2020-07
文責:玉木英明
2020年 7月号 どうして薬はすぐにできないの?みんな困ってるのに
小さな童(わらべ)が
わらべ: くすり売りのおじちゃん!
薬売り: おや、かわいいぼうやだね。
わらべ: 紙風船、ひとつちょうだい!
薬売り: ぼうや、ごめんな。お薬を買ってくれた人にしか、紙風船はあげられないよ。
わらべ: お薬買うから、紙風船ちょうだい!
薬売り: え?ぼうやが買うのかい?
わらべ: ぼくが買っちゃいけないの?
薬売り: いや、そんなことはないんだけど…
わらべ: わかった、おじちゃんの薬、効かないのでしょ?
薬売り: これはおどろいた。あのね、おじちゃんの薬は、効くことで有名だよ。
わらべ: ほんとかなぁ。あやしいなぁ。
薬売り: 失礼なぼうやだね。よし、わかった。言ってごらん。何の薬がほしいんだい?
わらべ: もういいよ…。どうせ、おじちゃん持ってないから…。
薬売り: そういう言い方するなよ。もう一度聞くよ!なんのお薬?胃薬?!それとも頭痛薬?!
わらべ: 小さな子供を相手に大きな声を出すと、大人げないよ。
薬売り: こしゃくな発言だ。さあ、いってごらん!
わらべ: それじゃ、「新型コロナウイルス」を治す薬をちょうだい!
薬売り: …ああ…ごめん…ぼうや…それは…
わらべ: やっぱり、ないんだね。
10年以上かかる難事業、新薬開発
薬売り: 今日は、タマキタイムズではめずらしい、シリアスな始まり方だね。
わらべ: 世の中がウイルス一色で、作者もコミカルに作りきれないのかもしれないね。
薬売り: ぼうや、すまない。おじさんはコロナウイルスを治す薬を、もってないんだ。
わらべ: なんで?製薬会社は何をしてるの?
薬売り: 効く成分を、まだ探し始めた段階なんだよ。
わらべ: いつ効くお薬ができるの?来週?来月?
薬売り: ごめんな…最低でも数年はかかるだろうね。
わらべ: 今のままの動けない状態を、数年も?
3万種もの候補から
薬売り: 新しい薬の開発は、多くの化合物をふるいにかけることから始まるんだ。
わらべ: ふるい?
薬売り: そうさ。効く可能性がある候補を、順番に試していくのさ。
わらべ: 何種類くらい試すの?
薬売り: およそ3万の化合物から始めるんだ。
わらべ: それはどれくらいの多さなのか、よくわからないなぁ。
薬売り: 毎日、かりに1種類ずつ化合物を作り上げて試すことができたとしても、
3万日かかるということさ。
わらべ: 3万日?82年もかかるのか…。
薬売り: 計算がはやいなぁ。一般的に、新薬の開発には10年から20年がかかるし、
費用も300億円以上必要だ。
わらべ: 3万種くらいの化合物を、最終的にいくつくらいまで絞り込むの?
薬売り: 前臨床試験までに250くらいまで絞り込み、最後の臨床試験では5種類ほどにするのさ。
わらべ: それでやっと、売ることができるの?
薬売り: まだまだ。ここからⅠ、Ⅱ、Ⅲの3つのフェーズとよばれる臨床試験をするのさ。
フェーズⅠ、Ⅱ、Ⅲ
わらべ: そのフェーズⅠってのは何?
薬売り: 5つの候補を少人数の「健康な人」に投与するのさ。
わらべ: その次のフェーズⅡは?
薬売り: こんどは少人数の「患者」に投与するのさ。
わらべ: やっと患者にたどり着いたね。フェーズⅢは?
薬売り: 多数の患者に投与して、有効か安全かを調べるんだ。
わらべ: もっと急げないの?
薬売り: 薬ってのは、目的の病気に効けばいいってものじゃない。深刻な副作用があれば、
いくら効く薬でも世の中に出せないでしょ?
わらべ: なるほど。
薬売り: この時、おもしろいのは「プラセボ」っていう何にも効果のないニセ薬も
患者に投与してみるのだよ。
わらべ: なんで?
薬売り: 薬を飲んだという患者の心理的効果が、効き目に作用してないかを調べるためさ。
わらべ: フェーズⅢって、何人くらいの患者に薬を飲んでもらうの?
薬売り: 数千人の規模だ。この段階で、研究開発費の半分が費やされるくらい大変なことだ。
わらべ: …おじさん、一つきいてもいい?
薬売り: ああ、いいよ。
わらべ: そのフェーズⅢが終わったところで、「この薬は効かない」ってことはないの?
薬売り: あるよ。
わらべ: …そうなったら、300億円の大損だね。
薬売り: そう、大ばくちさ。
SARS(サーズ)もMERS(マーズ)も…
わらべ: おじちゃん、2003年に大流行したサーズは、薬はもうできたの?
薬売り: …いや、まだできてないんだ。
わらべ: じゃあ、2013年から大流行しているマーズの薬は?
薬売り: …まだできてないんだよ。
わらべ: ということは、ここ20年に流行した感染症の特効薬は…
薬売り: そう、まるでできてないんだ。
わらべ: ということは、サーズやマーズに感染したらどうするの?
薬売り: 今はまだ、熱を下げるとか、痛み止めを飲むしかないんだ。
わらべ: サーズもマーズもコロナウイルスでしょ?ということは、今回の新型コロナウイルス、
治す薬はすぐにできると考えるのは間違いだってこと?
薬売り: ぼうや、あまりおじちゃんを責めんといてぇな。
わらべ: おじちゃん、関西人だったの?
薬売り: いや動揺すると、なまるのだ。
わらべ: なんでウイルスの薬はできないの?
薬売り: 伝染病の原因が細菌なら、たいてい細胞壁をもってるから、その合成を阻害すれば
増えなくなるんだ。だから、増殖を止める方法、ターゲットがいくつも考えられる。
ところがウイルスにはそれがない。まるで大きな海に釣り糸をたれるようなものなんだ。
ドラッグ・リポジショニング
わらべ: おじちゃん、すでにある医薬品を新型コロナに転用できないの?
薬売り: ちびっことは思えない発言だね。
わらべ: 抗HIV薬や既存のインフルエンザ薬が、中国で大量に投与がなされているらしいよ。
薬売り: よく知ってるね。どこで習ったの?
わらべ: 保育園で先日、お昼寝の前に「赤ずきんと医薬品」という紙しばいで
先生が教えてくれたんだよ。
薬売り: どんな紙しばいなのか、見てみたいね。
わらべ: 日本政府は何もしないの?
薬売り: 厚生労働省は、上記二つの薬にさらにエボラ出血熱治療薬を投与しようと考えてる。
わらべ: アメリカのレムデシビルのこと?
薬売り: よく知ってるじゃないか。
わらべ: 保育園の紙しばいで富士フィルムの抗インフルエンザウイルス薬のこともきいたよ。
薬売り: おどろきの紙しばいだ。そのファビピラビルは、藤田医科大で今効果検証をしてるよ。
わらべ: 帝人のシクレソニドっていうぜんそく薬や、タンパク分解酵素阻害薬のナファモスタット
って薬も習ったよ。
薬売り: えらい保育園児だ。ただね、治療薬として期待された抗HIV薬ロピナビルのように、
「効かない」ということでWHOが臨床試験を中止したものもある。いずれにせよ、
抗ウイルス剤もワクチンも、開発は手探りの状態で、来年に延期した東京オリンピック
までに、何をどこまで開発できるのか、世界中からほんとうに人を呼び寄せることが
できるのか、日本はまさに正念場だ。
休業しか方法がない?
わらべ: おじちゃん、ぼくの保育園は、もうお休みにならない?
薬売り: 正直なところ、第二波、第三波の到来でまた自宅待機なんてのは、充分あり得るね。
わらべ: 保育園に「来るな」と言われると、ぼくは胸が息苦しくなるんだ。
薬売り: 息苦しい?もしかしてそれは、来るなウイルスのしわざ…
わらべ: 保育園の服を着ることができないと、涙が出るんだ。
薬売り: 服が着られないと?もしかしてそれは、着るなウイルスのしわざ…
わらべ: 園庭でサッカーボールをけることができないと、熱がでるんだ。
薬売り: もしかしてそれは、けるなウイルスのしわざ…
わらべ: 床屋さんでバリカンで頭を刈れないと、せきがとまらないんだ。
薬売り: もしかしてそれは、刈るなウイルス…
わらべ: 保育園でお遊戯をするなと言われると、肩がこるんだ。
薬売り: 肩がこる?もしかしてそれは…。
わらべ: 言わなくてもいいよ。こるなウイルスのしわざでしょ。
薬売り: 保育園児のくせに、やるなウイルス。