第1話

『すべてのカギは「熱」が握っている』

温熱環境の概要

例えば、以下のようなシーンを考えてみます。

「蒸し暑い炎天下の中、私と友人は日傘をさして近所のカフェに行きました。カフェは涼しく、ふ~っと一呼吸ついてから、私はアイスコーヒーを、友人はコーヒーフロートを注文しました。受け取ったアイスコーヒーはとても冷たく、席につくまでにはそれを持つ手も冷たくなっていました。ただ、おしゃべりに夢中になっているうちに、私のアイスコーヒーはぬるくなってしまい、友人のコーヒーフロートのアイスは溶けてしまっていました。」

これを、温熱環境の視点で見ると、次のようになります。

「高い空気温度、高い放射温度、高い湿度により体表面からの放熱が抑制された条件のもと、私と友人は放射温度を下げるために日射を遮りながら近所のカフェに行きました。カフェの空気温度は低く体表面からの放熱が促進され、ふ~っと呼気により肺での気化熱による血液の冷却を行ってから、私は低温の液体のコーヒーと低温の固体の水をまぜて熱伝導率の低い容器に入れたものを、友人は低温の液体のコーヒーに低温の固体と空気の混合物を浮かべて熱伝導率の低い容器に入れたものを注文しました。受け取ったアイスコーヒーは手と比較して低温で、席に着くまでにはそれを持つ手からアイスコーヒーに多くの熱量が移動していました。ただ、おしゃべりに夢中になっているうちに、私のアイスコーヒーは周辺環境とのあいだで熱平衡に至ってしまい、友人のコーヒーフロートのアイスも固体から液体に状態変化してしまっていました。」

温熱環境の視点のキーワードは「熱」です。

暑いのも「熱」のせい。

寒いのも「熱」のせい。

冷房が心地よいのは「熱」のおかげ。

冬のお風呂がホッとできるのも「熱」のおかげ。

春の衣替え、夏のエアコン、秋の衣替え、冬のこたつ。私たちの日常生活には、温熱環境とうまく付き合うための行動がたくさんあるようです。

ここでは、温熱環境やその原因となっている「熱」とうまく付き合い、それらをコントロールするために必要な用語知識のフレームを紹介していきます。

温熱環境のカギ『熱』とは?

炎天下の昼間に設計事務所のエンジニアがオフィスで環境建築の手法の検討に打ち込めるのも、ダウンを着ても凍えてしまいそうな冬の朝にゼネコンの設備設計者が会社のリフレッシュルームで実現したい未来の空調について談笑できるもの、空調設備が『熱』をコントロールしているおかげです。

ところで、『熱』とは何でしょうか?

ざっくりいえば、『熱』は動くためのエネルギーです。

地球規模でみると、北極や南極の空気の持つ熱と赤道付近の空気が持つ『熱』の差や、海と陸の持つ『熱』の差が、大きな空気の動きである風の動力源です。

手のひらサイズで考えると、ろうそくの火の上の空気が揺らぐのは、空気が火から得た『熱』がエネルギー源となっています。

人に限らず、生き物にはそれぞれにとって適した『熱』があります。『熱』はたくさんあっても都合悪く、少なすぎても困ってしまいます。

ここでは、『熱』がどのように熱源から他の場所に移動していくのか見て行きます。

熱の移動ルート

熱は、次の4つのルートで移動していきます。

  • 固体の中

  • 固体と流体(あるいは異なる流体同士)が触れ合うところ

  • 固体(あるいは液体・気体)と固体(あるいは液体・気体)が離れているところ

  • 状態変化が起こるところ

これらの4つは、次のようなことばで言い換えることができます。

  • 伝導

  • 対流

  • 放射

  • 蒸発

熱の移動ルートはこれら4つです。

燃焼や代謝など化学的・生化学的な熱の発生・吸収などはありますが、建築で扱う熱の移動経路はこの4つです。

建築や空間の設計において考える熱の移動ルートはこの4つだけです。

エアコンの効いた部屋で涼しく感じるのも、お布団にもぐって寒さをこらえるのも、これら4つのルートによる熱の移動によるものです。

伝導だけの場合や対流だけの場合もあるでしょうが、多くの場合、熱の移動はこれら4つのルートの組み合わせによるものです。

たとえば、エアコンをつけた部屋で涼しく感じるのは、空気と皮膚との間で熱が移動し(これは対流)、皮膚から汗が蒸発する際に気化熱として皮膚を冷やし(これは蒸発)ます。さらに、しばらくすると部屋の壁の温度も下がってきて、壁と体との間で熱移動が生じ(これは放射)、椅子の座る位置を変えると温度の低い部分に触れて冷たく感じます(これは伝導)。

動画:伝導・対流・放射による熱移動を実験で紹介しています

動画:蒸発による熱移動を実験で紹介しています

ここで、冒頭のシーンをもう一度振り返ってみましょう。こんなシーンでした。

「蒸し暑い炎天下の中、私と友人は日傘をさして近所のカフェに行きました。カフェは涼しく、ふ~っと一呼吸ついてから、私はアイスコーヒーを、友人はコーヒーフロートを注文しました。受け取ったアイスコーヒーはとても冷たく、席につくまでにはそれを持つ手も冷たくなっていました。ただ、おしゃべりに夢中になっているうちに、私のアイスコーヒーはぬるくなってしまい、友人のコーヒーフロートのアイスは溶けてしまっていました。」

これを、温熱環境の視点で見ると、次のようになっていました。

「高い空気温度、高い放射温度、高い湿度により体表面からの放熱が抑制された条件のもと、私と友人は放射温度を下げるために日射を遮りながら近所のカフェに行きました。カフェの空気温度は低く体表面からの放熱が促進され、ふ~っと呼気により肺での気化熱による血液の冷却を行ってから、私は低温の液体のコーヒーと低温の固体の水をまぜて熱伝導率の低い容器に入れたものを、友人は低温の液体のコーヒーに低温の固体と空気の混合物を浮かべて熱伝導率の低い容器に入れたものを注文しました。受け取ったアイスコーヒーは手と比較して低温で、席に着くまでにはそれを持つ手からアイスコーヒーに多くの熱量が移動していました。ただ、おしゃべりに夢中になっているうちに、私のアイスコーヒーは周辺環境とのあいだで熱平衡に至ってしまい、友人のコーヒーフロートのアイスも固体から液体に状態変化してしまっていました。」

さらにこれを「熱」の視点で見てみると、次のようになります。

対流蒸発による体表面から人体近傍の空気への放熱と放射による周囲の壁や地面への放熱が抑制され、日射が放射として人体を加温している条件のもと、私と友人は日射による放射を遮りながら近所のカフェに行きました。カフェ内での人体近傍の空気温度と皮膚温との温度差から対流による放熱が増え、人体近傍の空気の湿度と皮膚温の飽和水蒸気量との差から蒸発による放熱も増え、ふ~っと呼気により肺での対流および蒸発による放熱も増えたところで、私はコーヒーと氷の間で対流による熱移動が生じ、氷の状態変化によりコーヒーは温度を下げつつ、室温により温度を上げている状態を同時に生じさせているものを熱伝導率が低く伝導による熱移動のしにくい容器に入れたものを、友人は低温の液体のコーヒーに低温の固体と空気の混合物を浮かべてそれらが対流による熱移動で熱平衡に近づこうとしているものを熱伝導率の低伝導による熱移動量の少ない容器に入れたものを注文しました。

すべてのカギは「熱」が握っているのです。

その熱の移動ルートが分かっていれば、温度を下げたくないものの温度を維持する方法や、温めたくないものを低温で維持する方法も考えやすくなります。

熱の移動ルートは伝導対流放射蒸発の4つで、日常生活の中でこれらは組み合わさって生じているのです。

以下では、これらについて一つずつ説明していきます。

ここでは、伝導による熱移動について説明します。

厚着をすると寒くないのも、火にかけたフライパンに触ると熱いのも、伝導による人体への熱の移動量の増減が関係しています。

ここでは、対流による熱移動について説明します。

室温は同じなのに、扇風機をつけたり窓を開けたりして得られる風があると涼しく感じます。対流というルートで体から熱が空気に移動しているのです。

ここでは、放射による熱移動について説明します。

キャンプファイアーに面した顔は熱いのに、陰になっている背中は冷たいのは、放射による熱を受けているかどうかによります。

ここでは、蒸発による熱移動について説明します。

体の中には水が蓄えられています。気温の高い時、人はその水を使って体を冷やしています。そう、汗です。

ここでは、熱の貫流について説明します。

熱の貫流は、屋外の空気から室内の空気までを貫く熱の移動を対象とします。