2013-12
文:玉木英明
2013年 12月号 日本の米作り。減反政策が5年後に消えたら
山田の中の一本足のかかし
カラス:なぁ、あんた、一本足で、天気がいいのに蓑傘(みのかさ)つけて、
朝から晩までただ立ちどおし、歩けまへんのか?
かかし:やかましいなぁ。あんたかて、何でそんなに鳴くのや?山に七つの子
でもおるのとちゃうか?
カラス:案山子を「かかし」と読めるのは、知能指数の高い僕たちカラスだけ
や。
かかし:あのなぁ、カラスは漢字で書いたら「烏」やろ?鳥という漢字から
一本「ぬけてる」わけや。鵜のまねをするカラスかて、できない
ことを真似する、おバカのことや。要するに、頭がカラスや。
カラス:何やてぇ?!一本抜けてるやてカァー?!頭がカラスやてカァー?!
かかし:びっくりするやろ!大きな声をだしないな。ほんで、つば、飛んで
まっせ。
カラス:これが、腹を立てずにいられまっか!僕ら、色が真っ黒で雑食性やから
いうだけで、いつも、むちゃくちゃ言われるのは、どういうことや!
かかし:まあまあ、カッカしないで、カッカしないで。かかしないで。
カラス:…だれも、笑いまへんで。そんなギャグ。
かかし:座布団一枚ちょうだいな。
カラス:あんたと田んぼで「笑点」しててもしょうがない。なにか、新しい話は
ありまへんのか?
減反政策の廃止
かかし:先日、自由民主党の会議でコメの減反政策の廃止が発表された。
カラス:あのなぁ、カラスの僕かて、昔から日本が減反をしっかりとしてること
くらい、知ってるで。ばかにせんといてや。
かかし:いや、ちがう、よう聞きなや。減反政策を5年以内に「廃止」しようと
いうてるのや。
カラス:なんやて?どういうことや?
かかし:今、政府は農家に対して、コメを作らない田んぼに10アールあたり
15,000円の交付金を支給してる。それを来年は5,000円に減らして、
5年後には0にしよう、いう話や。
カラス:…突然そんなことしたら、農家が困るのとちゃいまっか?それに、農地
かて誰も面倒みなくなるやないか!何でそんな話が突然出てきたんや?
かかし:戦後、食べるものがなかった日本では「コメは絶対に守るんや」と
いうて、政府が農家を一生懸命に守ってきた。最初は確かに「守って
きた」ことに違いがなかった。ところが、もはやコメを作らない田んぼ
にまでお金を出して、日本国内でコメの値段を動かないようにしてる
だけになってきたのや。この矛盾を、ここで大転換しようというのや。
カラス:農業以外の産業、すべてのモノづくりも、日本政府は守ったらな、
あかんわなぁ。
かかし:米作りばかりを守るために、国民の税金を大量に農業にまわして
守ってるうちに、日本の農業自体が競争力を失ってきたのも確かや。
カラス:外国の米は、そんなに安いのでっか?
かかし:4分の1以下の値段や。
カラス:むちゃくちゃ、安いなぁ。…ほんで、減反政策をなくしたら、なんで
日本の農業は大転換できますのや?
かかし:サラリーマンの片手間にやってる小規模の農家に対して「お米を作らな
かったらお金をあげよう」なんて政府が言うてるのは、ほんまに変や。
大規模に、本気で収益をあげる工夫をしてくれながら米作りをやって
くれる人や会社に、国が経済的にバックアップしようというのは当然
やろなぁ。
カラス:小さな米農家を見捨てることにはなりまへんのか?
かかし:その可能性もおおいにある。ただ、価格競争力のない今の日本のコメ
作りは、いつかは破たんすると、みんなうすうす感じてる。
大規模な米作りが日本を変える?
カラス:何度もききまっせ。大規模に本気でコメ作りをしたら、ほんまに
バラ色の未来が待ってまんのやね?
かかし:そうや…なぁ…。
カラス:えらい、歯切れが悪いやないか。
かかし:日本の農家の4分の3、すなわち75%は兼業農家や。
カラス:さっきあんたの言うてた、農業と他の仕事とを、兼ねてやってる
人たちやね。えらい、たくさんやね。
かかし:そうや。そんで、その中の第二種兼業農家、言い方をかえたら農業収入
よりも農業以外の収入のほうが多い人たちは、58.5%にも達する。
カラス:数学の嫌いな僕にも、わかるように説明してくれまへんカァ~?
かかし:サラリーマンで週末に田んぼをしている人たちがいたから、日本の農地
が今まで守られてきたというても、過言でないというこっちゃ。
カラス:その人たちに向かって、「来年から農業に対する補助金は出しません」
いうたら、みんな土地を手放して、大規模な専業農家が農業をバンバン
できるようになるの…やろか?
かかし:手放さんやろなぁ。それに正直なところ、今、兼業農家の人らは、
お金をあてにして農業をしてるのとちがうとおもうのや。
カラス:兼業で農業をしてる人らは、儲かってますのか?
かかし:あかん、土地を荒らさないように保つだけで精一杯や。人件費を含めて
考えたら、農家は大赤字なんや。
カラス:何で、農家の人たちはそんな大赤字の農業をつづけてますのや?
かかし:先祖から受け継いだ農地を簡単に手放すわけにいかんと思てる。それに
農家の人らは、少なくとも、農業や土を愛している人らやと思うのや。
カラス:ほな、都会の机上で考えてる経済学が通用せんいうことでっか?
かかし:そのとおりや。そやから、減反政策が消えて、補助金がなくなったら、
農家の人らの所得が単純に減って、荒れ地が増えただけ、いうことに
ならへんかと、学者らはみんな危惧してるのや。
カラス:大規模農業とか、会社のする農業には移行しまへんのか?
かかし:むつかしい。仮に大規模経営の農業形態に替わっていって、大きな規模
の会社や農家が農業を行ったとしても、政府のいう「国際競争力」が
つくか、というとこれも疑問や。
カラス:何でそんなこと言えるの?
かかし:今、すでに日本にある大規模農家と企業のコメ収入は、1㎏あたり、
200円程度や。
カラス:…国際的には、いくらくらいですのや?
かかし:1㎏あたり、50円くらいや。ただ、実際には、もっともっと外国の
コメは安い。
カラス:ほな、TPPで関税が撤廃されたら、なんぼ大きな企業化されたコメ栽培
会社ががんばっても、「無理や」ということでっか?
かかし:正直、今の日本では、そのとおりや。一部のブランド米はともかくと
して、みんな外国にやられてしまう可能性が大きい。
カラス:規制を撤廃したら、競争力ができて、一つ一つの農家の収入は増える
と信じてたのに…。
かかし:タクシー業界を見てみいな。2002年に、タクシー業界には規制がなく
なって、どんどんタクシーの台数が増やせるようになった。
カラス:規制がなくなって、タクシーの運転手さんらの生活はよくなったの?
かかし:規制前には299万円やった年収が、規制緩和後2010年には、245万円に
減ってしもた。
カラス:2割も減ってしもたやんか。
かかし:そうや。規制をはずして自由度があがると、個々の収益が悪なった、
ええ例やな。
軽自動車の税金まで上がる…
かかし:さらに今回、農家にとって、もうひとつ、悪い話がある。
カラス:なんですのや?それは?
かかし:政府は軽自動車の税金も増税しようとしてる。小型車と比べて軽自動車
の税金が安すぎるから税金を高くしよういうのや。
カラス:軽自動車の税金と、農家の稲作と、どういう関係があるの?
かかし:一般的な地方の農家では、普通車のほかに、農作業用に軽トラックを
持ってる。この軽トラックこそ、日本の農業を守る砦になってるのや。
カラス:そうか。安く動いてくれる小さいトラックに、今後、高い税金が
かかっていくのやね。
かかし:その通り。日本から小さな農家を全部なくして、大きなコメ専業農家を
作り出して、さらに海外の安いコメに勝てなかったら、日本の農業は
本当に壊れてなくなってしまう。
カラス:政府の考えている改革は、もっともな事なんやけれど、大きな危険を
はらんでいる、いうことやね。
かかし:そうや。
かかしは、苦労が好き?
カラス:あんた…すごく、もの知りやねぇ。なんやら、私、あんたのことが
好きになってきましたで。私と結婚してください。
かかし:あかん、あかん。カラスとかかしのカップルなんて、聞いたことが
ないで。
カラス:いいや、あんたみたいな、もの知りと一緒に生きていたいのや。
かかし:ご存知のとおり僕は動くことがきらいや。苦労して働きたくないのや。
カラス:うっふっふっ…。
かかし:何を気色の悪い笑い方をしてますんや?
カラス:知ってまっせ、あんたが働き者で、苦労を気にせんということを…。
かかし:な、な、なんやて?
からす:かかしは英語で scarecrow、「好きや苦労」いいますやろ?