2013-05
文:玉木英明
2013年 5月号 PM2.5。中国をおおう暗い雲を晴らすには
中国の都会のすさまじい大気汚染。
ゾウ:なんか…鼻がムズムズするぞぅ。それに、くさいぞぅ。
スカンク:失礼ね!私がスカンクだからって、近くによって来て「くさい」
だなんて、ひどいわ。私はスカンジナビア半島からやってきた正真
正銘のスカンクよ。だいたい、鼻で物をつかんで食べるなんて、あなた
変よ!そんな動物、みんなで総スカンだわ。
ゾウ:ようしゃべるやっちゃなぁ。あのな、べつに、君がくさいというてるの
とちがうのや。
スカンク:じゃあ、いったい何なのよ。大きな体にキバがあるからって、いばら
ないでよ!…あら、あなた、泣いてるの?
ゾウ:いや、悲しいわけとちがうのやけれど、涙が止まらないのや。それに、
目がかすむのや。
スカンク:私も、実は最近、鼻水が止まらないのよ。どうしたっていうのかしら?
ゾウ:新聞に書いてあったのやけれど、どうも、原因は中国にあるらしい。
スカンク:どういうこと?
ゾウ:先日、上海動物園のパンダくんがフェイスブックでいうてた。PM2.5の
ことや。
スカンク:午後2時半のこと?
ゾウ:ちがうちがう。空気中に漂っている微小粒子で、直径が2.5μm
(マイクロメートル)以下なので、英語のParticulate Matter
(微小物質)の頭文字をとってPM2.5いうのや。
スカンク:そういえば、私もテレビで見たわ。北京は昼間でも薄暗く感じるくらい
大気汚染がひどいんですって?
ゾウ:中国の都市部に住んでいる人口は、5.6億人いるのやけれど、そのうち
EU(欧州連合)の安全基準を満たす空気を吸っている人は、1%しか
いないらしい。
スカンク:…病気になるじゃないの?
ゾウ:そうや。この30年間で、中国の肺がんによる死亡数が4.6倍になった。
北京ではこの10年間で肺がんの死亡者数は、6倍になったというのや。
原因は、自動車の排気ガス?
スカンク:病気の原因は、ほんとに大気汚染なの?中国の人たちのすうタバコじゃ
ないの?
ゾウ:いや、ここ10年のあいだに、中国の喫煙率はそんなに上がってない。
スカンク:じゃぁ、中国を走る自動車の排気ガスが原因なの?
ゾウ:それもある。ここ数年で中国の自動車の数は、爆発的に増えた。
スカンク:でも、日本だってこのせまい土地にすごい数の自動車が走ってるでしょ?
…ガソリンの品質が悪いの?
ゾウ:それもある。ガソリンを精製するときに、石油に含まれる硫黄を取り除く
「脱硫」いう作業の基準が、中国はあまい。
スカンク:でも、北京や上海、重慶の空に、灰色のスモッグがたれこめている理由は
たったそれだけ?
ゾウ:実はPM2.5の正体は、中国で石炭を燃やすときに出る煤塵(ばいじん)が
ほとんどらしい。
スカンク:煤塵(ばいじん)?それって、「すす」のこと?
ゾウ:そうや。石炭を燃やすと、どうしても煤塵が出る。
スカンク:中国じゃ、まだ石炭なんてつかってるの?
中国は世界最大の産炭国
ゾウ:日本では、エネルギーの主流が石油に移行したのだけれど、アメリカや
ドイツ、中国では、今でも石炭は最も重要なエネルギー源や。
スカンク:蒸気機関車を走らせる、あの煙モクモクの石炭でしょ?
ゾウ:石炭=蒸気機関と考えるのは、ちょっと古いな。それに、石炭は煙を
出さないように使うこともできるし、液化して使うこともできる。
スカンク:透明な石油の方が、クリーンなイメージがしまっせ。
ゾウ:それは、あんたが灯油しか思い描かないからや。石油だって原油は
ドロドロのスープで、それを蒸留することであの透明なガソリンや
灯油が得られてるわけや。真っ黒のコールタールかて石油から得る
ものやで。
スカンク:そうか。石油も、もとは真っ黒の有機物のスープなのやね。
ゾウ:そうや。ただ、石油であろうと石炭であろうと、日本はエネルギーは
海外から買うしかない。けど、中国は世界最大の産炭国や。燃える石が
自分の国の地下に眠っているわけや。
スカンク:「産油国」いうことばはよく使うけれど、産炭国いうのはあまり聞きま
せんでぇ。
ゾウ:それは、日本のニュースに中東の石油ばかりが話題にのぼるからや。
日本にも1990年代までは、炭鉱はいっぱいあったのや。
スカンク:聞いたことありまっせ。
「月がぁ~、でたでた~、つきがぁーあ出た~、あよいよい」
いうて三波春夫が炭坑節を歌ってましたなぁ。三池炭鉱の歌やったね。
ゾウ:あんたも古いなぁ。三波春夫を知ってるなんて…50歳以上やね?
スカンク:ほっといてんか。
ゾウ:中国の石炭は、日本人の考えるトンネルみたいな「炭鉱」を掘って
手に入れるのとちがう。「露天掘り」いうて、出てきた石炭の地層を
土地の表面を削りながら掘っていくのや。
スカンク:エレベーターで地中深くまで入り込んでいくのとちがうのやね?。
ゾウ:そうや。これが、中国の石炭が安く手にはいる理由でもあるのや。
経済成長と国民の健康、どちらをとるか
スカンク:中国は、石炭を使うのを、やめたらええのや。
ゾウ:あかん、あかん。中国の近年の力強い経済成長は、中国共産党にとって
一党独裁の大事な根拠になるものや。環境を犠牲にしても、経済成長を
続けないと、あかん。
スカンク:国民の健康と、国の経済成長と、中国はどっちが大事なんでっしゃろ?
ゾウ:今は、経済成長や。
スカンク:なんやて?!そんな、むちゃなことがありますかいな!はよ、何とか
せんと取り返しのつかんことになりまっせ!
ゾウ:あのなぁ、耳元で大きな声をだしないな。ほんで、つばが飛んでまっせ。
スカンク:PM2.5は、肺にいたるまでに、気管やら気管支のせん毛に引っかかりま
せんのか?
ゾウ:それが、あかんのや。肺胞にまで入り込むほど、小さいのや。
スカンク:どない…なりますのや?
ゾウ:呼吸や血流に問題のある人がPM2.5を吸い込むと、肺胞自体の機能が
さらに低下して症状が深刻なまでに悪化する。
どこの国の、誰が、どうすれば?
スカンク:経済の成長に気をとられて、人間が住む環境が、どんどんひどくなって
いく…。うっうっ…
ゾウ:怒ったり泣いたり、忙しい人、いやスカンクやな。
スカンク:いや、どうしたら、どうしたらよろしいのや?
ゾウ:日本かて、環境問題に「うとい」時代があった。水俣病やら四日市ぜん
そく、イタイイタイ病なんて病気がいろんな地域で発生した。あれかて、
日本が経済成長を最優先にした結果やというても過言でない。
スカンク:中国には、スモッグ以外には汚染はありませんのか?
ゾウ:残念ながら、中国には空気だけと違って、土壌、水、海、あらゆるもの
に汚染とか歪みとかが出始めてる。
スカンク:となりの日本に住んでる私らに、何かできまへんのか?
ゾウ:ようけ、ある。
スカンク:な、な、なんですのや?それは?
ゾウ:日本の環境基準や、法律の運用、さらには監視の体制やらを、先輩と
して伝えてあげないといかん。
スカンク:日本は、環境保全の「先進国」いうわけやね?
ゾウ:平和な時は「そうや」と答えられる。
スカンク:平和な時?
ゾウ:そう。日本かて、「大地震」「大津波」で爆発した原子力発電所がある
やないか。放射能漏れで住民が近寄ることすらできない気の毒な地域が
あることを、忘れたらあかん。
スカンク:自然の中で、調和を保てるよう、すべての国の人たちが、息の長い付き
合いをしていかなあかんのやね。
ゾウ:そう。だから、ぼくの鼻は長くなったのや。