2020-01

文責:玉木英明

2020年 1月号 月は誰のもの?アポロの着陸から50年、野望をもつ国々が

越後屋と代官が…

代官: おい、越後屋。

商人: はい、お代官様。

代官: あの話は、どうなった?

商人: …何の話でございましょう?

代官: ええい、じらすな。おぬしに手にいれてくれと頼んでおいた、あれじゃ。

商人: へっへっへ…お代官様も、すみに置けませんなぁ。

代官: あの美しさに、わしは心底ほれてしまったのじゃ。

商人: それにしても「月」をひとりじめしようというのは、いかがなものかと…

代官: ええい、うるさい。わしの好みにケチをつけるな。

商人: 承知いたしました。ただし、少しばかり色をつけていただかねばなりませんよ。

代官: わかっておるわ。おぬしの乱暴な立ち振る舞いに、目をつぶっておればよいのじゃろ?

商人: へっへっへ…さようにとりはからっていただければ、幸い至極にございます。

代官: それにしても、越後屋、おぬしも悪よのう。

商人: いえいえ、お代官様ほどでは…。

代官: では、たのんだぞ。楽しみにしておるぞ!

商人: 今しばらくお待ち下さい。すでに手下の者どもに下調べをさせておりますゆえ。

月の覇権

商人: お、お、お代官様!

代官: どうした、騒々しい。

商人: た、たいへんでございます!

代官: 大きな声を出すなと言っておるじゃろ?どうしたのじゃ?

商人: お代官様のお気に入りの「月」に、すでに他の者が手を出している模様なのでございます。

代官: …知っておるぞ。アメリカのアームストロングという男がアポロで1969年に月に降り立った

話じゃろ?

商人: その後12人もの米国人が月に降り立ったそうです!

代官: まあ、あわてるな。アメリカのアポロ計画は1972年に終了しておる。

商人: アメリカだけではありません。「月」の周りは「ソ連」という国もうろついているらしい

     のです。

代官: 心配するな。「ソ連」という国は30年も前に崩壊した。わしは、心の広い男じゃ。何十年も

      前の話など気にせぬわ。

アメリカ、ソ連、さらに…

商人: ほんとうに、いいのですね?

代官: 見よ。「月」は、あんなに美しいままじゃ。

商人: 数年前から、中国が無人探査機を軟着陸させていますが…

代官: な…なんじゃと…?あの中国も月面に宇宙船を軟着陸させているというのか?そんな話、

     聞いたことないぞ!

商人: 嫦娥3号(じょうが3ごう)という月探査機、2013年の12月からです。

代官: 中国の宇宙船が、ほんとうに月まで行ったのか?あやしいぞ。

商人: 月に天体望遠鏡をもちこんで、世界初の月面からの天体観測を実施しました。その時

      撮ったM101渦巻銀河の写真が公開されています。

代官: ほ、ほ、ほんまかいな?

商人: ほんまです。お代官様は、関西出身だったのですね?

代官: 動揺すると、なまるのだ。…まあ、よい。月面に天体望遠鏡を持ち込んだくらいで心を

      乱すのはやめよう。

商人: さらに6つの車輪で走行する月面車「玉兎号」(ぎょくとごう)も月面に降ろしました。

代官: …あのな、中国の話だ。どうせラジコンカーみたいなものを「月面車」と呼んでるのじゃろ?

商人: その玉兎号、120kgも重量があるそうです。

代官: な、な、なんと!充分に人が乗れる大きさではないか!

商人: さらに中国は、今年1月にも、人類が足を踏み入れたことのない月の裏側にも、嫦娥4号

     (じょうが4ごう)を軟着陸させたそうです。

代官: …あのな、中国の話。どうせ…

商人: その時降ろされた月面車は、過酷な温度の「月の夜」を7ヶ月も故障無しに動き続けて

     いて、小さなクレーターでゲル状の物質を発見したそうです!

代官: 大きな声を出すな!それに、つばも飛んでおる!

さらに次々と…

代官: おい越後屋、月の周りでうろうろしておるのは、中国だけか?

商人: お代官様、実は…

代官: なんじゃ、その歯切れの悪い返事は!まさか、中国以外にねらっておる者がいるわけでは

     ないじゃろうな?

商人: それが、インドも…。

代官: ばかをいうな。あの人口が多くて、カレーばかり食べる国、しかも手で…

商人: 先日9月7日、インドの「チャンドラヤーン2号」から切り離された月面着陸機

     「ビクラム」が着陸態勢にはいりました。

代官: な、な、なんと!それで、着陸は成功したのか?

商人: いえ、いよいよ着陸という最後の段階で、交信が途絶えたそうです。

代官: ふう~、それを聞いて安心した。中国に続いてインドまで月に着陸機を送り込んだとする

     ならば、許し難い。

商人: お代官様、まだ他にもいるのですが…

代官: なんじゃと?どこのどいつだ!

商人: 今年4月、イスラエルの民間団体が探査機「ベシレート」(ヘブライ語ではじまりの意)

      で月面への軟着陸を試みました。

代官: い、い、イスラエル?中東の?

商人: そうです。着陸残り数分で通信が途絶え、探査機は月面に衝突したということです。

軍事のため?

代官: おい、越後屋。

商人: お代官様、声がふるえております。

代官: なぜ、みんな「月に降り立つ」ことに固執するのじゃ?

商人: お代官様、これらの国の目標は「月に降り立つ」ことではありません。

代官: な、何がしたいというのじゃ?

商人: 中国は、国家戦略上の科学研究基地を、月面に建設するつもりです。

代官: 軍事目的か?

商人: そうです。中国の空間技術研究院(CAST)の嫦娥4号の設計責任者・孫沢洲

     (スン・ツォーチョー)によれば、月の同じエリアに何機もの探査機を正確に

     着陸させて、複合施設を組み立てるつもりだそうです。

代官: あのな、日本だって宇宙航空研究開発機構(JAXAジャクサ)ががんばっておって…

商人: JAXA を管理しているのは文部科学省であり、学術と産業の発展が目標です。

代官: 中国の…中国の目標は何だというのだ?

商人: 習近平国家主席は、月面は軍事的に非常に重要だと演説しています。

代官: 日本を守るのなら、自衛隊が…

商人: 陸、海、空という感覚は、もはや日本だけのものです。ロケット軍、宇宙戦争、

サイバー戦争、電子戦争すべてを含む戦略に「月面」が非常に重要なのだそうです。

資源のため?

代官: おい、越後屋。

商人: お代官様、涙目でございますね。

代官: あの美しい「月」を、軍事的な拠点として考えるとは、ひどいとは思わぬか?

商人: インドの探査機は、月の南極付近に眠るヘリウム3を手に入れるためだというのです。

代官: ヘリウム3?

商人: そうです。原子力発電のための優秀な燃料です。

代官: あのな、原子力発電は津波でやられて炉心がとけて、半径30kmの人たちが逃げて…

商人: 世界の人口は2050年には90億人に達します。その人口を養うためのエネルギーとして、

ヘリウム3を使う原子力発電が必要とインドは主張しているのです。

代官: ほんま…かいな…。

商人: 月の資源の所有権の争奪戦が始まっているのです。適切な法的な枠はありません。

遠い未来への投資とは

代官: おい、越後屋。

商人: はい、お代官様。

代官: わが国民は、月を見ているだけか?

商人: 日本の発展に「月が必要だ」と国民を説得することは至難の技でしょうね。それに原子力

発電に関しては、東日本大震災以後、反対しなければ袋だたきにあう状態です。

代官: わしが代官をしているここ何年かはそれでもいいが、100年後の日本の繁栄を考えると、

今の余力のあるうちに、未来への投資をしなければならぬと思うのだが。

商人: しかしお代官様、日本は月に基地をつくる前に、保育所をつくらなければなりません。

代官: おい越後屋、こんなところで密談をしている場合ではないような気がするのじゃが。

商人: さようですね、お代官様。

代官: どうじゃ越後屋、わしらが手を組んで、月や宇宙を上手に活用する方法を考えないか?

商人: お代官様、大賛成でございます。

代官: ようし、やる気がわいてきた。何から手をつけようか?

商人: お代官様、まず私たちの会話に、日本の宇宙開発を支援することばをいれましょう。

代官: よし、越後屋。おぬしもジャクサのう。

商人: いえいえ、お種子島(たねがしま)ほどでは…。

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