2020-08
文責:玉木英明
2020年 8月号 トラベル・バブル。ウィルス感染の少ない国どうしだけで自由に動けば?
玄関の外で…
来訪者: とびらをあけておくれ。お母さんですよ。
子ヤギ: うそだ!お母さんは、そんなガラガラ声じゃないよ。
来訪者: おほん、おほん、チョークを食べたら、声がなおったよ。
子ヤギ: ドアのすきまから見える足が、黒いじゃないか!
来訪者: ほうら、小麦粉をぬったら、真っ白だよ。
子ヤギ: マスクをしてないね!お母さんじゃない!
来訪者: どうしてマスクなんかするの?
子ヤギ: コロナを知らないの?やっぱりお母さんじゃない!
来訪者: ほ、ほうら、マスクをしたよ。
子ヤギ: お母さんは、そんな赤いマスクしてたかな?
来訪者: おしゃれなマスクでしょ。
子ヤギ: そのマスク、変だよ。だれかの頭巾みたいだ!
来訪者: ドキッ!
感染症をあまくみると
来訪者: 感染症の話題も4ヶ月目、作者もさぞかし大変でしょうけど、とにかく、
玉木タイムズに出演できるなんてうれしいね。さあ、開けておくれ。
子ヤギ: お母さんに少し質問してもいい?
来訪者: ああ、なんでも答えるから、早く開けておくれ。
子ヤギ: お母さん、PCR検査はした?
来訪者: この小さな森で、感染症なんか心配しなくてもいいよ。
子ヤギ: でも、ご近所のオオハクチョウさんは先週東京に出張に行ってたし、
ツバメさんは中国の武漢から帰って来て間もないし、
コウノトリさんはインドから来たばかりで時差ボケだって言ってたよ。
みんな遠くからやってきたから、感染が心配だよ。
来訪者: この森には、えらいやつらが集まってるな…
子ヤギ: 何か言った?
来訪者: いや、えらい、えらい、よく考えてるねって言ったのよ。
子ヤギ: アメリカから来たコンドルさんは、多くの仲間が感染症で死んだって言ってたし、
ベネツィアから来たカモメさんたちも、感染症のせいでカーニバルが中止になったって
嘆いてたよ。
来訪者: 感染症なんて大したことないよ。誰でも風邪ぐらいひくだろう?
子ヤギ: アメリカでは大統領がそんな楽観的なことを言ったから、14万人も死んだよ。
来訪者: その感染症に、みんながゆっくりと慣れていけばいいんだよ。自然にすごして、
みんなが耐性をもつようになればいいんだよ。
子ヤギ: イギリスでは首相がそんなことを言ったから、死者数が4.5万人にもなったんだよ。
来訪者: みんながこの森の中から動かなければ、やがて食べるものもなくなって、みんなで
死んじゃうことになるじゃないか。私もはらぺこだ!さあ、早く開けておくれ!
トラベル・バブル構想
子ヤギ: お母さんは、感染症にかかってもいいと思ってるの?
来訪者: とりあえず、今この森には、感染症にかかっている動物はいないでしょ?
子ヤギ: 今はいなくても、いつこの森から感染症が出ても不思議じゃないよ。
来訪者: それじゃ、この地域で感染者がいない森だけで交流をしたらいいよ。
子ヤギ: トラベル・バブル構想だね。
来訪者: な、何だい、その、トラブル・ビビル構想ってのは?
子ヤギ: 安全な地域だけで協定を結んで、その範囲をバブル、すなわち安全な泡(あわ)と
考えて、泡の中の住民だけは、検疫なしで動けるようにしようという考え方だよ。
お母さんが教えてくれたんじゃない?
来訪者: そ、そうだったわね。
子ヤギ: 例えば徳島森と鳥取森はほとんど感染者がいないから、自由に行き来ができるように
すればいいし、鹿児島森や秋田森も仲間にしてあげればいいんだよね。
来訪者: そうだよ。だから、はやくここを開けておくれ。
子ヤギ: でも、信頼で結ばれてるはずのそのバブルの中で、突然の大流行(パンデミック)が
おこったらどうするのかな?翌日から大げんかにならないだろうか?
来訪者: 病人が出たときに考えればいいよ。さあ開けて!
子ヤギ: 大流行をうまく制御できていて、対策が十分な森となら、同じバブルに入ってもいいと
思わない?
来訪者: どんな森でもいいじゃないか。仲よく行き来をするためには、門戸を開ける必要がある。
子ヤギ: 感染者がいても、豊富に食べ物を持ってる森なら、仲間になってても損はないと思わない?
来訪者: まあ、そうだけど。そんな森はうらやましい。ああ、はらへった。
子ヤギ: ということは、森どうしでバブルを作る時は「感染数の少ない森」だけが
手を結ぶとは考えにくいね。
安全な国だけでバブルをつくれば
来訪者: さあ、そのなんとかバブルの話を、お母さんと、おうちの中でしようじゃないか。
子ヤギ: だめだよ、お母さん。しっかり考えておかないと、あとで困ったことになるよ。
来訪者: わかったよ。その、バブル構想とやらを実行してる森は、あるのかい?
子ヤギ: リトアニア、ラトビア、エストニアの3つの森は、すでに5月にバブルを作って
自由に住民が動けるようにしたよ。
来訪者: あれれ?EU全域は移動規制があるのに?
子ヤギ: そうだよ。オーストラリア森はニュージーランド森と、またフランス、ドイツ、
オーストリア森もこのトラベルバブル構想を検討中さ。
来訪者: いいじゃないか。どんどん行き来すればいいよ。さあ、とびらを開こう!
子ヤギ: コロナ対策で大成功してる台湾森でさえ、外国人の入国制限を続けてるよ。
来訪者: どんな制限?
子ヤギ: 協定をむすんだ「信用できる森」であっても、住民が入ってくる時は、ビザを
提出させてPCR検査をして、さらに旅行日程の事前提出をさせてるよ。
来訪者: それだけやれば充分だ。
子ヤギ: それだけじゃ、だめさ。
来訪者: なんで?
子ヤギ: ぼくたちの森と共にバブルを形づくる森が、高く信頼できる疫学的レベルじゃなきゃ
だめさ。
来訪者: あのな、もうすこし分かりやすく説明してくれ。
子ヤギ: お母さん、男みたいな言葉づかいだね?
来訪者: おほん、おほん、お母さんは男まさりの表現が好きなのよ。
子ヤギ: 感染検査の精度が信頼できる森、濃厚接触者の行動追跡GPSを準備できる森でなきゃ、
同じバブルには入っちゃいけないってことさ。
来訪者: 行動追跡GPS?そんなもので見張られたら、私の行動は他の森の連中につつぬけに
なるってこと?
子ヤギ: そうだよ。
来訪者: …そんなの、いやだ!
バブルの中なら動いても安心?
子ヤギ: お母さんは、何が何でも動ければいいの?
来訪者: いや…、実は心配はある。もしもそのバブルの中で移動して、不幸にも移動先の森で
コロナにかかったら、しっかりと治療してくれるだろうか?そこの医師が重篤な症状の
私に、エクモを使ってくれるかな?
子ヤギ: わからない。
来訪者: ということは、バブルをつくるのは結構だが、運営は経済力のある森、住民の多い森が
優位になるように進まないか?
子ヤギ: その可能性は高いね。お母さんもようやく議論にのってきてくれたね。
来訪者: もう一つ言うなら、感染症が森どうしの付き合いを険悪にしないか?
子ヤギ: そうだね。新型コロナの発生源をしっかり調べようと提案してるオーストラリア森に、
中国森は貿易で「しかえし」をしているよ。
来訪者: さらに、コロナの死者数の多いイギリス森は、去年EUからぬけたばかりだろ?
子ヤギ: そう、メチャメチャ立場がよわくて、誰ともバブルをつくれない。
動けるかどうかの決め手は
来訪者: 信号機みたいに、安全かどうかで世界の森を赤・黄・緑に色分けしたらどうだい?
子ヤギ: その考え方は実際にあるらしいよ。感染症を抑制し管理体制の機能している緑の森と、
抑制のあやしい発展途上森のオレンジの森、感染症への対応が乏しい貧困国の赤い森の
3つの領域だよ。
来訪者: その緑の森だけでバブルをつくればいいじゃないか。
子ヤギ: 「動いてもいい個人」を選びだす方法を考えるべきだという意見もあるね。
来訪者: あのな、もうすこし分かりやすく説明してくれ。
子ヤギ: お母さんの男まさりの表現だね。
来訪者: まったく、子やぎのくせに理屈っぽいやつだ。
子ヤギ: 何か言った?
来訪者: いや…、「動いてもいい個人」をどうやって選ぶっていうのだい?
子ヤギ: 自分でお金を出してでも厳しい検疫を受けて、合格した者だけ、世界中の森を
動けるようにするって考え方さ。
来訪者: 「お金のある人」だけ動けるようにしようというのか?不公平じゃないか?
子ヤギ: お金を支払ってでも移動しなくちゃならない人って、必ずいるでしょ?
たとえば、企業の中にいて世界中を動かなければならない人が、
「保健所が検査してくれるまで待っている」
なんてことはしていられない。「検査・検疫は政府が行う」という考え方を
見直すことも論議しなきゃだめだと思うのさ。
とびらを開いても安全か
来訪者: さあ、ぼうや、いいたいことは全部言っただろう?開けておくれ。
子ヤギ: ほんとうに、そこにいるのはお母さん?
来訪者: もちろんだよ。こんなにとびらの外で苦労したのは初めてだよ。
子ヤギ: じゃあお母さん、熱はない?
来訪者: 平温だよ。
子ヤギ: せきは出ない?
来訪者: 出ないよ。さあ、安心しただろう、開けておくれ!
子ヤギ: 最近食べたもので、いちばんおいしかったものは何?
来訪者: ううむそうだな、赤ずきん…かなぁ。