2016-08

文:玉木英明

      2015年 8月号 夏の感染症を防ぐには?ジカ熱、デング熱、日本脳炎。

漢字で書く方がいい?蚊(カ)と蝿(ハエ)

カ : わたしはか。

ハエ: …質問してるの?

カ : ちがうちがう、かなのよ。

ハエ: 香奈ちゃんの?

カ : かよ。

ハエ: 加代ちゃん?

カ : かだ!

ハエ: 加田さん?

カ : かやがな。

ハエ: …だれ?

カ : かです。

ハエ: か?

カ : か。

ハエ: あのね、ひらがなで書くから、ややこしいのでしょ。14行も使ってしまったよ。

漢字で「蚊」と書いたらよろしいやないか。

カ : だいたい何で私のようにエレガントな生物が「カ」なんて一文字で呼ばれなきゃ

ならないのよ!失礼しちゃうわ!…そういうあなたは、誰なのよ?

ハエ: ぼくは、ハエです。栄え(はえ)ある昆虫の中の生え抜き(はえぬき)と言われて

います。

カ : おもしろい自己紹介するわね。

ハエ: はえ。

カ : …あのね、こんなところで「蚊」と「蝿」が自己紹介し合っててどうするの?

それより、最近私の悪いうわさが流れてるようだけど、どういうこと?

ハエ: 蚊のあんたに、「良いうわさ」なんてありますのか?

感染症の運び屋

カ : 失礼ね。私たち蚊は、ちょっとだけ血をすわせてもらうだけなのに、人間達が

すごくいやがるのよ。先日も、日本農園がどうだと大騒ぎしていたわ。

ハエ: 漢字ちがってますで。日本脳炎や。もともとはブタが持ってた日本脳炎ウイルスを

人間に運ぶのが、あんたら赤家蚊(アカイエカ)でっしゃろ?

カ : ブタの血をいただいた後で、お口直しにヒトの血をいただくと、とても、おいしい

のよ。

ハエ: 去年、千葉県のゼロ歳児が日本脳炎にかかったのも、あんたの仲間の仕業という

話ね。

カ : 日本脳炎の予防接種は3歳からだから、2歳以下の子達の血は、薬が混入して

いなくて特に美味なのよね。

ハエ: すぐに厚生労働省が対応に入って、生後6か月の子供から予防接種を受けられる

ようになりましたよ。

カ : 厚労省…いつもは対応が遅いくせに、余計なことをしてくれるじゃないの。

ジカ熱。南米で大流行

ハエ: 南米でえらい勢いで広がってるジカ熱も、あんたらが広めてるってうわさやね。

カ : ジカ熱?おでこに、じかにさわると熱い病気?

ハエ: そんな生やさしいものやおまへん。Zika feverいうて、妊婦さんがこの病気に

かかると、生まれてくる子供が小頭症になったり、目がみえなくなったりします

のや。母子垂直感染とよんでまっせ。

カ : なんだか、フィーバーしてきたわ。

ハエ: あんたがフィーバーしてどないしますのや?今年は、リオデジャネイロでオリン

ピックがあるから、集まった人たちがウイルスを世界中に持ち帰るのとちがうか

って、心配してるんでっせ。

カ : リオは、これから真冬でしょ?蚊はそんなにいないわよ。それに、妊婦さん以外は

それほど深刻な結果をもたらさないはずよ。パニックはいけないわ。

ハエ: あんたが言える話とちがいまっせ。アフリカと東南アジアにしかなかったウイルス

が、ミクロネシアを経て南米まで広がりましたんや。こんな感染を見て、あわて

ない方が不思議や。

カ : 私ら蚊も、神の下では生物として生きる権利があるんだから、「悪の根源」みたい

に言われると悲しいわ。

ハエ: そりゃまあ、そうだけど…。

デング熱。中国広東省とアメリカで流行

ハエ: デング熱かて、あんたら蚊が広めてるって、もっぱらのうわさやね。

カ : 東京の代々木公園でも出た病気ね?山に住んでる天狗(てんぐ)のかかる病気?

ハエ: そんなお茶目なものやおまへん。Dengue feverいうて、中国広東省とアメリカで

大流行してますのや。

カ : なんだか、フィーバーしてきたわ。

ハエ: あのねえ、あんたのフィーバーする場面やないって言ってるでしょ?ハシカに

よく似てて、日本人がとても気をつけなあかん感染症でっせ。

カ : 感染症?

ハエ: そう、昔の言い方をするなら「伝染病」や。

カ : 伝染病?はやりやまい?大流行?コレラやペストと同じ?えらいこっちゃやがな!

ハエ: まねせんといて。

カ : すんまへん。

地球温暖化が根源

カ : 熱帯の感染症が、どうして世界中に広まっちゃったのかしら?

ハエ: 地球温暖化が原因や。夏の気温が上昇して、冬も暖かになって、蚊を含む熱帯の

微生物が日本でも住みつけるようになってしもたのや。

カ : そうよね。最近の日本の夏の暑さは「熱帯」そのものよね。

ハエ: それから、物流の量かて関係してる。世界中を動き回るコンテナや荷物に、

微生物の卵が簡単にくっついていけるのや。

カ : 日本脳炎とかジカ熱とかデング熱にかからないようにするには、どうしたら

いいの?

ハエ: 簡単や。…ただ、言うてもよろしいのか?

カ : もちろんよ。教えて!

ハエ: …怒ったら、あきまへんで。…あんたら、蚊の数を減らして、蚊に刺されない

ようにすることが最良の方法や。

カ : …私ら…蚊をへらす?

ハエ: その通りや。水がたまってる場所をなくして、ボウフラの発生をおさえるのや。

カ : 水がたまってる場所なんて、簡単にはなくせないわよ。

ようやく世界水準、日本の虫よけ薬

ハエ: 虫よけも効果が大きいでっせ。

カ : ハエのあなたに言われたくないわ。それにね、虫よけは「ディート」っていう

定番の成分でしょ?日本の虫よけのディート成分は、濃度が12%と低いから、

あまり怖くないわ。

ハエ: あんた、よう知ってますなぁ。

カ : 私は学生時代に、蚊外授業で蚊学反応を勉強したのよ。

ハエ: 厚労省がジカ熱の流行に迅速に対応して、今年6月末にディート濃度30%のものが

販売できるようになりましたんや。

カ : 厚労省…いつもは対応が遅いくせに、余計なことをしてくれるじゃないの。

蚊を根源から消す、イギリスの企業

カ : デング熱やジカ熱に効く、ワクチンはないの?

ハエ: 残念ながら、ありません。

カ : ということは、悪者は、何が何でも私たち「蚊」ということね?

ハエ: その通り。人間にとって害のあるものは、すべて「悪」なんでっせ。

カ : 人間が、蚊とり線香とか蚊帳(かや)を使ってたころは、牧歌的でよかったわ。

そのころは、ジカ熱とかデング熱なんてきいたことなかったもの。

ハエ: 外国、とりわけ先進国での蚊への対応は、日本に比べてもっとすごいものが

ありまっせ。たとえば、イギリスのバイオ・ベンチャーの企業などは、オスの

蚊の遺伝子を組み換えて生殖能力をうばって大量に放して、メスの卵がかえら

ないようにしますのや。

カ : えらいことしてくれるじゃないの。

ジカ熱、デング熱、土曜夜熱

ハエ: 私、実は昔、「土曜夜熱」いう感染症にかかりましたんや。

カ : …土曜夜熱?いったいどんな感染症?

ハエ: ビージーズのレコードを聴きながら、ジョン・トラボルタのスタイルで、夜通し

ディスコで踊り続ける感染症や。

カ : ハエのあんたが?

ハエ: そう、私、そのころディスコのトイレに住んでましたんや。

カ : 聞いたことないなぁ…土曜夜熱…?

ハエ: 英語で、サタデー・ナイト・フィーバーいいますのや。