2009-11

文:玉木英明

2009年 11月 遺伝子組み換え食品を考える

世界中が多く安全に穀物を得るには?

柔らかくならない完熟トマト

奥 様:ほーっほっほっ。

八百屋:あっ、あのややこしい奥さんや。あの人、しゃべるだけしゃべって、

何にも買うていかへんから、かなゎんのや。うわっ、こっちへ来た。

目ぇあわさんとこ。

奥 様:おこ~んにちは。

八百屋:へ、へい、いらっしゃい!奥さん、いつも奇麗でんなぁ。

奥 様:ち・が・うっ!漢字をかえて「綺麗」と書いて。

八百屋:うわっ、漢字まで訂正されてしもた。えらい今日はやる気満々やな。

奥 様:このトマト、よく熟しているわね。もう2日もたてば、柔らかく

なっちゃうから、もっと安くなるはずね。

八百屋:残念、奥さん。うちのトマトは「遺伝子組み換えトマト」なんや。

米国のカルジーン社いうとこが作った画期的なトマトで、完熟で

収穫しても、なかなかやわらかになっていかへんのですわ。

奥 様:だまそうと思てもむだでっせ。「柔らかのぐちゃぐちゃ」になって

いかんトマトなんて見たことおまへんでっ。

八百屋:ほ~ら焦ってまっしゃろ。表現が関西弁になってきましたで。

普通のトマトは「果実を柔らかにする酵素」を自分の体内に

持ってるんやけど、この組み換えトマトはその酵素を抑えて

しまう遺伝子が入ってますのや。そやから、生産地から遠く離れた

場所へでも、完熟のまま 輸送することができるんでっせ。

奥 様:そ、その、「遺伝子組み換え」いうのは何でっか?

八百屋:奥さんかて知ってるように、生物の体をつくってる細胞には、

DNAいうのがはいってて、そこの情報をちょいと変えてやったり、

付け加えたったりすると、その作物の性格が、がらっと変わって

しまいますのや。

奥 様:そんなん、ほんまにできますのんか?

八百屋:できまっせ。害虫が食べると、その害虫が死んでしまうジャガイモ

やトウモロコシが、その例ですわ。

奥 様:ちょっと、待ってえな。虫が食べたら死んでしまうようなもんは、

人間にとってかて毒でっしゃろ?

八百屋:いや逆に、安全なんでっせ。食べると虫だけが死ぬ作物やから、

殺虫剤が、ほとんどいらへん。殺虫剤がかかってない作物なら、

安全でっしゃろ?

奥 様:そりゃ、そうやけど…。なんや、夢みたいな話やね。

八百屋:いや、もう夢やありまへんで。例えば、除草剤をかけても枯れない

大豆や菜っ葉、トウモロコシ、ジャガイモ、綿なんかは、数十種類

の品種が厚生省の安全審査を通過して、すでに国内で流通してます

のや。

奥 様:おかしなことを言う人やな。「除草剤」いうたらみーんな枯らして

しまうさかいに、除草剤いうのでっしゃろ?

八百屋:植物が生きていくのに不可欠なある種のアミノ酸を作りだす酵素の

働きを止めてしまう除草剤を使うんですわ。

奥 様:同じことやないですか。農作物かてその酵素の働きが止ってしもて、

枯れてしまいますやろ。

八百屋:そやから、目的の農作物だけ、細胞内の別の場所で別の酵素がその

アミノ酸を作り出すように、遺伝子を操作しますのや。

奥 様:まるで、コンピューターのプログラムを、ちょいちょいといじくっ

て、人間の都合のええ物を作り出してるような感じやなあ。いや、

ほんまにおもしろおますな。もっと、他にはおまへんのですか。

八百屋:コレステロールを下げるとされている、オレイン酸を多量に含む

大豆が、米国で商品化されてまっせ。

奥 様:「食品」というよりは医薬品みたいやね。

八百屋:「食べるとコレラにかからないジャガイモ」いうのかてあるし、

「頭痛をおさえる菜っ葉」もありまっせ。

奥 様:すごいこと考えはる日本人がおりますなぁ。

八百屋:いや…それが…なぁ…。

奥 様:いつも雄弁なやおちゃんのくせに、えらい、歯切れが悪おますや

ないか。

八百屋:この「遺伝子組み換え食品」いうのは、ほとんど、日本以外で考え

られましたんですわ。

ゲノム・遺伝子情報を解析完了

八百屋:アメリカの農産物などの全遺伝子を解読する「ゲノム解析」いうの

をコンピューターを駆使してやって、次々とDNAの塩基配列の

読み取りに成功させたんや。イネのゲノム解析もおわってしもた。

奥 様:気にせんかてよろし。日本の「コシヒカリ」は、美味しいことで

有名やないの。今のまま、一生懸命に日本人が米作りに励めば、

他の国にとやかく言われるようなことはおまへん。

八百屋:米、トウモロコシ、小麦なんかみんなゲノムを解析して、それを

いじくるのに「特許」をとったらどうなりまっか?外国の企業が

権利を確保して、いろんな遺伝子組み換え作物を、独占して開発

できるんでっせ。

奥 様:日本には「品種改良」いう、昔から培ってきた優秀な技術があり

ますやろ?日本人は勤勉や。いっしょうけんめいにやったら…

八百屋:そやから、今まで通りのコシヒカリを今まで通りに栽培するのには

差し支えないのやけど、さらに品種改良をする時に、この「特許」

がモノをいうようになるんや。言い方を変えたら、日本人が「品種

改良」いうて呼んでることは、染色体のDNAの組み換えと等しい

わけなんや。

奥 様:DNAの組み換えで、どんな美味しい米ができる、いいますのや?

いまのコシヒカリの味をはるかに凌ぐような米ができるわけありま

へんがな。

八百屋:味が同じで、1本の稲から2倍も3倍も量がとれたらどうしまっか?

奥 様:そんな、こっすいやんか。今まで日本人が積んできたイネの品種改良

の技術はどないなりますのや?農業試験場は何にも言うてへんの

でっかっ?!

八百屋:このままいったら、みな他の国、特にアメリカが先をこしてしまう

やろなぁ。イネだけやない。世界中の国々が「染色体」いう、生物

を構成するプログラムの中身をにぎってしもたものは全部や。

奥 様:そんな、あほなっ!米は日本人の基本や!心や!負けたらあかん

やないか!そやろ、やおちゃん、そうや言うてんか…うっうっ…。

八百屋:店の前で、泣かんといてえな。

奥 様:そやかて、あんまりやないか。日本人が土に向かって、何年も何年

もかかって積み上げた技術が、コンピューターで簡単に解析されて、

2・3年でDNAの地図を作られるやなんて。

八百屋:そう、ゲノム解析の研究は、日本は出遅れてる。

奥 様:…ふっ。ふっ…ふっ…ふっふっふっ…。

八百屋:なんや、気色悪いな、急に笑い始めて。

奥 様:他の国の人が、どんなにゲノム解析して素晴らしい品種を作り出し

たかて、怖いことなんかありまへんでぇ。え?なんでかて?教えて

あげましょか?1年目はしょうがないから、アメリカから買うたら

よろし。2年目からは、その作物の種を取っておいたらよろしや

ないか。はっはっはっ、作り放題や。

八百屋:あかんのですわ。DNAの遺伝子情報の中に、2年目は種ができん

ような情報や、種ができても二度と同じ様な品種にならんように、

情報が組み込んであるらしいんですわ。

奥 様:まるで、コンピューターソフトにかけてある「プロテクト」みたい

なもんやな。

八百屋:そうやがな。そやから、同じ品種の穀物を作ろと思たら、永久に

アメリカから穀物の種を買い続けんとあかんのや。

遺伝子組み換え穀物を、買わないですます?

奥 様:もう、穀物をアメリカから、いや、外国から買うのは、みんなで

やめましょやないか。いらん、いらん。日本人の胃袋は、日本人が

満たす、これが基本や。ようし、輸入肉も食べまへんで。

八百屋:和牛を育ててる飼料、エサは、ほとんど輸入品でっせ。

奥 様:ほな、肉はやめとこか。豆腐と、うどんにしよか。

八百屋:大豆も小麦もほとんど輸入品でっせ。

奥 様:そんなんあかんがな。何を食べよ、いうんや?

八百屋:日本では、「遺伝子組み換え穀物が安全かどうか」ばかりに議論が

集中しがちや。もちろん、それも大事なんやけど、それよりも、

これから世界で爆発的に増えていく人口を養っていくために、

「どうやって大量の穀物を作りだすか」も大きな課題なんや。

日本の穀物の自給率は、何と28%しかないんや。アメリカは137%、

フランスは188%、イギリスやドイツでも110%以上あるんや。

農作物は石油にも勝る

八百屋:アメリカの穀物商社は、「穀物メジャー」とよばれとって、大豆・

トウモロコシ・小麦など世界の農作物貿易のほぼ7割を扱うてる。

この穀物メジャーには、自前の人工衛星まで所有しているものも

あって、世界の作物の作柄、成育状況、収穫予測まで把握できる

といわれてるくらい、ごついんや。

奥 様:食料・農産物は、地球上のすべての場所で欠乏しているわけでは

ないのとちゃいますのか?

八百屋:逆にあり余っているものでもないやろ。食料は「最後の切り札」で、

その切り札をチラつかせるだけで、多くの国の政府が及び腰になる

のは、あたりまえや。

次の世代の私たちがすべきことは

八百屋:奥さん、ちょっと安心しいや。遺伝子の配列情報だけでは、すべて

解明されたことにはなってへん。

奥 様:どういうことでっか?

八百屋:遺伝子の配列情報だけでは生物の理解にはならへん。遺伝子領域や

制御領域の認識、それらの役割の解明などを進めていかな、いっぺん

にはわからへんのや。日本の企業も人も様々な分野で関わり始めた。

奥 様:世界中の研究者の競争やね。

八百屋:そう。日本も世界に負けんとこと思て大勢の人ががんばってるんや。

奥 様:日本は勝てるやろか?

八百屋:さっきの自給率のことを考えたら、そら日本のことも気になるけど、

やっぱりこれからの世代の我々が考えなあかんのは、地球規模の

食料の供給なんや。国と企業が食料の陣とり合戦しとったらあかん

のや。日本人が一生懸命考えて、世界のリーダーシップを取って、

食料問題を一気に解決できるような技術を作りだすことができたら、

最高やろな。

奥 様:どうしたら、ええのやろ?何をしたらええのやろ?

八百屋:まずは、日本の穀物自給率を上げることは、急務やろな。その上で、

食料不足に悩む世界の国々のために、遺伝子の組み替え技術も含

めて、日本人ががんばりましょやないか。そのためには、奥さん

にも、役に立てる大事なこ とが1つありまっせ。

奥 様:な、な、なんでっか?それは?

八百屋:今日、ここで、ぎょうさん野菜を買うていくことですわ。