音響の制御

理想的な音環境がある、ということが分かってもそれを作り出す方法が分からなければ、理想を実現させられずに悔しい思いをしてしまいます。

理想的な音環境を設計していく方法を、スケールの違いに着目して、建築的対策、家具的対策、設備的対策に分けて紹介します。

建築的対策

理想的な音環境を設計するための建築的対策として、反射吸音があります。

また、ホールなどの音環境を評価する指標として、音圧レベル残響時間があります。

反射と吸音を建築的に活用して、音圧レベルと残響時間を理想的な範囲に調整してくのが音響設計の基本です。

下図は劇場のステージの平面概要で、音源がステージ上にあり、客席で受音する状態を示しています。

音源の音をたくさん届けることができれば、小さな音の違いも受音地点で知覚することができ、情報量の多い音環境を構築することができるので、まず音源から発せられた音をなるべくたくさん受音地点に届けることを考えます。

そこで、音源に近い側の建築的対策として、音源付近での客席方向への音の反射があります。

音源の近くには、厚手のカーテンではなく、密実でつるつるで面積の大きなものがあると、客席側へ音が反射されやすくなります。

次に、客席側に届いた音が反射を繰り返すことによりエコーとなることを防ぐ方法を考えます。

客席の後方には、正面からの直接音と、側面や背面の壁からの反射音が届きます。

音圧レベルの確保のためには側面や背面の壁からの反射音も必要ではありますが、繰り返し反射した音はエコーとなり音環境の質を下げてしまいます。

そこで、客席に近い側面や背面の壁に一定量の吸音ができるよう吸音機構を設けることで、繰り返し反射した音によるエコーの発生を低減することは可能です

なお、客席の側面や背面であっても、完全な吸音を目指すのではなく最適な残響時間になるように適度に反射する材料を採用します。

家具的対策

建築的対策よりもう少し小さなスケールで、理想的な音環境に近づける方法があります。

それをここでは家具的対策と呼んでいます。

家具的対策をとることで、残響時間を最適残響時間に近づけることができるようになります。

実は、映画館や劇場で最も大きな吸音力をもっているのは人体なのです。

そのため、残響時間を最適残響時間に近づけるためには、人体の吸音力を加味する必要があります。

どのように加味する必要があるかというと、以下の二つに分けて考えます。

  1. 満席の時

  2. 満席ではない時

「1.満席の時」は、人が吸音することを見込むことを指します。

最も人が多く入り、最も強く吸音される満席のときでも最適残響時間を得られるよう反射材の設置面積や周波数特性を決めていきます

その一方で、「2.満席ではない時」には、人がいなくても人と同じような吸音力を発揮できるよう、何かで調整することを検討します。

人がその空間に何人いるかはその都度違いますし、人の座る位置も毎回違います。

吸音力の高い人の数や位置が毎回異なっている状態であっても、毎回同じような残響時間とするためには何をどのように調整すれば良いでしょうか?

人と同じような吸音力を持つ人形を人の座っていない座席に置いておけば調整できそうですが、人と同じ吸音力を持つ人形は重そうですし、毎回位置を変えるのは大変そうです。

座席の真上に人と同じような吸音力を持つ吸音材をぶら下げておいて、人が座っている席の真上の吸音材は引っ込めて、人がいない座席の真上の吸音材を飛び出させておくのも良いかもしれません。

ただ、残響時間に対する床付近にいる人と天井付近の吸音材とが同じ効果を発揮するかは、「やってみないとわからない」という状態かもしれません。

もっと取り組みやすい方法はないでしょうか。

それが、家具的対策の「家具」です。

人のいる位置にある座席のシートを使った対策です。

座席のシートを人と同じような吸音力の座席シートにしてしまうのです。

映画館のシートがどこも同じように大きくて少し硬くて表面が丈夫なフェルトのような布地でできているのは、そうすることにより人と同じような吸音力を発揮するための工夫の一つなのです。

もう一つ、空間の吸音力を高める方法があります。

それが厚手のカーテンの設置です。

舞台の客席の後方に厚手のカーテンを設け、人の入り具合に応じてカーテンの閉め具合を変えることで、空間の吸音力を調整することができるようになります。

設備的対策

音環境を調整する設備的な対策はアクティブ・ノイズ・キャンセル(ANC)の技術です。

アクティブ・ノイズ・キャンセルは、ノイズとなる音と位相が逆の音を発することによりノイズとなる音の音圧レベルを下げることを目指した技術です。

アクティブ・ノイズ・キャンセルは、ヘッドホンやイヤホンにも搭載されている機能です。アクティブ・ノイズ・キャンセルの機能をONにすると、周囲の音があまり聞こえなくなりますが、これはヘッドホンやイヤホンが周囲の音を検出してそれと逆の位相の音を直ちに発生させて周囲の音を聞こえにくくしている効果です。

高速道路や鉄道の沿線のように、似たような周波数帯で構成されるノイズへの対策であればアクティブ・ノイズ・キャンセルで対応できそうですが、アクティブ・ノイズ・キャンセルにも限界があります。

それは、アクティブ・ノイズ・キャンセルでキャンセルされる音の周波数帯により消去される音の程度は異なります。高音ではその効果を得にくくなってしまうのです。

低周波数であれば、ノイズと逆位相音が多少ずれても打ち消し合う面積は比較的大きく、消音の効果は比較的大きく得られます。その一方で、高周波数の場合、ノイズと逆位相がずれると打ち消し合えずそれぞれが独立した騒音としなってしまい、ノイズを増大させることにもなってしまうのです。

また、出力する逆位相音の音圧レベルについても注意が必要です。

ノイズの音圧レベルと逆位相音の音圧レベルに差が大きいと、消音の効果は小さくなってしまいます。ノイズの音圧レベルの方が大きければ打ち消し合えずにノイズが残ってしまいますし、逆位相音の音圧レベルの方が大きければ、新たなノイズをあえて発生させていることになってしまうのです。