2020-06
文責:玉木英明
2020年 6月号 感染症との戦いの歴史。あつめよ人類の英知と勇気
博士が…
博士: とうとう見つけたぞ!
細菌: し、しまった!見つかった!
博士: 全ての細菌たちが集まる、こんな隠れ家があったとは!
細菌: あ、あなたは、日本のお札にのっていた野口…。
博士: 問答無用だ!次々と感染して人間を困らせる悪どもめ、成敗(せいばい)してやる!
細菌: お、お願いです!見のがしてください!
博士: だめだ!おまえたちがはびこって、悪さをしてるのは知ってるぞ!
細菌: お、お、おゆるしを!
博士: 言え!おまえたち悪の一味、新型コロナウイルスの弱点を!
細菌: い、言えません!
博士: わかった。じゃあ、おまえからあの世へ送ってやる。
細菌: ひええ~!おとなしくしますから、どうぞおゆるしを!
博士: 世界中がウイルスで疲弊している中でのタマキタイムズ、感染症の話題以外にスポットを
当てづらくて申し訳ないが、この際だ。おまえたちを徹底的にこらしめてやる!
感染症の隠れ家で
博士: よし、この隠れ家にいる感染症を、一匹ずつ前へ出せ。
細菌: は、はい、こいつが「水虫」、こっちが「いんきん」、それから、そっちが頭にできる
「しらくも」、体にできる「ぜにたむし」でございます。
博士: 名前を聞くだけで、かゆくなりそうな連中だな。
細菌: 日本では1000万人を超える患者がいます。
博士: なんと!10人に一人が感染しているというのだな?
細菌: 白癬菌(はくせんきん)というカビの一種が皮膚に感染してうつります。
博士: カビの一種が皮膚につく?
細菌: 足にできる「水虫」も、またにできる「いんきん」も、例えばテニスの試合会場で
水虫を患う先輩から靴を借りたりすれば、一発でうつります。
博士: なんだか、筆者の経験談みたいだな。
細菌: それから、ここにいるのが「ものもらい」、またの名を「めばちこ」「めいぼ」です。
博士: 麦粒腫(ばくりゅうしゅ)の感染症の一味だな?なんでこいつたちは目のふちばかりに
できるのだ?
細菌: こいつたちは、まぶたのふちにある汗腺や、まつげの毛根への細菌感染でふえます。
博士: 「ものもらい」のできてるお姉ちゃんのタオルをちょっと借りて使うとダメなのだな?
細菌: そのとおりです。
性感染症
博士: 人間の生死に直接関係ない感染症ばかりでなくて、もっと幹部の連中をここに出せ。
細菌: は、はい、では、こいつらをどうぞ。
博士: この連中は、やけに表情が暗いな。
細菌: はい、あまり人に知られたくない感染症たちです。
博士: 人に知られてうれしい感染症なんてあるのか?
細菌: 彼女が日本人の100万人が感染しているというクラミジアです。
性感染症です。エイズも彼女の一味です。
博士: クラミジアをよぶ代名詞は「彼女」なのだな?
細菌: あと、ここで熱っぽい顔をして座っているのが「風邪(かぜ)」、
おなかをおさえているのが「食中毒」です。
博士: いずれも、ゲソッとした顔をしているな。
細菌: いえ、ゲリッとさせるのが得意です。
天然痘
博士: そっちの奴は、年をとって元気がないな。
細菌: 彼が「天然痘(てんねんとう)」です。古くはエジプトのミイラにも
天然痘の痕跡がありますし、日本では6世紀、アメリカではコロンブスの
新大陸上陸によって15世紀に大流行しました。50年間で人口が8000万人から
1000万人にまで減るほど死人がでました。
博士: すごい数だな。そんなにすごい奴なのに、なんで元気がないのだ?
細菌: 1980年に人類が根絶しました。
博士: なるほど。玉木先生が高校生の頃、海外に行くのに天然痘の予防接種が必要だったと
いう話を聞いたことがある。ということは、彼は何歳だ?
細菌: しっ!彼の年齢の話はタブーでございます。
ペスト
博士: そっちの黒い顔したやつはだれだ?
細菌: ペストです。「黒死病」とよばれる彼は、14世紀には世界人口4.5億人の22%、
1億人を死亡させました。
博士: それもすさまじいな。どうすればそんなに広がるのだ?
細菌: ペストは「人獣共通感染症」で、ネズミを宿主としてうつるのです。
博士: ペストの致死率はどれくらいだ?
細菌: 治療しなければ、6割~9割が死にます。英国やイタリアでは感染者の8割が死亡した
といわれます。村や町が全滅した話も多数あります。感染すると皮膚が内出血に
よって黒紫色になるのです。黒くなって死ぬなんて、おそろしさの極みで
ございましょう? ひっひっひっ。
博士: 突然、えぐい笑い方をするな。
細菌: 英語で伝染病をplague(プレイグ)といいますが、この単語はこのままペストを
意味します。 実は、14世紀にはイギリスでは、英語に加えてフランス語、
また聖職者たちはラテン語も使っていたのですが、ペストの流行で、いっぺんに
フランス語とラテン語が消えてしまったそうです。
博士: なるほど。イギリスの公用語が英語になったのは、ペストが理由といっても
過言でないわけだな。
細菌: そのとおりです。
博士: 原因をつきとめたのは…?
細菌: 日本の北里柴三郎です。19世紀末に原因菌を発見しました。今は有効な感染防止策が
あります。
博士: そうか。ではペストの感染は止まったのだな?
細菌: いえ、2004-2015年の間に世界で56734人がペストに感染して4651人が死んでいます。
博士: 今も根絶できてないのだな?
細菌: はい、まだペストはがんばっております。
博士: まさか日本で、ペストは暴れなかっただろうな?
細菌: それが、1899年~1926年までに2905人がペストに感染して、2420人が死にました。
博士: すごい致死率だな。
細菌: はい、彼はとことん無茶するので、仲間うちでも少しは加減しろといわれています。
博士: これだけ致死率が大きいと、戦争の道具として使われないか?
細菌: はい、紀元前3世紀にマケドニアのアレクサンドロスが、フェニキア人のティルスへ
攻め入った時、長期間抵抗されて、陥落をあきらめようとしていた時、たまたま自分の
兵士が1人ペストで死んだのでその着衣を敵の飲水用泉に投げ入れたところ、
数日のうちにフェニキア人数千名が倒れ、勝利したそうです。
博士: 生物兵器じゃないか。実にけしからんやつだ。
細菌: 鉄砲や爆弾よりも小型で破壊力が大きいといえます。
博士: 西村寿行の「滅びの笛」「滅びの宴」という、ペスト菌をもったネズミが日本で
大発生する小説を読んだぞ。
細菌: はい、あれで、ペストは当時ブレイクしたそうです。
パンデミック
博士: そっちで座っている感染症は、ずいぶん貫禄があるじゃないか。
細菌: はい、年齢順に「スペインかぜ」「香港かぜ」、若いのが「新型インフルエンザ」です。
博士: こっちの特に若いやつらは?
細菌: はい、今もアフリカや東南アジアを拠点に活動している「エイズ」、
狂牛病とコラボしていると噂の高い「プリオン病」、
人と鳥の間の感染を疑われている「鳥インフルエンザ」、
そして、デビュー18周年を迎える「SARS(サーズ)」です。
博士: あの顔色のいい、年輩の感染症は?
細菌: はい、結核とマラリアです。結核は今でも毎年400万人ほど、マラリアも200万人を
死亡させている凄腕の二人です。
医療従事者に感謝
博士: こうやって、感染症たちを目の前にすると、歴史的にも恐ろしい奴らが
次々と登場してくることに、あらためて感心するな。
細菌: はい、そうおっしゃっていただけると光栄です。
博士: そして、恐ろしい伝染病に勇敢に立ち向かってきた人類にも感心する。
細菌: 人類の英知、努力、勇気、どれをとってもわたしたち感染症にとっては脅威です。
博士: 欠乏している物資で、新型コロナウイルスに日々立ち向かっている医師たちに、
私はほんとに感心している。
細菌: はい、ワクチンのない状態で、自らが感染するリスクととなりあわせで治療を
続ける医師、看護師、すべての医療従事者は、私たち感染症からすれば敵ですが、
敵ながらあっぱれです。
博士: そう、疲労もピークに達しているだろうに…。いや、実に感心な方たちだ。
細菌: 申し上げにくいのですが、あなたは…病気ですね。
博士: え?わたしが?
細菌: はい。
博士: な、な、なんという病気だ?
細菌: 「感心症」です。