2017-11

文責:玉木英明

     2017年 11月号 病院がつぶれる?診療報酬の引き下げで民間病院は

ブラックジャックとピノコが…

ピノコ: アッチョンプリケ!

ブラックジャック: そのセリフは、かなり年輩の人しか知らないぞ、ピノコ。

ピノコ: だってブラックジャック、私たち40年も前のマンガの登場人物なのよさ。

 B.J. : わかってる。私も、自分が手塚治虫の生み出した一匹狼の医師であることを、

  ゆっくりと自己紹介したいのだが、そうもしていられないのだ。

ピノコ: どうしたっていうのよ?

 B.J. : 日本中の病院が、経済的に大変なのだ。

ピノコ: 病院がつぶれるわけないでしょ?

 B.J. : 福島第一原発から22kmの場所に高野病院というのがある。

ピノコ: あの東北大震災で大津波の来たところ?

 B.J. : そうだ。そのあたりに一つだけ残った病院で、1年前まで81歳の病院長が、

一人でがんばって診療を続けてた。

ピノコ: かなり高齢の人ね。

 B.J. : そう、普通なら、医者を引退して、のんびり隠居生活を送っていても不思議でない

年齢だ。震災でひどい状態になってしまった場所で、医師としての使命感で

がんばってたんだよ。

ピノコ: そのお医者さん、どうかしたの?

 B.J. : 去年の年末に、自宅が火事になって、亡くなってしまったんだ。

ピノコ: え?病院は…病院はどうなったの?

 B.J. : 100人の入院患者、20人の外来、夜間の救急患者、この地域に帰ってきた人達、

廃炉作業にあたってる人達の病院が、消えることになった。

ピノコ: あかんがな…。

 B.J. : ピノコは、関西の出身だったのだね?

ピノコ: 動揺すると、なまるのよさ。

一人の医師で24時間、365日?

ピノコ: 助けてあげなきゃ!

 B.J. : すぐに助けにきてくれた医師もいたし、高野病院を支援する会を作って、ボランティアの

医師がやってきて診療をつないでくれてた。でも、それも9月で終わってしまったんだ。

ピノコ: 何とかしないと!

 B.J. : ただ、問題は、この福島の高野病院だけじゃないんだ。

ピノコ: どういうこと?

 B.J. : 地方の個人病院は、正直言って経営が大変なのだ。

ピノコ: どうして?

 B.J. : 医療行為を行うのは、医師しかできない。だから「助手」とか「看護師」が代わりに

診察を行えない。

ピノコ: あたりまえじゃない?

 B.J. : だから、一人の医師で、24時間365日やっている病院も珍しくないのさ。

ピノコ: えげつないやないの。

 B.J. : 関西なまりが出たところをみると、また動揺したね。

ピノコ: バレたか。

 B.J. : 日本の病院の約1割がこういう病院さ。多くが民間病院で、院長は自分が病気になる

わけにもいかない。

ピノコ: …院長が重大な病気になったり、死んだりしたら…?

 B.J. : 病院がつぶれる。

ピノコ: アッチョンプリケ!

地域にとって病院とは

ピノコ: ねえ、ブラックジャック、病院って地域になくてはならないものでしょ?

 B.J. : そう、大人も子供も老人も、生活を送る上でとても重要なインフラだ。

ピノコ: どうして地方の病院の経営が難しくなってきたの?

 B.J. : 政府が医療費をおさえるために、診療報酬を毎年下げてるからさ。

ピノコ: 診療報酬?

 B.J. : そう、医療の価格のことさ。

ピノコ: どうして医療の価格を下げるの?

 B.J. : ピノコも健康保険に入ってて、病院で3割しかお金を払わないだろ?ということは、

7割は政府が払ってくれてる。これから高齢者が増えていけば、さらに政府の負担が

大きくなっていく。だから、単価を下げるんだ。

ピノコ: 診療報酬が少なくなるということは、病院の収入がへるわけでしょ?

 B.J. : その通りだ。だから、それぞれの病院は、常勤の医師や看護師の数を減らして、

コストの削減をしなけりゃならないんだ。

ピノコ: お医者さんの数を減らす?そんなことしたら、さらに一人一人のお医者さんの仕事が

大変になるじゃないの?

 B.J. : その通りだ。

ピノコ: …あかんやないの?

 B.J. : あきまへん。

ピノコ: まねせんとって。

 B.J. : すんまへん。

首都圏の病院でも

ピノコ: 都会の病院なら大丈夫なの?

 B.J. : 実は都会の私立病院も経営が大変なんだ。日本医大や東京女子医大の付属病院なんか、

経営が急速に悪くなってるのだ。特に少子化で、産科や小児科のような

「お客様の減っている」部署をもつ総合病院は困ってる。

ピノコ: でも、都会は患者さんがたくさんいるじゃないの?

 B.J. : 都会の病院では、建物や医療機械に多額の投資をしなければならないし、看護師の

人件費も高い。ところが診療報酬は全国一律だから、利益率がわるいのだ。

ピノコ: 都会には、お医者さんはたくさんいるでしょ?

 B.J. : ああ、いるよ。だから逆に、一番最初にコストカットしやすいのが医師で、

給与が下がっていって労働時間が増えるんだ。

ピノコ: お医者さんの給料って…いくらくらいなの?

 B.J. : 私立大学病院の医師の給与は、手取りで30万円くらいというのも珍しくない。

土日も出勤だし、これでは生活できないのでアルバイトをするんだ。

ピノコ: お医者さんがアルバイト?

 B.J. : 若いお医者さんは、病院の夜勤などを引き受けるんだ。正規で働く医師よりも、

アルバイトの数の方が多い病院もある。休みなしで働いているから、医師自身の

集中力も下がる。医療事故が増えたり、収益を上げるための製薬企業との癒着は、

みんなこのあたりが原因だろうと言われてるんだ。

病院の救済には税金が使えない

ピノコ: 病院は、とても大切なものでしょ?だったら、経営の行きづまった病院は、

国でも県でもいいから、税金で助けてあげるわけにはいかないの?

 B.J. : 個人の病院は、会社と同じ「私物」だから、税金では助けられないのだよ。

ピノコ: でも、東北大震災でこわれた東京電力の福島第一原発には、税金から数千億円が

投入されるって聞いたわよ。

 B.J. : そう、政府は同じ民間でも電力会社には多額のお金が投入できるのに、

ライフラインである病院にはお金を入れられないのさ。どうやって、病院を救済して

いくかのコンセンサス(みんなの合意)が必要なんだ。

遠隔診療、AI診療、外国人医師

ピノコ: お医者さんの手間を減らす方法はないの?

 B.J. : たとえば?

ピノコ: スカイプみたいなものを用いて診療したら、お医者さんが往診に行かなくてもすむから、

時間もかからないし、検査が必要な時だけ病院に来てもらえば、費用も安くなる

じゃない?

 B.J. : ああ、そういうのを遠隔診療といって、実験的にもう始めてる所もあるよ。さらに、

症状の詳細を入力すると、どんな病気の可能性があるかをかなり正確に示すことが

できるAI(人工知能)による診療も、研究が進められてる。

ピノコ: 外国人のお医者さんや看護師さんに来てもらうのは、どう?

 B.J. : たとえば、フィリピンのお医者さんの月収は20万円ほど、看護師さんは6万円ほどだ。

日本で働きたいと思ってる人はたくさんいるんだよ。

ピノコ: やっぱり、日本語が大きなハードル?

 B.J. : そうだね。医療用の言葉、特に漢字を使う言葉は、ただでさえ多く身につけなきゃ

ならない知識の量を、飛躍的に増やすことになる。だから、日本語で

コミュニケーションをとる必要があまりない部署で、外国人医師が働けるような

資格やシステムも、考え始める必要があるね。

ピノコ: 経験豊かな腕のいいお医者さんの診療と、経験浅い未熟なお医者さんや腕の悪い

お医者さんの診療が、同じ「診療報酬」だというのも変だと思うのだけど?

 B.J. : いろいろな議論が必要だ。

ピノコ: ブラックジャック、あんたみたいに値段が高くても腕のいい一匹オオカミの医師は、

日本では生きていけないのかしら?

 B.J. : いや、最近では「大門未知子」がいるよ。

ピノコ: あの、手術をした後に、ガムシロップを飲む、手術を絶対失敗しない女医さん?

 B.J. : 御意(ぎょい)。!