2014-08
文:玉木英明
2014年8月号 農業協同組合。戦後60年を経て、どう変わるのか?
アリとキリギリス
アリ :うんしょ、うんしょ、うんしょ…
キリギリス: あ~ら、あなた、日曜なのに働いてるの?
アリ :僕は「アリ」です。金はないけど、休日出勤は「アリ」です。
キリギリス: …おもしろい自己紹介をするわね。それにしても、あなた、ほんとに
働き者ね。
アリ :アリのままの僕をほめてくれて、アリがとう。
キリギリス: …ちょっとくらい、休んだらどうなの?冬はまだ来ないわよ。
アリ :キリギリスのおねえちゃんこそ、ずっとバイオリンを弾いてて
大丈夫なの?
キリギリス: 今を楽しく生きなくちゃ。今日は葉加瀬太郎、弾いちゃおうかしら?
アリ :夏のうちに、いっぱい貯めておかないと、寒い冬に食べるものが
なくなってしまいまっせ。
キリギリス: 大丈夫。私は農協の倉庫に住みついてるのよ。農協は未来永劫
(みらいえいごう)つぶれないわ。親方、日の丸、ばんざい!
アリ :そうかなぁ…。農協は、これから大きく変わっていくと思うのやけど。
農協改革。政府の規制改革会議
キリギリス: どういうこと?
アリ :「農協改革」が政府の規制改革会議の答申に盛り込まれたの、知ってまっか?
キリギリス: な、な、なんやて!ほ・ん・ま・か~♪!
アリ :大きな声をだしないな。バイオリンひきながら、まるでオペラや。ほんで、
つばも飛んでまっせ。
キリギリス: 「農協はぜったい消えない」いわれたから、私は安心して農協倉庫を選んで
住んでますんやでぇ!
アリ :あれ、おねえちゃんも関西弁やね?
キリギリス: バレてしもた。なぁ、そんなことより、農協はなくなりますのか?
アリ :いや、なくなるとは言うてないよ。大きく変わるかも知れん、いうてますのや。
キリギリス: 農協は、協同組合でっしゃろ?ということは、組合員である農家に利益がある
ように、なってるはずでっしゃろ?小さい農家が大きな企業体に対しても、
きちんとした交渉力をもって、資材を安く購入して、製品を高く販売できる
ように、組織されてるんでっしゃろ?
アリ : いや、農協は、その「生い立ち」が違うのや。
キリギリス: どうちがいますのや?ほんで、だれが農協に文句言うてるのや?
いっぺん、どついたる!
アリ :ガラ悪い虫やなぁ。ほんで、つば、飛んでまっせ。
農協をつくったのは、組合員ではない
キリギリス: 私の家族は、米国カリフォルニアのオレンジの農業協同組合、「サンキスト」の
倉庫に住んでました。でも日本の農協の方が安定してて、守られてて、旧態依然
としてるから、居心地がいいだろうって言われて、わざわざ船に乗ってやって
来たのよ!そやのに…そやのに…
アリ :おねえちゃん、泣いてるの?…怒ったり泣いたり、忙しいひと、いや虫やな。
キリギリス: なあ、アリちゃん、農協の何を変えよ、いいますのや?
アリ :まずは、経営の形や。農協は、戦後の食べ物がない時、米を農家から
しっかりと集めさせるために、日本政府がつくりあげた団体なんや。
キリギリス: どういうことですのや?
アリ :戦後の食べるもののない時、もしも米の流通を自由にしたら、お百姓さんは
闇市で米を高く売るに決まってる。ただ、そんなことしたら貧しい人たちに
米が行き渡らん。そやから政府が「農家から配給米にする米を集めよ!」
いうて、農協に「大義名分」を与えたのや。
キリギリス: むつかしい四字熟語や。どういう意味?
アリ :農協の「大事な役目」は、組合員の利益よりも何よりも「米を集める」こと
やったのや。日本がGHQ(アメリカ占領軍)と当時交渉して作った法律が
農協法で、今のような普通の会社では考えられないような特権を農協に与えた
のや。
キリギリス: 農協法?そんな法律がありますのやな?
アリ :そうや。1947年に作られたまま、今でも手付かずの法律や。
キリギリス: その法律があると、どうあきまへんのや?
アリ :地域の農家、すなわち農協の組合員が望む、地域の実情に合った運営をできませ んのや。ピラミッド型に広がる末端の組織に向かって中央の農協連合会が下す
指示を、地域の農協が聞くばかりになってしもたのや。
キリギリス: 農家の意見で動く組合でなかったら、だれのための組合かわからんようになる
わなぁ。
アリ :そうや。さらに、農産物の加工とか販売とかを一手に引き受けてる全国農業協同
組合連合会、通称「全農」いうところが、与えられてる特権のおかげで肥料や
農薬、農業機械を独占しているのや。
キリギリス: 「守られてると、ダメになる」というのは、ザ・タマキタイムズ2013年10月号で
読んで、よく知ってまっせ。
アリ :おっ!キリギリスのおねえちゃん、なかなか、やるなぁ。
農協の仕事
キリギリス: …農協の仕事を教えてちょうだいな。
アリ :まず農協は、肥料や農薬を農家に売ってる。
キリギリス: ええやないか。最新の農薬を使える。
アリ :それから農協は、農家の作った作物を売ってくれる。
キリギリス: ええこっちゃ。ひとつひとつの農家で売り歩くのは無理や。
アリ :ほんで農協は、農機具の販売や修理もやってる。
キリギリス: 便利や。農家が作物つくりに専念できる。
アリ :農協は、銀行もしてるから、貯金も貸し出しにも応じてくれる。
キリギリス: すばらしい。タンスに預金するよりええ。
アリ :農協は、農家の人らの生命保険も面倒をみてくれる。
キリギリス: ごついな。子供や奥さんも安心や。
アリ :農協は、自動車保険や火災保険とかの損害保険も扱ってる。
キリギリス: これで交通事故も台風も、憂いなしや。
アリ :病院もやってる。
キリギリス: すばらしい。これで病気になっても安心や。
アリ :葬儀屋さんもやってる。
キリギリス: よっしゃ、これで安心して…、うおっほん、えらい、たくさんの業務を
してるなぁ。
アリ :そうや。普通の企業なら、兼ねてできないことも、全て許されてるのや。
キリギリス: 兼ねてできないことって、どんなこと?
アリ :たとえば、生命保険の会社は損害保険の会社を兼ねることもできないし、
銀行を経営することもできまへん。
キリギリス: なんで、あかんのや?
アリ :もともと、保険や銀行いう業務は、資金の保有と運用の実績がすごく大事や。
会社なら株主もおるし、運用実績も監視が厳しい。災害や事故、金融危機のリ
スクを回避するためにも、兼ねて経営できまへんのや。
キリギリス: 大災害に対して、いっぺんに支払いができるのやろか…ちょっと、危ないな。
アリ :海外から仕入れた肥料やら農薬も、売るのに競争相手がおらん。いくらであって
も、農家の人らは、まず買うてくれる。
キリギリス: 独占企業ですなぁ。
アリ :そう、独占禁止法にもひっかからん。
キリギリス: なるほど。農協はそこらへんが戦後のドサクサのまま優遇されてるわけやね。
農家が主体の団体に
アリ :そのとおりや。法人税かて19%、一般の会社の25%よりメチャ安い。
キリギリス: 政府の規制改革会議は、農協を、どうしようというてますのや?
アリ :他の株式会社と対等なものに作り直して、正しい競争をさせたい、農家が意見を
出して農家が主体になっていく団体にしたいと考えてるのや。
キリギリス: そら、自由競争の中では、仕方のないことでっしゃろなぁ。それで、農協は会社
になりますのか?
アリ :今まで、法律で守られてたものを、はずすとなると、現在その恩恵にあずかって
いる人とか、競争にさらされることが厄介な人らは、簡単にうんとはいいま
へん。
キリギリス: ほな、私のおる農協の倉庫は、今まで通り、安心してゆっくり住めるわけやね。
アリ :まあ、当分はそうやろね。ただ、今回、60年以上手をつけられなかった農協法
が議論にあがったことは、大きな意味がありまっせ。
キリギリス: あんた、働き者なだけでなくて、もの知りやねぇ。
アリ :毎日、一生懸命に荷物を運びながら、将来を考えてますのや。
キリギリス: なんやら、あんたと一緒に暮らしたくなってきました。なあ、私と結婚して
ください。
アリ :あんた、バイオリンばっかり引いてて、何かたくわえはありますのか?
キリギリス: いや、日々の生活で、ギリギリす。
アリ :そんな生活、とてもアリえません。
葉加瀬太郎ってなんだろう?