぜか懐かしいんだよ。母ちゃんが弁当に
入れてくれたおにぎりとウインナーに近い。
つる : これ、真面目に売ってるの?
きつね: カニとマンゴーの磯巻きも、圧巻だよ。
つる : 果物だけデザートでいただけないかしら?
きつね: イタリアで見た、「サーモンののったエビフライ寿司」もごつかった。
つる : お寿司の中にフライ?
きつね: ミンチのマカロニ巻きなんてお寿司もあった。
つる : ごはんの代わりにマカロニね?お箸でいただかなくてもよさそうな気がするわね。
きつね: ほら見て。いろとりどり寿司。きれいだろ?
つる : ブルーのいくら?いくら…なんでも。
きつね: 世界中で和食がどんどん変化してるんだよ。日本人が自分たちの感覚だけで「変だ」と
決めつけるのはどうだろう?
つる : そのとおりね。もしかすると、これからもっとワクワクするような「和食」に出会う
ことができるかもしれないわね。
変な洋食。
つる : きつねくん、日本に持ち込まれて、大きく変化してしまった洋食もあること、知ってる?
きつね: たとえば?
つる : 「たらこスパゲティ」はイタリアにはないわ。
きつね: あれって、すごくおいしいじゃない?
つる : そのとおりね。日本に来たイタリア人も「とてもおいしい」と言ってたわよ。
きつね: 日本人は「素材のよさ」を活かしながら、日本人好みに変化させるのが上手だよね。
つる : 確かにそうね。だから、日本国内の食堂やレストランはいろんなものが、とても
美味しいと評判よね。
きつね: フランスのシェフが華やかな食事の盛りつけや「だし」や「うまみ」を学ぶのに
日本に修行に来たという話も聞いたことがあるわ。
日本人の感覚が変わってきた
きつね: 日本人が「いただきます」や「ごちそうさま」を言うことはすごくいいと思うよ。
ただ、箸の使い方や食事のマナーは、世代ごとにゆるくなってきてるような気がするね。
つる : そうね。日本の食生活が、一汁三菜のごはんと味噌汁をベースにした健康的な食生活で
なくなってきたのも気になるわ。マンションで魚を焼くのは気がひけるからというので
食べる回数自体が少なくなってきたとも聞くわ。
きつね: いそがしくて、自分ではおせち料理を作らないという話もあるね。
つる : そりゃ共働きの夫婦が、年末に豆を煮る時間も充分にないでしょうね。スーパー
マーケットで売っているお総菜を買った方が便利だわ。
きつね: ということは、文化の継承を確実にできているかどうか、あやしいじゃない?
つる : でも、私達日本人の食生活、和食が世界で注目されてるのは事実よ。
きつね: なあ、つるちゃん、ぼくも健康で長生きしたい。メタボも気になるし、どうしたら
いいと思う?
つる : 和食を食べればいいのよ。あなたの山にも「たけのこ」や「ふき」があるでしょ?
きつね: 実は、ぼくが大好きな和食が、一つだけあるんだけれど…。
つる : え?ほんとう?
きつね: ああ。あれならいくらでも食べられるよ。ねえ、食べさせてくれる?
つる : いいわよ。それはなにかしら?
きつね: あぶらあげ。