温熱心理

室温の高い時には暑いと感じ、室温の低い時には寒いと感じます。

なぜ、私たちは高い室温に対して暑いと感じ、低い室温に対して寒いと感じるのでしょうか?

また、同じ室温であっても、夏には26℃の室温を涼しく感じるのに対し、冬には26℃の室温をあたたかく感じるのはなぜでしょう?

暑さ・寒さを感じる仕組みが分かると、空調設備を設計するときに目標とする温熱環境の考え方が見えてくるかもしれません。

求心路と遠心路

温度という物理状態が、暖かさといった心理状態にたどり着くまでには、温度の情報は以下の道のりをたどっていきます。

  • step1:皮膚の温度が高くなる

  • step2:皮膚の温度が高くなったことを末梢神経が検出する

  • step3:末梢神経からの情報が中枢神経(脳)に到達する

  • step4:「暑いな~」と感じる

神経の末梢で生じた情報が脳にたどり着く道のりを求心路と呼んでいます。

遠心路は、脳から出ていく指令が神経の末梢にたどり着くまでの道のりのことです。

脳から汗腺に指令が行けば汗の量が調整されますし、脳から毛細血管に指令が行けば手足の血流量が調整されます。

遠心路は、以下のような道のりです。

  • step1:脳が「暑いから、汗を増やせ!毛細血管を拡げろ!」という指令が出る

  • step2:指令が汗腺と手足の毛細血管の神経に伝えられる

  • step3:汗腺が汗を放出して皮膚表面を潤し、手足の毛細血管が拡張して血流量が増える

  • step4:皮膚からの放熱が促進される

温熱環境に関しては、皮膚には、高い温度への変化を検出する温点と、低い温度への変化を検出する冷点という、求心路の神経の末端があります。

温点は、高い温度への変化を検出するとスパーク状の放電をします。冷点は、低い温度への変化を検出するとスパーク状の放電をします。ただ、冷点には、ちょっとしたエラーがあり、高すぎる温度への変化を検出してもスパーク状の放電をしてしまうのです。しかも、温点の放電より強く放電してしまうのです。熱いお湯に触れたときに「冷たっ!」と言ってしまうのは、冷点の勘違いにより本当に冷たく感じてしまっているのです。驚いて激しく反応してしまうなんて、なんともかわいらしいエラーですね。

単位面積当たりの温点・冷点の密度の部位差と、各部位での温点・冷点の数には、ちょっとした特徴があります。

皮膚の単位面積当たりの温点・冷点の数は、手や顔で多く、足や背中では少ないです。必要の無い機能を作り維持することにエネルギーを割くことは生命の維持に不利となります。他方、危険を検知する能力は、高い方が生命の維持には有利となります。触れようとしているものが火傷をしてしまうほどの高温であるかを素早く知ることは、けがの予防になります。他方、真っ先に物に触れる部位ではないところにも同じだけ高感度の温度センサーを保持することは体の持つリソースの無駄遣いです。部位による温点・冷点の密度の違いは、このような有益と無駄の都合の良いバランスに落ち着いているように思います。

また、体の各部位において、全体的には温点より冷点の方が多いです。冷点の方が出力が小さいからたくさん必要なのかもしれませんが、生き延びるということへの優位性から考えると、冷点の数が多いことは合理的にも見えてきます。人の体温はおよそ36~37度です。また、日本の一年の気温をざっくりと0~40度と考えてみます。すると、体温より気温が高く、体温を下げるための対策を取らなければならないような場面に遭遇する頻度より、体温より気温が低く、体温を下げないための対策が必要な場面に遭遇する頻度の方が高くなります。つまり、暑さを検知する温点の必要性より寒さを検知する冷点の必要性の方が高いのです。それが、私たちの体において、温点より冷点の方が多くなっている理由のように思います。

温冷感覚

暑さ寒さの感覚は、実は身の回りの温熱環境の条件だけでは決まらないのです。ここで言う温熱環境の条件には、室温だけではなくもちろん気流や放射、湿度も加味していますが、それらの物理的な環境条件だけでは、人の暑さや寒さは決められないのです。

図 温冷感覚の測定の様子(PCで温冷感覚を申告してもらう実験の準備です。アンケート形式の申告フォームがちゃんと意図したとおり動くか確認しているところです。)

温冷感覚を決める要素には大きく以下の6つの要素があります。温熱環境の6要素と呼ばれています。

  • 温度

  • 湿度

  • 風速

  • 放射

  • 代謝

  • 着衣

これらの温熱環境の6要素のうち、前半の4つ(温度、湿度、風速、放射)は環境側の4要素、後半の2つ(代謝、着衣)は人体側の2要素とも呼ばれています。

すなわち、環境側の要素が温冷感覚に影響を与えているだけでなく、人体側にも温冷感覚に影響を及ぼす要素があるのです。

温冷感覚に及ぼす要素は、温熱環境の6要素以外にも、いくつもあります。ここでは、そのうち主な2点を紹介します。

その一つが、馴れです。例えば、高校までを愛知県で育ち、大学・大学院を兄は北海道で弟は引き続き愛知で過ごしている兄弟を考えてみます。兄が大学院2年の正月に帰省した時に感じる寒さは、弟が感じている寒さより弱くなっていると予想できます。弟にとっては震える寒さであっても、兄はぬるい気温に感じてしまっているのです。

馴れは、もちろん「寒さに慣れた」と感じるような感覚的な馴れも含みますが、それだけではありません。「生理的な適応により寒くても震える必要がなくなった」という生理的な馴れも含まれています。寒さを感じるようなところに長期間いると、寒さに対して皮膚の血流量調整や代謝量調整が積極的に発生するようになってきます。それらの生理的な適用により、寒さに耐えられる体になっていくのです。

二つ目は、サーカディアンリズムです。人の体温は朝低くて昼高くて夜低い温度変化をしています。このような周期的な生理反応の変化を、サーカディアンリズムと呼びます。温熱感覚に関するサーカディアンリズムは、朝は発熱量が少なく、昼は発熱量が多く、夜はまた発熱量が少なくなる、という変化でもあります。つまり、朝は寒さに耐えるための熱量が少ないので寒く感じやすく、昼は体の中がポカポカしているので寒さを涼しく感じ、夜はまた発熱量が少なくなってきて寒さが身に染みてくるのです。

なお、サーカディアンリズムには、一日を周期とする変化だけでなく、一年周期とする変化もあります。桜の木の、蕾ができて、花が咲いて、散って、葉が大きくなって、散って、また蕾ができてという周期も、サーカディアンリズムと呼んでも良いのかもしれません。気分が乗っていて作業がはかどるときもあれば、たまにスランプに陥ってグダグダしてしまうのも、脳内のサーカディアンリズムなのかもしれませんね。代謝のサーカディアンリズムは、脳を冷やして休ませるという役割があるのですが、絶好調とスランプのサーカディアンリズムにも何か役割があるのかもしれませんね。

感覚心理学

刺激に対して発生する感覚について検討するのが感覚心理学です。

温熱環境の場合は、暑さ寒さについての感覚量や、気流の有無や強さに関する感覚量が該当します。

感覚心理学には3つの大きな法則があります。それが、ウェーバーの法則、ウェーバー・フェヒナーの法則、スティーブンスのべき乗則です。ウェーバーの法則ウェーバー・フェヒナーの法則は、感覚の有無に着目しています。現状の刺激強度からの変化を検出できる最低の刺激強度を求めるものです。その一方で、スティーブンスのべき乗則は、刺激強度により生じる心理量の大きさを求めるものです。

ウェーバーの法則は、刺激が大きければそこからの変化に気づくには十分に大きな刺激が必要となるというものです。

50gを手に持っていて5g重くなったら築くかもしれませんが、5000gを手に持っていたら5gの変化にはきっと気づきません。

ウェーバー・フェヒナーの法則は、ウェーバーの法則を発展させたもので、刺激強度と知覚強度は対数の関係にあると仮定したものです。

スティーブンスのべき乗則は、物理量が大きくなると差に気づきにくくなる刺激だけでなく、物理量が大きくなると差に気づきやすくなる刺激があるということを示しています。例えば、コーヒーに砂糖を10g追加する場合に、コーヒーカップくらいのサイズであれば気づきますが、マグカップくらいのサイズでは気づかないかもしれません。その一方で、雷は刺激強度が大きくなるほど、単位刺激強度あたりに生じる心理反応が大きくなっていくような特徴がある刺激もあるのです。電気刺激がこの例に当てはまるといわれています。