2011-09

文:玉木英明

2011年09月号 福沢諭吉の「学問のススメ」。その意味するものは?

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず

むすこ:ああ、やる気がおこらん、やる気がおこらん。

母ちゃん:このろくでなし!まったく、図体ばっかり大きくて、ゴロゴロ寝

転がっとらんと、手伝いくらいしたらどうや?

むすこ:そやかて、こんなに暑いと何にもする気がおこらへんわ。

母ちゃん:なまけもの!そんなことを言うてるから成績あがらへんのやで。

むすこ:暑い時は、昼寝をせなあかんでぇ。何やら、ねむたくなって

きた……。

母ちゃん:まぬけ!あんたみたいな最低な奴は、いっぺん死ななあかんな。

むすこ:母ちゃん、ガラ悪いなぁ。ようそんなに、ボンボンえげつない呼び

方ができるなぁ。福沢諭吉が「天は人の上に人をつくらず、人の下

に人をつくらず」言うたのを、母ちゃんも知ってるやろ?

母ちゃん:あんたこそ、そのことばの意味わかってるのかいな?

むすこ:もちろんや。「神さんがつくったものやから、人間には上下がなく

て、どんな人でも同じや」いうことやろ?福沢諭吉さんは、やっぱ

り、ええこというわ。

母ちゃん:あほ。

むすこ:その「あほ」いうの、やめてくれへんかな。いちいち耳にひびくが

な。

母ちゃん:あほに「あほ」いうて何が悪い?そんなことも解らんというのな

ら、あんたは、ほんまに「あほ」や。

むすこ:うっうっ…何べんも何べんも「あほ」いわれた…。

母ちゃん:泣きないな。男がみっともない。ええか、ようききや。確かに

「学問のススメ」は、福沢諭吉さんが、書きはった。そやけど、

あんたの言うてることと、全く逆のことを言うてはるのやで。

むすこ:え?え?どういうこと?ようわからんけど…。

母ちゃん:まあ、あわてんと聞きなはれ。カタカナは読みにくいから、平仮

名で書くでぇ。学問のススメには「天は人の上に人を造らず人の

下に人を造らずと云へり」と書いてあるんや。

むすこ:…なんや?最後の「云へり」いうのは?

母ちゃん:そうや。それが大事なんや。あんたがさっき言った前半の文章は

実は、アメリカ合衆国の独立宣言から引用した文章なんや。

むすこ:なんやて?!そんな…うそやろ?

母ちゃん:うそやない。「云へり」いうのは、現代の言葉で表したら

「言われている」いうこっちゃ。

むすこ:ということは、諭吉さんが言うたのと違うて「アメリカ人に、

言われてる」いうことやな?

母ちゃん:そうや。きちんと、下の文章まで読めば、福沢諭吉さんが、何が

言いたいのかはっきり解ってくる。ちょっと下の文章を読んでみな

はれ。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり。されども、今広く

この人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあ

り、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あ

るに似たるは何ぞや」

今、広くこの人間社会を見渡すに

むすこ:母ちゃん、たのむわ!お願いや。もうちょっと現代語で説明して

みてくれへんか?

母ちゃん:ええでぇ。現代語になおすから、よう聞いとりや。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている。人は生まれ

ながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い

人、愚かな人、貧乏な人、金持ちの人、身分の高い人、低い人とがある。そ

の違いは何だろう?それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざ

るとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はな

いけれど、ただ学問を勤めて物事をよく知るものは、貴人となり富人となり

、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」

むすこ:…ほな、福沢諭吉さんは、「確かに、人間には生まれながらの貴賤

上下はないけれど、勉強する者が貴い金持ちになって、勉強しない

奴はバカな貧乏人になる」と言うてるわけやね?

母ちゃん:その通りや。そやから、「学問のススメ」いう名前がついてるの

や。何にも解らんといちばん前の文章だけ、一部を取り出して

「人間はみな同じや!」いうて威張ってたら、ろくな者にはなれへ

ん、いうこっちゃ。

むすこ:学問のススメいうのは、「天は人の上に人を造らず人の下に人を造

らず」いう短い文章のことやとばっかり思ってた。

母ちゃん:ちがう、ちがう。17編に分かれた、しっかりした内容のある文章

や。明治13年に1冊の本になってから、最終的には300万部以上

が売れてる。人口の少なかった時代に、驚異的なベストセラーやっ

たわけや。

むすこ:勉強せい、勉強せいばっかりかいてあるの?

母ちゃん:ちがうでぇ。国民の教育レベルや、個人として独立する気力とか

スピーチの重要性やら、多義にわたってる。明治時代に書かれたも

のやのに、現代でも充分、成り立つでぇ。

むすこ:「学問のススメ」の中で、母ちゃんのいちばん好きな文はどんな

とこなの?

母ちゃん:九編や。「平凡に毎日生きずに、がんばろか!」いう気になって

くる。

むすこ:ほんまか?なぁ、なぁ、説明してぇな!ただし、現代語でやで!

母ちゃん:ようし、わかった。できるだけ、分かりやすく文章を書いたる

から、よう聞いとんなや。

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人間の活動は、よく見ると2種類に分けることができます。1つは個人的

な活動であり、もう一つは社会的な活動です。ここでは、この2つの活動に

ついてお話ししましょう。

まず、個人的な活動についてです。自らのはたらきによって、生活の維持

を図ることを言います。これは、簡単なことです。もともと自然界のあらゆ

る物が人間が都合よく使えるようにできているからです。

例えば、一粒の種をまけば、二~三百倍もの実を結びます。山の樹木は、

手を入れなくても生長します。風は風車を動かすし、海は物の運搬に役立ち

ます。山からは石炭が掘れます。川からは水が汲めます。石炭に火をつけて

水を熱すれば、蒸気が作れます。その蒸気で重い車や船を動かすことができ

ます。このように自然界のはたらきをあげれば、きりがありません。人間は

この自然界のはたらきに少しばかり手を加えて、役に立つように利用してい

るだけです。自分の力で生活の道を造り出したなどと、大げさなことを言う

ほどのことはありません。ただ、道ばたに落ちている物を拾ったという程度

のことです。ですから、人間として個人の生活を維持することくらいは何で

もないことで、それに成功したからといって自慢するほどでもありません。

もちろん、独立の生計をたてることは大事なことです。しかし、それだけ

で人間のつとめがすべて終わったとは言えないでしょう。動物の世界をご覧

なさい。自分の力で食べ物を獲得しないものが、いるでしょうか。単に一時

の食べ物を手に入れるだけでは満足しない生き物もいます。アリなどは、遠

い将来のことまで考えて、穴を掘って住まいを造り、冬の用意に食料をたく

わえているではありませんか。

しかし、世の中にはこのアリのような生活で満足している人がいます。

一例を挙げましょう。ある男性が成人して、会社に就職したり、商売の

あとを継いだり、公務員になったりする。親類知人のやっかいにもならず、

生活できるようになる。他人への不義理もない。借家ではなく、なんとか

簡単な家を建てる。結婚をして、身を固める。倹約をまもり、子供が

たくさん生まれても、一通りの教育を与える。万が一の時のために、30万円

から50万円ほどの蓄えがある。こうして、細く長く一家を守ることができれ

ば本人も一人前に独立の生活をしていると得意になり、周りも、いっぱしの

成功者のようにほめます。

しかし、これは大きな間違いではないでしょうか。この人は、ただアリの

まねごとをしているだけで、一生の仕事はアリ以上のものではありません。

この男性のように、自分一人の生活の安定だけで満足するのであれば、人生

はただ生まれて、死ぬだけのことではありませんか。その死ぬときの状態が

生まれたときと少しも進歩がなければ、そこには、生きた痕跡すら、残せま

せん。この世に船を造ったり、橋をかけたり、貿易のために事業をおこす人

がいなかったら、子々孫々、何百代生まれ変わっても、その村は昔のままで

す。

西洋でも次のように言われています。もし人類が、みな小さな生活の安定

で満足していたならば、今日の世界は、原始時代と、少しも変わっていなか

っただろう。まさに、その通りです。

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むすこ:何やら、自分が恥ずかしなってきたわ。

母ちゃん:そうやろ?これを、明治時代の初めに書いた人が、福沢諭吉さん

や。

むすこ:僕も、何か社会に貢献できるようなことをせなあかんと思うなぁ。

母ちゃん:よっしゃ、ええ、心がけや。ほな、まずは庭の草取りしてくれる

か?

むすこ:草取りしたら、福沢諭吉さんを1枚(一万円)、ちょうだいね?

母ちゃん:慶応大学に、中澤敏明さんいう教授がおる。

むすこ:いったい、それはだれや?

母ちゃん:「労働のすすめ」を研究してる教授や。その人はな…

むすこ:わかった、わかった。誰か「くつろぎのススメ」を研究してる人は

おらんやろか。

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