2019-08
文責:玉木英明
2019年 8月号 遺伝子編集。植物から動物、そしてヒトへ
世界征服をたくらむ博士が…
博士: ふっふっふ…。おい、そこの、こぞう!
少年: あのね、おじさん、今どき小学生を「こぞう」なんて呼ぶ人はいないよ。
博士: …しかたない、やりなおそう。おい、おまえ!
少年: おじさん、道ばたで知らない子にそんなふうに呼びかけたら、警察に通報されるよ。
博士: …むつかしいな。ちょっと、そこの「ぼく」?
少年: おじさん、大阪のおばちゃんみたいだね。
博士: 「おじさん」はやめてくれ。こう見えても私は博士、「ドクター・ノオ」だ!
少年: ドクターの…なんだって?
博士: ノオ!
少年: ちがうの?
博士: いや、ノオだ!
少年: No?
博士: Yes, No!
少年: え?そうなの?
博士: No, ノウだ!
少年: なんだ、ちがうのか。
博士: ややこしい聞き方するから、15行もつかってしまったではないか。
青いバラ、カーネーション、そして菊
博士: 1962年、007(ゼロゼロ・セブン)に登場した世界征服をたくらむ悪者を知らないのか?
少年: 最初からそうやって自己紹介すればいいんじゃないか。
博士: ザ・タマキタイムズにはマニアック人たちが登場するから、わくわくするだろう?
少年: 僕ら小学生の父母を通り越して、祖父母たちの世代がわくわくする登場人物だよ。
博士: …まあいい。それより、遺伝子組み換え作物が世界中に出回っていると、本年3月号の
タマキ・タイムズで見た。あれは本当か?
少年: ああ、本当だよ。品種改良では絶対に作り出すことができなかった作物が、遺伝子の
組み換えで作れるようになってきたのさ。
博士: もっとわかりやすく、おじさんに説明してくれないか?
少年: 自分を「おじさん」と認めたね?
博士: い、いや、そういうわけでは…
少年: たとえば、バラやカーネーションには、もともと青色の色素をつくるために必要な
遺伝子が存在しなかったんだ。だから、何百年「品種改良」を続けたところで、
青いバラもカーネーションも作ることはできなかったのさ。
博士: そ、そ、それで?
少年: 1997年に、ペチュニアの青い色素の遺伝子を組み込んだところ、世界初の
「青いカーネーション」ができたんだよ。さらに、2009年、パンジーの青い遺伝子を
組み込んで世界初の「青いバラ」ができたんだよ。
博士: えらい時代になったものだ。私が映画で活躍した1960年代には想像すらできなかった。
少年: 不可能を可能にしてこの世に生まれた「青いバラ」の花言葉は「夢かなう」であり、
特に花嫁が青いものを身につけると幸せになると言い伝えのあるヨーロッパでは、
結婚のプレゼントとして空前の人気だよ。
博士: 日本では、研究はされてないのか?
少年: 能研機構とサントリー・グローバルイノベーションセンター(株)が共同で
2017年8月に、カンパニュラとチョウマメの遺伝子から「青いキク」の開発に成功したよ。
博士: おお、わずか一昨年のことではないか!
クリスパー・キャスナイン
博士: ふっふっふ…
少年: おじさん、何を気色悪い笑い方してるの?
博士: こぞう、いや、ぼく、動物の遺伝子組み換えも可能なのか?
少年: ああ、クリスパー・キャスナインと呼ばれる遺伝子編集の技術で、ゲノムが
編集できるようになったよ。
博士: …何だ、それは?
少年: クリスパーってのは、いわば分子のハサミでDNAを切り貼りする技術だよ。
博士: そんなことが、できるのか?
少年: 細菌類は、侵入してきたウイルスのDNAを認識してその一部を切断して
自分のゲノムに組み入れるんだ。これを人間が応用して、ヒトのゲノムを
編集するんだって。
博士: 小学生のくせに、よく知ってるな。
難病からのがれる救世主?
博士: その技術、どんなことに使われてるのだ?
少年: 2017年にはアメリカで、遺伝子が原因で生まれながらに心臓に病気を持つ人のDNAを
修復できたよ。
博士: ほう、「難病」を救えるではないか!
少年: そのとおりだよ。ただ、去年の11月、中国の南方科技大学の賀建奎准教授が、
ヒトゲノムに手を加えてHIVに耐性をもつ双子の女の子を誕生させたと発表して…
博士: …あのな、はずかしい話だが、おじさんに分かりやすく説明してくれ。
少年: ヒトの体を病原体から守ることを、免疫(めんえき)って言うのはわかるでしょ?
博士: …ああ、わかる。
少年: その免疫のために体の中で働いている「正義の味方」がTリンパ球とか
マクロファージという細胞さ。
博士: ほう、それがどうなるのだ?
少年: これを侵すウィルス「悪者」がHIVで、今回の中国人の発表は、そのHIVに感染しない
双子を誕生させたというんだ。
博士: すごいじゃないか。…世界は…どう反応した?
少年: 発表者は、香港で開かれた「ヒトゲノム編集国際サミット」で得意げに成果を
語ったのだけれど、倫理面での厳しい質問を浴び、中国政府も彼らに
研究の中止を命じたんだ。
倫理的問題とは
博士: 何が問題なのだ?
少年: DNAを書き換える「研究」はしてもいいことになってる。
博士: …なるほど。
少年: でも、DNAを書き換えた受精卵を、お母さんの子宮にもどして、子供を誕生させることを
許している国はどこにもないのさ。
博士: …聞いてもいいか?もしも、そんな子供が誕生したら、どうなるのだ?
少年: 書き換えられたDNAをもつヒトが何代にも受け継がれ、生まれていくのだよ。
博士: ヒト以外の「動物」ならいいのか?
少年: シカゴ大学で、マウス(ねずみ)に食欲を抑制するホルモンを作りだす
「遺伝子編集」をして、食欲と血糖値を抑えるのに成功したらしい。
博士: ほう、糖尿病を救えるのだな。
少年: 英国インペリアル・カレッジ・ロンドンでは、マラリアを媒介する蚊の遺伝子操作を
行って、集団の繁殖能力を失わせることに成功したんだよ。
博士: なるほど、蚊がいない世界になるのだな!
少年: 米国は、サケを遺伝子操作でキングサーモン並みに早く大きく成長させてるよ。
博士: うお、私はサケ弁当が大好きだ。
少年: 中国の西北農林科技大学では、遺伝子除去でより毛の多いカシミヤヤギを誕生させたよ。
博士: カシミヤのセーター、安くなれば私も買うぞ。
少年: 米国ハーバード大学で、内在性ウイルスをもたないブタを誕生させたよ。
博士: 臓器をヒトに移植できるブタだな。
少年: そのほか、みんなで協力して働けない「嗅覚のないアリ」とか、
家畜用「角のない牛」とか、人間に都合のよい「動物」が、
どんどんこの世に出現してるよ。
世界征服…される?
博士: 世界征服をたくらむ私が言えるような話ではないかもしれないが、
ちょっと、あぶない話になってきたと思うのだが。
少年: そう、あぶない。「倫理的に」どこまで認められるのか、はっきりさせていない。
今のところ、ヒトに対しては遺伝子操作によって
「有害な遺伝子を削除する」ところに限られているのだけれど、
そのうち「好ましい遺伝子を加える」ところまで進むかも知れないね。
博士: 私がクリスパーの研究をして、筋力が2倍もあるヒトとか、身長が3メートルのヒトとか
3倍の記憶力を持つヒトを誕生させたら、どうなるのだ?刑務所行きか?罰金か?
少年: まだ、きまってないよ。でも、そんなヒトたちが世に出てきたら、
おじさんが世界征服をする前に、僕たちはみんな「征服」されてしまうかも…ね。
博士: オゥ、ノオ!