2012-05
文:玉木英明
2012年5月号 大学の秋入学は、国際化の決め手になるか?
東京大学が提唱・秋入学
コオロギ:コロコロ…コロコロ…
蝶 :何よ!何か用?
コオロギ:コロコロ…コロコロ…コロコロ…
蝶 :私が鳴けないこと知ってるでしょ!
コオロギ:コロコロ…コロコロ…コーロコロコーロコロ!
蝶 :いやみな人、いや、虫ね!うるさいって言ってるでしょ!あんた、だれ
なの?
コオロギ:ぼくかい~?ぼくは、コオロギだよ~。
蝶 :あら、みにくい黒い服を着てゴソゴソ動いてるから、てっきりゴキブリ
だと思ったわ。
コオロギ:蝶のおねえちゃんは、いつも機嫌が悪いなぁ。
蝶 :あのねぇ。私は昨日どくだみの花の蜜を、カクテルにしたら飲みすぎて
二日酔いで、頭が痛いのよ。むねが悪くなるから、お願いだから目の前
をガサガサ動かないでチョウだい!それから、「おねえちゃん」はやめ
てくれない?すごく、軽いかんじに聞こえるじゃないの!チョウむかつ
くわ!
コオロギ:いっぺんに、ようけしゃべりましたなぁ。重たい「蝶」なんておらへ
んよ!ひらひら軽いのが蝶やんか!
蝶 :おだまり!私は春の蝶よ!花よ蝶よともてはやされる蝶よ!美しさは
蝶越してるわ!
コオロギ:いつも言うけど、漢字の書き方、間違うてまっせぇ。
蝶 :うるさいわねぇ。わたしの時代は、漢字の練習は義務教育じゃなかった
のよ!だいたい、こんな季節にコオロギが何の用かしら?
コオロギ:東京大学が、現在の春の入学を、秋の9月入学にかえようとしてます
のや。
蝶 :…なんで?…どうしてなのよ。
コオロギ:世界中の圧倒的多数の大学が、入学は秋にするからや。
蝶 :ちょっと待って。入学は、桜の花が咲き、私たち蝶の舞う春って相場は
決まってるわ!コオロギとスズムシの鳴く、月見だんごとススキのお供え
の入学なんて、辛気臭いじゃないの!ぜったい、入学式は春じゃなきゃ
ダメ!許さないわ!
コオロギ:入学の時期が外国と異なれば、日本の大学生も海外へ留学しにくいし
海外の優秀な学生も、日本の大学へ留学して来ることが難しい。東京大
学は、大学の国際化、教育水準の向上のために、秋入学を実施しようと
いうてますのや。
蝶 :それは…そうかもしれないわね…わかるわ。世界中の優秀な若者たちは
どこへ留学したがるの?
コオロギ:イギリスのケンブリッジ大学や、アメリカのハーバード大学を聞いた
ことありまっしゃろ?
蝶 :ある、ある、ありまっせぇ。
コオロギ:おっ、蝶のおねえちゃんも、関西の出身やったの?
蝶 :あんたが、うつってしもたのや。そうか、そうやったのか。世界中の
優秀な若者が「東京大学」をめざしてこないのは、「春入学」やったから
なんやな。
コオロギ:いや、僕は、ちがうと思うのや。
蝶 :なんや?奥歯にものがはさまったような言い方せんといてえな。
本当に春入学が悪いのか?
コオロギ:まず、秋入学にするには、日本中のシステムを変えやなあかん。
蝶 :どういうこと?
コオロギ:会社への入社も、公務員になるのも、「春」を前提に動いてる。
蝶 :そうか…大学の入学だけとちがって、就職が「春」を基準にしてるわけ
やね。
コオロギ:それだけやない。弁護士になるための司法試験や医師の国家試験もす
べて「春」にめがけて合格を出す。
蝶 :わかった、わかった。ほな、「入学試験」は春にめがけておこなって、
入学だけは「秋」にするようにして、その半年間を語学の勉強とかに使っ
たらどうですのや?
コオロギ:東京大学の人らは、その時間を「ギャップ・ターム」いうて呼んで、
社会勉強のための、有効な時間に活用しようやないかと提案してる。
蝶 :活用なんか、できるのやろか?むだな時間が半年できてしまうだけのよ
うな気もするのやけど…。
コオロギ:その通りや。
蝶 :だいたい、日本の大学生は遊びまわってるので有名や。
コオロギ:京都大学の学長さんやら、国際教養大学の学長さんらが、「秋入学」
にするだけでは、日本の大学を「国際化」させることにはならん、と言う
てはる。
蝶 :そやけど、留学はしやすくなるやないの?
コオロギ:それはそうやけど、一つの手段でしかないのや。もっと大切なことが
あるというのや。
蝶 :そ、そ、それは何ですのや?
勉強しない日本の大学生
コオロギ:日本の大学は、勉強しなくても卒業できる。特に文科系の学生たちは
大きな講義室で講義をきいて、それに対してレポートを書いて60点以上得
点したら、単位をもらえる。卒業できる。しかも、大学3年生の半ばから
は就職活動をはじめなあかん。ということは、簡単な講義を聞いてのレポ
ート提出を2年半して、残りを就職活動でスーツ着て会社まわりというこ
とになれば、大学が「勉強するところ」だとは言いにくい。
蝶 :外国の大学は、ちがいまんのか?
コオロギ:海外の大学は、学生にすごく勉強させる。イギリスのオックスフォー
ド大学では先生1人に対して生徒を1人か2人つけて、徹底的に勉強させる。
蝶 :ど、ど、どない勉強させまんのや?
コオロギ:関西弁が、さらに強くなってきましたな。
蝶 :はよう、教えてんか!なあ、じらさんと!
コオロギ:例えば、次の授業までに何冊かの本を読んでこいと大学の先生が生徒
に宿題を出すんや。ほんで、その内容を10枚程度のエッセーにして提出する。
蝶 :そんなん、どこかの文章を写していったらあかんの?
コオロギ:あかん。次の授業は、その文章をもとにして、先生と学生とがディス
カッションをするのや。絶対に勉強せざるをえない。
蝶 :日本の学生と、アメリカの学生、どのくらい勉強時間に差がありますの
や?
コオロギ:中教審いうところが調べたら、アメリカの大学1年生は大学の授業以
外に、週6時間以上勉強してる学生が85%おって、さらにそのうち週21時
間以上が20%もおることがわかった。
蝶 :…もうちょっと、わかりやすく、いうてんか。
コオロギ:アメリカの大学生は、土日もふくめて一日に2~3時間は勉強してるのや。
蝶 :日本の大学生は…どれくらい勉強してますのや?
コオロギ:日本の大学1年生は6時間以下が7割、勉強時間0というのが10%も
おるのや!わかるか!勉強時間ゼロでっせ!
蝶 :あの、つば、飛ばさんと…。ほんで、あんまり、興奮せんといてえな。
コオロギ:しっかりと勉強させてくれる環境でなくて、勉強せん連中がぎょうさ
んおるような大学に、高いお金払って、世界のどこから夢をもった若者が
集まりますかいな!
蝶 :おこらんと、おこらんと。ほんで、つば、飛んでまっせ。
コオロギ:これが、怒らずには、おれまへんで!
蝶 :どないしたら、ええのやろなぁ、コロちゃん。
コオロギ:入学の季節よりも、日本の大学教育の「ありよう」を考えな、あかん
のやろな。
蝶 :あんた、虫のくせに、えらいですなぁ。なんやら、わたし、あんたのこ
とが好きになってきましたでぇ。
コオロギ:あかん、あかん。チョウとコオロギのカップルなんて聞いたことあり
まへんでぇ。
蝶 :そんなこと、いわんと、私と結婚してちょうだいな!
コオロギ:ぼくは、ちょっと食事にはうるさいよ。
蝶 :ええよ、ええよ。私はお料理は得意や。どんなものが食べたいの?
コオロギ:チョウの、バター・フライや。
蝶 :ようし、いっぺん、蝶戦してみたるわ。