2020-11
文責:玉木英明
2020年 11月号 ノーベル化学賞、クリスパー・キャスナイン。遺伝子操作の未来は?
大きな男が…
男: おい、そこの少年!
少年: うわっ!おじさん、首に金属棒が
ささってるよ!
男: 気にするな。
これはピアスみたいなものだ。
少年: でかいピアスだね。
それにおじさんの顔、いっぱい縫い合わせてあるんだね。
男: だから気にするな。手術後の抜糸(ばっし)が済んでいないのだ。
少年: 顔色も悪いよ。おじさん誰なの?
男: 実は、私は墓穴(ぼけつ)から掘り出した人間の部位を
集めて作られたフランケン・シュタ…
少年: ああ、バケツ工場のフライパン修理のヒトか。
男: ちがう、ボけつ!
少年: ヒトに向かって「ボケ」なんて言うのは失礼だよ。
男: いや、そうは言ってない。私が言いたいのは…
少年: 吐血(とけつ)? 輸血(ゆけつ)? 止血(しけつ)?
男: いいか、血の話じゃない!「ぼ」だ! はひふへほに濁点だ!
少年: 不潔(ふけつ)? 補欠(ほけつ)?
男: ちがう、けつはけつでも、ボだ!いいか「ボ」だ!
少年: なんだ、イボがおけつにある人か。
トランス・ヒューマニズム
少年: おじさんは、何でここにいるの?
男: 「遺伝子改良した子供を生ませる」とか
「人間の脳の発達に関わる遺伝子をサルにくみこむ」とか
「DNAをさわって人間の能力を変える」なんてことが、
実際に研究されていると聞いて、じっとしていられなくなって城から出てきたのだ。
少年: お城?
男: 私が19世紀初頭から住んでいる城だ。
少年: …おじさん、何歳?
男: 先日200歳の誕生日をコウモリたちが祝ってくれたが。…年齢は気にしてない。
少年: おじさんの言ってるのは「トランス・ヒューマニズム」のことだね。
男: なんだ、それは?
少年: 科学技術を使って、人間の能力や寿命を改造しようという考え方さ。
男: ヒトの改造などという「猟奇的で」「気色の悪い」話は、
むかし、少年マガジンや少年サンデーで読んだぞ。
少年: おじさんの愛読書は、玉木先生と同じだったんだね。
クリスパー・キャスナイン
男: DNAは、そんなに簡単に手をくわえられるのか?
少年: クリスパーキャスナインという技術で、DNAの切り貼りが簡単になっちゃったのさ。
男: ジェニファ・ダウドナさんとエマニュエル・シャルパンティエさん、
今年のノーベル化学賞の二人だな?
少年: おじさん、ノーベル賞までチェックしてるんだね。
男: でも、世界中の研究者の中には、一攫千金をねらってヒトの遺伝子に
大胆な手を加えるやつも出てきただろ?
少年: うん、中国でHIV耐性をもった子供を生まれさせたと発表して、
世界中から非難された研究者がいたよ。
男: そいつは発表したのだから、まだ良心的だ。
少年: …え?どういうこと?
男: 発表しなければ、誰も分からないぞ。末期的な状態をむかえているどこかの国の
指導者が、黙って国家機密としてヒトのDNAを研究者にさわらせたら…
少年: …おそろしい。核爆弾を開発するのとかわらないね。
体の能力を上げる、寿命をのばす
男: サルに、人間の脳の発達に関わる遺伝子を組み込んでみたと聞いたぞ。
動物愛護とか絶滅危惧とはかけ離れた、かなりあぶない研究だと思うのだが。
少年: 森で、サルに話しかけられるかも知れないね?
男: 薬で筋力を増強する「ドーピング」というのがあるじゃろ?
筋肉を増強する遺伝子をさわれば、薬なんか使わなくたって
人間ばなれした筋力で跳んだりはねたりする子供が生まれるぞ。
少年: そんな国の選手は、オリンピックで金メダルをとりまくるだろうね。
男: 平和な競技会ならまだいいが、戦争をしている国が、自分の国の兵隊の能力を
飛躍的に高めたらどうなる?実に危険な香りがするぞ。
少年: そんなこと、考えたことなかったなぁ。
男: DNAをさわって、寿命をのばす研究もされているというではないか。
少年: 寿命ってDNAに関係してるの?
男: イヌの寿命は20年ほどなのに、人間は90年も生きるだろ?同じ細胞で
できている生物なのに、なぜこんなに寿命が異なるかを研究したら、
DNAが原因とわかってきたんだ。
少年: そうか。テニスの全仏オープンで、優勝者が120歳なんてのも夢じゃないかもね…
男: 記憶能力を飛躍的に増大させる遺伝子も、わかってきたらしいぞ。
少年: 事典みたいな人が出現しそうだね。
男: 「人間の生命」に対する哲学を、早く研究しなければならんのう。
少年: …おじさん、200年も前に生まれたヒトなのに、いろんなこと知ってるね?
男: 城の中で、ドラキュラやオオカミ男とよく勉強会を開いているんだ。
「自然なこと」とは
男: 遺伝子をさわるなど、自然の摂理(せつり)に反するとは思わんか?
少年: 妊娠できない人の卵を体外にとりだして受精させて体にもどす不妊治療を、
おじさんはどう思う?
男: それは「自然なこと」なのか?
少年: 今、日本では4人に1人行われてるよ。
男: なんと!ヒトの倫理観が狂ってきておるのか?
少年: 「自然なこと」という定義があいまいになってきてるのさ。
男: どういうことだ?
少年: たとえば、同性どうしが愛し合うLGBTは「自然なこと」と認める人が増えてるよ。
男: 生まれてきた後に、個人が何を好もうと自由だとは思う。しかし、科学技術が
人間の誕生に及ぶのは「自然なこと」でないと思うのだが。
少年: おじさんは、着床前診断というのを知ってる?
男: 妊娠した人の胚に遺伝的に問題がある場合には、親が出産する・しないを
選択できるという考え方じゃろ?
少年: 城の中での勉強会は、すごく高度な内容のようだね。
男: それは障害をもつ人の存在を、否定することになる技術にならんか?
少年: 深い論議が必要だよね。
差別を生みださないか?
男: 遺伝子操作で、すごい暗記力をもった人たちができたとするぞ。
その人たちは遺伝子操作をしていない平凡な暗記力の人たちを
「差別」するようにならないか?
少年: 「おそれあり」ですね。
男: さっきも言ったが、倫理を無視して「ヒトの遺伝子操作」を実行した国ばかりが
発展することも考えられる。
少年: 最終的には、人間が善人でなければ「悪用」されそうですね。
男: そう、最新技術を発明できる能力よりも、むしろ正しくその技術を運用できる倫理観を
先に勉強する必要がありそうだ。
スターとは…
男: あのな少年、ちょっと、たのみがあるのだが。
少年: おじさん、あらたまってどうしたの?
男: そろそろ私も「気色悪い怪物」でなく、正義の味方として活躍したいのだ。
少年: ヒーローになりたいの?
男: そうだ。
少年: たとえば、どんな?
男: スペシウム光線で怪獣と戦う、あのウルトラマンのような…
少年: ウルトラ・フランケン…。どう聞いてもやっつけられる側の、怪獣の名前だ。
男: かっこいい医師として、ドクターXのような…
少年: ドクター・フランケン…。どう聞いても、元祖・気のふれた博士だ。
男: 名前をいれるのはよそう。どうもイメージが固定化しているようだ。
少年: 歌手デビューしたら?
男: わかった。何という名前の歌手だ?
少年: 「大スター」というのを英語に訳して「ビッグ・スター」ってのはどう?
男: 体が大きいことを示す名前がいいな。
少年: 「山のように大きいスター」をフランス語も入れて「Mont Star」ってのは?
男: おっ、フランス語も入れたのか。私にピタリあった名前かどうか、発音してみてくれ!
少年: 「モンスター」。