空調の役割・価値・存在意義

空調には温かさ、冷たさを作り出すという役割があります。

空調が開発された当初は温かさ、冷たさを作り出すことだけが空調の役割でした。

空調が開発されてから時間がたった現在、空調にはどんな役割があるのでしょうか。

そして今後、空調にはどんな役割が求められていくのでしょうか。

使ってくれる人たちに幸せを感じられる雰囲気を家電で、特に空調で作り出すことを目指すエンジニアとして、その答えを考えてきました。

空調の役割や価値、存在意義の一例として私の考えを紹介させていただきます。

キーワード

バイオミメティクス、人間工学、パラメトリックデザイン

空調の役割・価値・存在意義

空調が開発された当初、空調には冷たい空気と暖かい空気を作り出すことだけが求められていました。それまで冷房する方法としては団扇や打ち水でした。それまで暖房する方法としては囲炉裏でした。団扇は対流熱伝達率を上昇させ放熱量を増やすことができるものの、団扇を動かすことによる筋肉の発熱が生じるため、団扇の効果が100%発揮されているとは言い難いです。また、打ち水もそもそも暑い場所に行かなければで実施できず、温湿度や気流など外気の条件によっても効果が変わってしまうため、涼しさを感じられるほどの効果は得にくいかもしれません。囲炉裏は放射による囲炉裏と人体の間の熱の移動と、自然対流による囲炉裏から空気への熱の移動により採暖としての効果を発揮しています。熱源が高温であるため、放射による採暖は暖かさを感じるものではありますが、室温の上昇は自然対流に依存しているため、大きな室温上昇の効果は得られにくいです。

そのような時代背景からすると、冷たい風を強く浴びることの価値は高いことが予想できますし、採暖と部屋全体を温められる暖房という考え方の違いは大きいものだったことでしょう。しかし、じきに冷たい空気を浴び突けることの不快さが、冷たい空気の快適さより勝ってきたようです。

冷たい空気や暖かい空気が届けられることによる快適さを求め続けた期間は長く、熱的な快適性の要因や温熱環境に対する人の反応についても併せて検討されてきました。技術的に実現可能か否かは別として、暑過ぎないあるいは冷たすぎない快適な温熱環境があることを明らかにしたのは、価値があったと思います。その一方で、高い快適性を得ることに対する負荷についても着目されるようになってきました。

確かに蒸し暑い真夏に冷房を付けると汗もひいて快適です。凍える冬の朝にタイマーで暖房をつけて部屋を温めておくことは起床時の起きやすさを支えてくれます。しかし、涼しさや温かさの裏には、その環境を作り出すためのエネルギーが必要です。また、その仕組みを成り立たせるためにオゾン層や地球の平均気温を犠牲にする材料を使い続けることも事実です。その事実を認めることにより、空調の役割は次のフェーズに移っていきます。

一定の快適性を得るために必要となるエネルギー量に制限を設けたり、所定の量より少ないエネルギー量で運用する施設を認定したりすることで社会的な価値を認めようとするのが省エネの次のフェーズのように思っています。その一方で、空調の価値は新たな視点でみられるようになってきています。

それが空間の目的に対する空調の貢献です。病室であれば、患者が早く治癒することがその空間の目的です。学校であれば学生が能力を高めること、寝室であればよく眠られることがそれらの空間の目的です。それらの目的に空調がどのようにどの程度寄与できるのかなど、わからないことだらけです。

空調の役割・価値・存在意義を支えるもの

そんな空調の役割・価値・存在意義を支えてくれるのが、これまで学んできた様々は指標や用語です。

冷たさや温かさは伝熱の原理に基づいて考えることでロジカルに成り立たされています。

快適さはPMVやSET*などの指標を用いることで具体的にコントロールしやすくなります。

省エネルギー性能は、モリエル線図やカルノーサイクルなどの指標を用いることで管理されていますし、向上の方法も検討されています。

さらに空間の管理という目的のために省エネ法やビル管法などは制定されています。

空調の役割・価値・存在意義を強くするもの

空調の役割や価値、存在域を支える多くの指標がありましたが、空調の役割や価値を一層高めるためにはいくつかの技術的な視点が有効であると考えています。それが、バイオミメティクス、人間工学、パラメトリックデザインです。

バイオミメティクスは生体模倣と呼ばれる技術で、生体の持つ特徴をその他の分野に応用しようとする考え方です。

人間工学は、温熱生理や温熱心理を含み、人体の特徴から空調を考えるもの出です。

パラメトリックデザインは、最適設計に向けた手法で、一部自動化された設計でもあると言えます。

空調の技術の進む方向

家庭用エアコンの大きなトレンドの一つに自動清掃がありました。自動清掃は2005年にパナソニックが発売を開始して以来、高級機種から普及機種まで幅広く展開されてきました。自動清掃は吸引式と掃き出し式の二種類あり、掃き出し式を採用している企業群は吸引式を採用している企業群に対し、「吸引式は室内の汚れを屋外に噴き出しているが、それは倫理的に許されるのか?」と疑問を示しています。その一方で、吸引式を採用している企業群は掃き出し式を採用している企業群に対し「油で汚れたホコリを10年ため込んで不衛生ではないのか?」と疑問を示しています。定期的にエアコン清掃業者に清掃を依頼する手間を省く手段として一気に広がった自動清掃機能ではあるが、フィルタだけでなく、その先にある風洞や貫流ファン、左右ルーバーや上下ルーバーなど埃のたまる部位は多数あり、取り組みやすいところだけ取り組んでその他の部分についての清掃については、本格的は取り組まれてこなかったとも言えます。

これは、現在の快適性制御についても言えることです。人検知機能として焦電型センサ、サーモパイルアレイ、カメラが用いられ、補助的に照度センサや単眼のサーモパイルが用いられています。これらにより検出できることは人の存在の確認や人の活動の大きさ、人の曝露される環境の一部についての情報です。エアコンが据え付けられた空間に求められた役割を果たすためには、その部屋の役割や目的、どのタイミングでどのような環境を提供することが理想的なのかといった具体的な制御のゴールを俯瞰的に検討することが必要ですが、現時点では取り組みやすいところだけに取り組んでいると言えます。その部屋やその空間、特にその空間の温熱環境や空気質に求められている役割は、一日の中でも数時間単位で変わり得るし、平日と休日とでは異なるかもしれません。花粉の多い春と暑さを何とかしたい夏とでは、その空間に求められる役割は大きく違うでしょうし、幼い子のいる家庭では5年後にはその子の代謝量が多くなり放熱量が多くなるため今より多少涼しく感じるように制御することが理想的かもしれません。そのような温熱環境に求められている役割について、現時点ではその一部のみに着目して、その部分の技術については高め、それで満足してしまっている状態のように見えます。