2010-05
文:玉木英明
2010年 5月号 いらかの波と、雲の波。
高く泳ぐこいのぼりに思いをよせる特集号
5月5日は、こどもの日!
こいのぼり:屋根よ~り~た~か~い♪、こいの~ぼ~り~♪
ひな人形:まっ!いやみな歌が聞こえてきたわ。長調で元気のいい歌は、
私はきらいよ!
こいのぼり:やあ、ひな人形さん、こんにちは~!元気ですかぁ~!
ひな人形:あのねぇ、高いところからひとを見下ろしながら、ずいぶん、
上から目線のごあいさつね!
こいのぼり:今日はいい天気やね~。五月晴れいうのは今日のことやね~!
ひな人形:だから言ってるでしょ!魚類が空を泳ぐなんて生意気よ!歌を
歌うなら、「ひなまつり」みたいに、短調の悲しい歌でなきゃ
だめだって言ってるのよ!
こいのぼり:なんやら、えらいごきげんななめやなぁ。どうしましたんや?
ひな人形:いつまでたっても、3月3日は国民の休日にならないのに、どう
して5月5日の「こどもの日」は休日なのよ!
こいのぼり:両方とも、「桃の節句」と「端午の節句」いうて、季節のくぎ
りでお祝いされてるんやから、そないに気にせんでもええやない
の?
ひな人形:タンゴ…って、あのダンスするときのリズムのこと?
こいのぼり:ちゃいまんがな。旧暦で午の月は五月にあたり、この午の月の
最初の午の日を節句として祝ったんや。「端」は物のはし、つま
り「始まり」という意味で、もともと「端午」は月の始めの午の
日のことや。後に「午」は「五」に通じるから毎月5日となり、
その中でも数字が重なる5月5日を「端午の節句」と呼ぶように
なったんやで。
ひな人形:いっぺんに、ようけしゃべったわね。ほな、7月7日や9月9日
も節句なの?
こいのぼり:そうや。7月7日は「七夕」、9月9日は重陽いうて「菊の節
句」て呼ばれてる。
ひな人形:あら…こいちゃん、魚のくせに、えらいもの知りやないの?
こいのぼり:カプ、カプ、カープ!あんたも関西人、いや関西人形なんやね。
ひな人形:な・な・なんやの?その「カプ、カプ」いうのは?
こいのぼり:僕の笑い声やがな。
ひな人形:鯉がカプカプ笑うなんて、知らへんだわ。
こいのぼり:鯉はcarp(カープ)やろ?
ひな人形:あのなぁ、本気で信じるやないの。私が何にも知らん思うて、
ええかげんなこと教えんといてほしいわ。
笹の葉につつまれた「ちまき」
こいのぼり:カプ、カプ、カープ!まあ、おこらんと。ちまき食べよか。
ひな人形:…ちまき…って何?
こいのぼり:米やもちを、笹の葉で巻いたものや。「ちまき食べ食べ兄さん
が~♪」のあの「ちまき」やがな。
ひな人形:わかった!もちを葉っぱで巻いてあるから、もちまき→ちまきに
なったんやろ?
こいのぼり:ええとこいってるけど、ちょっとちがう。もともと「笹の葉」
ではなくて「チガヤ(茅萱)」いう植物の葉っぱで巻いたから
「チガヤまき」→「ちまき」になったんや。
ひな人形:ほんで、何でこどもの日にちまき食べますのや?
こいのぼり:中国の楚の国に「屈原」いう人がおったんや。その人は、人望
厚い政治家やったが、失脚して汨羅江(べきらこう)いう川に身
を投げたんや。彼をしたう楚の国民たちが、ちまきを川に投げ込
んで、魚が屈原の遺体を食べないようにしたといわれてる。
ひな人形:い、いつのことですのや?
こいのぼり:3世紀ごろや。
ひな人形:そんなん、ほんまですの?
こいのぼり:だれも生きてなかったから、定かであらへん。けど、中国では
今も屈原を助けるために船を出した故事にちなんで、龍船節とし
て手こぎ舟(龍船あるいはドラゴンボート)の競漕が行われてる。
ひな人形:5月5日は、かしわ餅かて食べまっせ。
こいのぼり:そうやね。かしわ餅を食べる風習は日本独特のもので、柏
(かしわ)の木は新芽が出るまで古い葉が落ちへんから「家系が
絶えない」いうことで縁起ものとして広まったんや。
ひな人形:なんやら…なんやら…うれしなってきましたで。、中国の人たち
かて、5月5日をお祝いしてるんや…。
こいのぼり:泣かんかてよろしがな。中国では、ヨモギの束を魔よけとして
戸口に飾る風習も、広く行なわれてる。日本とおなじような植物
や食べ物が並ぶんやで。
ひな人形:いや、ちょっと、もうひとつだけ、文句がありますのや!
こいのぼり:泣いたり怒ったり、いそがしい人、いや人形やなぁ。
ひな人形:なんで、こどもの日、端午の節句が「男の子」のお祭りなんです
の!むちゃくちゃ腹立つやないですか!
こいのぼり:いや、桃の節句が女の子のお祭りなんやから、ええやないです
か。
ひな人形:いいえ、許せません!ぜぇ~ったいに許せません!
こいのぼり:あのなぁ、つば、飛ばさんといてえな。
ひな人形:私は、世界人権宣言に訴えてでも、戦こうて見せます!ウーマン
パワー全快や!
こいのぼり:つば、飛ばさんとしゃべりなはれ。あのな、「全快」の漢字が
ちゃいますで。
ひな人形:私らの時代は、ひな人形は、小学校で漢字練習は必修でなかった
んや。
こいのぼり:先月の蝶々もそんなこと言うてたなぁ。
ひな人形:それ、どなた?
こいのぼり:いや、こっちの話や。
こどもの日は、どうして男の子のお祝いなの?
ひな人形:もう一回あんさんに聞きますでぇ。何でこどもの日が「男の子」
のものなんでっか!
こいのぼり:日本では、5月は田植えの時期で、男性が外で働いて、女性が
家の中でけがれをはらう、「五月忌み」(さつきいみ)いうのを
したんや。女性を水田の中での過酷な労働からはずして休ませて
あげよ、いういきな考えもあったんやろなぁ。
ひな人形:え?そ…ん…な…暖かい心遣いが…あったんですの?
こいのぼり:そうや。端午の節句は、「菖蒲(しょうぶ)の節句」いうて、
もともと女性の節句やったんや。そやから、宮中では菖蒲(しょ
うぶ)を髪飾りにした人々が武徳殿に集まって天皇から薬玉(く
すだま:薬草を丸く固めて飾りを付けたもの)をいただいりもした
んや。
ひな人形:「しょうぶ」てどんな花ですの?
こいのぼり:「あやめ」のことや。「菖蒲」が「尚武」と同じ「しょうぶ」
いう読みで、菖蒲の葉が剣みたいやから、端午は男の子の節句と
されたんや。鎧(よろい)、兜(かぶと)、刀(かたな)、武者
人形や金太郎を模した人形を段に飾って、庭にこいのぼりを立て
るんや。
ひな人形:いやあ、こいちゃん、なんや、もの知りのあんたのことが、ごつ
い好きになってきましたでぇ。
こいのぼり:僕がひな人形のあんさんに惚れられたかて、困りますがな。
ひな人形:いや、頭がボーとして、胸のときめきに、天にものぼるような気
がしまっせぇ!
こいのぼり:それは、「恋のぼり」いう病気やがな。